邪神モーロックの都 その17
遠征から帰り、モーロックの城に帰城した、黄金将軍ジュドー。
ジュドーが率いる一軍は、モーロック市街の大通りを、道路沿いに並ぶ大勢の市民が見つめる中で、堂々と行進して行きます。
しかし、その街道の両端に居並ぶ市民たちの目は、決して、好意的とは言えませんでした。
彼らがその軍列の中で一番注視していたのは、勇猛な兵たちに囲まれた、戦車に鎮座する黄金将軍ジュドーのきらびやかな鎧や、そこから発する威厳ではありませんでした。
市民たちが戦慄しながらも、見つめざるを得なかったのは、軍列の最後尾に並ぶ台車の上に乗った木製の檻の列であり、そこに閉じ込められた数多くの子供達でした。
馬に引かれ兵士達に取り囲まれた、その台車付きの木製の檻に入れられている、その子供達は例外なく絶望的な表情を、その幼い顔に浮かべていました。
ある者は膝を抱えてうずくまり、ある者は泣き疲れたのか床に力なく横たわり、またある者は木の檻の柵にしがみつき、街路に居並ぶ市民たちを、懇願する様に見つめていました。
彼等は、オロたちレジスタンスの活動もあり、例年より集まりが悪かった、生贄の子供たちの数を埋め合わせる為に、ムスカル王の指示で、黄金将軍ジョードの軍により、近隣の村々から金に物を言わせて、または無理矢理、かき集めた子供たちでした。
街路に居並び、その軍列の行進を見ている人々は、もちろん、最後尾の台車の上の木の檻に入れられた、子供たちを待ち受ける、悲惨な運命を知っていました。
その子供たちは、今からムスカル王の王宮内のモーロック神殿に連行され、10日後に迫った生贄の儀式の日に、燃えさかる神像の中に投げ込まれるのです。
子供たちを見つめる群衆の中には、自分たちが豊かに暮らすための犠牲なのだから、仕方がないと割り切る者が多かったのですが、もちろん深く心を痛め、できるなら彼らを救い出したいと思う者も、かなりの数、いたのです。
しかし、黄金将軍の軍は、この国で最強の軍隊であり、一般市民が、おいそれと手をだせる存在ではありませんでした。
こうして、街路にひしめく市民たちの恐れと、畏怖の眼差しを浴びながら、黄金将軍ジュドーの軍は市街地を行進し、ムスカル王の王宮を目指して、進んで行きました。
その時でしたー。
街路の両側を埋め尽くす群衆の中から、驚きの声が上がります。
「あれは、誰だー」
驚きの声を上げた男が指差す先を、人々が見ると、なんと一人の少女が、行進する軍の行手を塞ぐように、街路のど真ん中に立っていたのです。
まだうら若いその少女は、革製のビキニを身にまとい、両肩にはパットのような防具を付け、スラリとした脚にはロングブーツ、両腕には同じく黒い手甲を装着し、首には宝石の付いた装身具を巻いていました。
そして腰には、ペガサスの紋章が刻まれた長い剣を下げており、その真紅のポニーテールに結わえた髪を風になびかせながら、スクッと街路の真ん中に立っています。
彼女は美しい顔に、憂いと怒りをたたえながら、行進する軍勢の正面に、立ち塞がっていたのです。
そう彼女は、シュナンの旅の仲間の一人である、ペガサス族の少女レダでした。
街に偵察に出ていた彼女は、子供たちが檻に閉じ込められ、護送されているのを目の当たりにして、後先考えず軍勢の前に飛び出したのです。
これは、メデューサと違い、普段冷静な彼女にしては、とても珍しい事でした。
街路の端に立つ市民たちは、大胆不敵な、その行動に驚きました。
彼等は命知らずの赤髪の少女を指差して、互いに顔を見合わせると、固唾を飲んで、事の成り行きを見守ります。
やがてレダを発見した、行軍中の軍の先鋒の騎馬兵、数騎が、不振に思い、馬を駆って、前に飛び出しました。
そして、道路の真ん中に立ち行軍を邪魔するレダを、取り囲みます。
長い槍を突きつけて、彼女を威嚇しながら。
「なんだ、お前は。我が軍の前に立ち塞がるとはー。ただでは済まさんぞ」
馬上から自分を威嚇する騎馬兵たちに対して、レダは、彼らの顔をキッと睨みつけて、言いました。
「あなた達の指揮官に、伝えて。すぐに囚われてる子供たちを、解放しろと」
レダの恐れを知らぬ態度を、彼女の周囲を取り囲む騎馬兵たちは、ケラケラと失笑します。
そしてその中の一人が、馬上から槍で、彼女を突こうとしました。
「汚らわしいっ!!」
シュバッ!!
次の瞬間に、レダの抜き放った神速の剣による峰打ちで、彼女を取り囲んでいた数騎の騎馬兵は、全員が気絶させられ、馬から転げ落ちます。
数騎の騎馬兵が一瞬で倒され、地面に落馬するのを見た、周りの群衆から、大きなどよめきが上がります。
そして、最初は笑いながら、事の成り行きを遠目から眺めていた、他のモーロック兵たちは、仲間が倒されたのを見ると、血相を変えて、悠然と立つレダの方へ殺到します。
こうして城門近くの街路上において、ペガサスの剣士レダと、ジュドー将軍麾下の魔牛兵との間の、激しい戦いが開始されたのです。
レダに向かって殺到した魔牛兵のうち、騎馬兵は馬を駆り、歩兵は槍や剣を振りかざして、彼女に襲いかかろうとしました。
しかしー。
「ペガサス流星剣!!!」
レダのかけ声と共に、彼女に肉迫しようとしていた複数の兵士たちが、馬や持っていた武器と共に、空中に吹き飛びます。
レダの振るう超音速の剣撃の前に、モーロック兵たちは彼女に近づく事も出来ず、次々と地面に倒れていきます。
レダは自身の剣を逆刃にして峰打ちで、相手を気絶させ、戦闘不能の状態にしていました。
これはどんな相手でも、なるべく命は奪わないという、ペガサス族のおきてに従ったものであり、彼女ほどの実力があって、初めて出来る芸当でした。
もちろん状況によっては、そんな事も言っていられなかったのですが。
ともあれ、超絶の剣技を振るう、レダの足元には、彼女によって打ち倒され、気絶した、モーロック兵の身体が、ゴロゴロと転がっており、街路には主人を失った馬が、何頭も行くあてもなく走り回っていました。
道端にひしめく群集が驚きの表情で見つめる中で、今や、黄金将軍の先鋒隊とレダが戦う市街地の大通りは、兵たちの怒声と悲鳴、そしてその合間を縫って馬のいななきが響く、修羅の地と化していたのです。
城門付近の沿道に集まり、ときおり悲鳴や驚きの声を上げて、事の成り行きを見守る市民たちの一人が、軍隊相手に孤軍奮闘する、赤髪の少女を指差して、言いました。
「戦いの女神だ」
[続く]




