邪神モーロックの都 その18
さて、前方の街路で、赤髪の天馬剣士レダと、先鋒部隊との戦いが起こっていた時、軍列の中央で、二頭立ての馬に引かれた戦車に座る、黄金将軍ジュドーは、いきなり軍の行進が止まった事に気付きました。
いぶかしく思ったジュドーは、前の席に座っている、馬の御者をする兵士に尋ねました。
「どうした?何かあったのか?」
御者兵は、馬の手綱を取りながら首を伸ばし、前方の様子をうかがいながら言いました。
「前の方で、何か戦闘が、起こっているようです。不届き者でも、現れたのでしょうか?」
それを聞いたジュドー将軍は、後部座席で腕を組み、ふんぞり返りながら、仮面から覗く口元を、ニヤッとさせました。
「フフフ、この街に、まだ、そんな骨のある奴がいたとはな」
一方、前方の街路で、ジュドー将軍の軍勢と、ただ一人乱闘を繰り広げるレダは、今や、大勢の兵士たちに、周囲をぐるりと取り囲まれていました。
その足元には、何人かの兵士が、気絶して横たわっています。
彼等の多くは、レダの神速の峰打ちによって気絶させられており、中には暴れ出した馬に跳ね飛ばされ、気を失った者もいました。
レダのあまりの強さに攻めあぐねた、ジュドー将軍の配下の兵たちは、彼女にうかつに近づくのは危険だと判断し、遠巻きにして包囲する戦術を、取る事にしたのです。
彼女の周りを、大勢の兵士で完全に包囲してから、一気に、襲いかかるつもりなのです。
レダは、自分の周囲を取り囲み、じりじりと包囲網をせばめる兵士たちを、ぐるりと見回します。
彼らの包囲網の中心にいるレダは、今まで逆刃で持っていた長剣を、順刃に構え直しました。
いくらレダでも、数多くの兵に一斉に襲いかかられば、峰打ちで手加減する余裕はありません。
彼女は、たとえ兵士たち全員を叩き斬り、地獄に落とす破目になったとしても、荷駄車に囚われている子供たちを、助けるつもりでした。
包囲の輪をじりじりと狭め、タイミングを見計らって、一斉に襲い掛かろうとする兵士たちと、彼等を必殺の剣で迎え撃とうとする、ペガサスの剣士レダ。
街路にひしめく群衆が、固唾を呑んで見守る中、両者の戦端が、今まさに、開かれようとしたその時でした。
「両方とも剣を引けい」
よく通る声が、修羅場と化した市街地の街路に、響き渡ります。
そして、その声と共に、レダを包囲していた兵士たちの列が、サッと二つに分かれました。
まるで、通路のように二つに分かれた、兵士たちの列の向こうから、一人の人物が、ゆっくりと歩きながら、その姿を現します。
「黄金将軍だー」
「ジュドー様だー」
市街地の道路沿いに集まった、多くの市民の間に、恐れと畏怖が入り混じった声が、飛び交いました。
周りの兵士たちの畏敬の眼差しと、遠巻きに見つめる市民たちからの、恐怖の視線を一身に浴びる、黄金将軍ジュドー。
ジュドー将軍は剣を構えて、こちらを見ているレダの方に向かって、歩みを進めます。
そして、兵士たちに包囲されながら、道の真ん中で剣を構える、レダの側に近づくと、少し距離を置いた地点で立ち止まりました。
甲高い声で、レダに話し掛ける、黄金将軍ジュドー。
「我が軍の行く手を遮るとは、中々の度胸だ。それに免じて、理由くらいは聞いてやろう」
黄金将軍ジュドー。
それは全身を黄金色の鎧で包んだ、ムスカル王の片腕を務める、モーロックの都の最高軍事司令官の、名前でした。
その頭には、大きな角のついた金の兜をかぶり、顔に付けた仮面の下から、目と口だけを、わずかに覗かせています。
ムスカル王の白マントとは対照的な、真紅のマントを黄金の鎧の上に羽織り、風になびかせていました。
しかし意外な事に、その存在感に比べて、背丈はそれほど高くなく、真正面に剣を構えて立っているレダと比べても、ほとんど変わらないくらいの身長でした。
そのレダは、黄金将軍の問いに対して、正眼に剣を構え剣先を、相手に突きつけながら答えます。
「捕らえた子供たちを、解放しなさい。今すぐに」
しかし、その返事を聞いたジュドー将軍は、肩をすくめると、愉快そうに笑います。
「フハハハ、悪いが、せっかく、かき集めた餓鬼共だ。そう簡単に、手放すわけにはいかんな。だがー」
なんとそこで、ジュドー将軍は、レダに意外な提案をしてきました。
「お前の勇気に免じて、子供たちを助けるチャンスをやろう。それは、このわたしと、一対一の決闘をして勝つ事だ。お前がわたしに勝利すれば、子供たちを解放してやる。もちろん部下たちには、一切手出しはさせん。おい、わたしの槍を持ってこい」
レダの獅子奮迅の戦いぶりを見て、武人の血が騒いだのでしょうか。
驚いた事に黄金将軍ジュドーは、ペガサスの剣士レダに、一対一の決闘を申し込んだのです。
ジュドー将軍は、レダに決闘の申し込みをすると、彼女の返事を待たずに、近くにいた部下に、自分の得物である黄金の大槍を、持って来させました。
そして、その大槍をはすに構えると、槍の先端を、正面で剣をこちらに向ける、レダの方へ、突き出します。
レダも、剣を構えたままの姿勢で、無言でうなずきました。
自分の眼前に立つジュドー将軍に対し、決闘の意思がある事を、伝えたのです。
レダの周りにいた兵士たちは、潮が引くように後退すると、今度は街路の真ん中で対峙するレダとジュドー将軍を、大きく楕円状に取り囲み、二人の決闘を見守ります。
沿道にひしめく市民たちも、遠目から固唾を飲んで、二人の決闘の様子を見つめています。
こうして衆人監視の中、ペガサスの剣士レダと黄金将軍ジュドーとの、一対一の決闘が始まったのでした。
長い黄金の槍をはすに構える、ジュドー将軍に、剣を突きつけながら、レダは思います。
(ごめんね、シュナン。本当は、あなたの救出を、優先するべきなのにー。でもー」
レダは、行進の止まった軍列の最後尾にいるはずの、子供たちが囚われている、檻のついた荷馬車の方へ、目を走らせました。
(このままでは、あの子たちは、絶望と恐怖しか与えられずに、死んでしまう。せっかく、この世に、生まれて来たのに。誰かが、あの子たちに、愛と正義を示さなければー)
長剣を、黄金将軍ジュドーに向かって突きつける、ペガサスの少女レダの、ポニーテールに結わえた真っ赤な髪が、市街地に吹きつける強い風に、激しくたなびきました。
[続く]




