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邪神モーロックの都 その16

 さて、クズタフ隊長が去ってからしばらくして、牢獄内のシュナンの元へ、宮女が、夕食を運んで来ました。

いつも、この時間帯に来るので不思議ではありませんが、今日はいつもの官女とは別の女性が、食事のお盆を運んで来たのです。

その宮女は。シュナンの入っている牢の前にひざまずくと、牢の鉄格子の下部についている、小さな開閉口から、持っている食事のお盆を差し入れます。

そして、その宮女は。牢の前にひざまずきながら、牢内の床に座るシュナンに対して、彼の眼前に置かれた食事について、説明し始めます。

シュナンは盲目の為、盆の上に乗った皿や食器の位置が分からないと、上手く食べれなかったのです。

だから、食事の前にそれについて、当番の女官の説明を受けるのが、牢内でのシュナンの、習わしになっていました。

鉄格子の前に座り、食事のお盆を眼前に置いた、牢内のシュナンに対し、淡々と説明をする女官。


「まず、向かって左上には、肉料理の乗った大皿があります。ロースト・ビーフです。美味しいですよ。右上には、サラダの入ったボウルがあります。お好みのドレッシングをかけますね。そして左下には、オニオンスープのお椀と、デザートの小皿。身体の正面には木のコップに入った水と、スプーンやフォークなど、食器類が置いてあります。それからー」


何故か、その女官は、少し声をひそめて言いました。


「向かって右下には、パンが乗った皿があります。このパンはとても硬いので、一度手にとって、その硬さを確かめて見て下さいね」


宮女の声に奇妙な違和感を覚えた、牢内に座るシュナンは、目の前の床に置かれているはずの料理のお盆に、手を伸ばします。

そして言われた通り、お盆の右側に乗せられた皿から、大きな硬いパンを、その手に取りました。


「ムゥ・・・これは」


シュナンは、手に取ったそのパンの中に、何か硬いものが、埋め込まれているのに気づきました。

シュナンが、その楕円形のパンを二つに折ると、なんと中には、白いカードの様な、四角い紙片が入っていました。

一見、その白いカードみたいなものには、何も書いてないようでした。

しかしシュナンが、そのカードを手に取ると、表面に針で突いた様な、微妙な凹凸が指先に感じられます。

それは何者かが、目の見えないシュナン少年の為に、針先で点字の様に、紙片の上に魔法文字を刻みつけた、いわばメッセージカードでした。

その紙片を握りしめた、牢の中に座るシュナンは、鉄格子を隔てて自分の前に座る、食事係の宮女の方へ、その目隠しで覆われた顔を向けました。

そして、彼女に対して、落ち着いた口調で聞きました。


「貴女は、いったい誰ですか?」


その言葉を聞いた、牢の前にひざまずく宮女は、鉄格子の向こう側の少年に対して、深々と頭を下げました。

もちろん、彼の目には、その行為は映らない事は重々承知していましたが。


「わたしは、カトリーナと言います。先日あなたや、そのお仲間に、息子の命を助けられた者です」


「ああーっ」


シュナンは納得した様に、うなずきます。

この宮女こそ吟遊詩人デイスに、生贄にされそうになっている我が子を託した、人物なのでしょう。

だとすると、この手にある紙片を自分に送ったのは、デイスなのかと、シュナンは思いました。

彼が、魔法文字を習熟しているのは、意外な事でした。

シュナンは手のひらに載せた、その紙片に印された文字を、もう一方の手の指でなぞり読んで見ました。

牢の外にいるカトリーナも、彼の様子を、ジッと見つめています。

その紙片には、魔法文字で、こう書かれていました。


「テマテシザ ヒノンセッケ ハ ヒノキシギ」


メッセージの内容は、生贄の儀式の日、つまりシュナンの処刑も行われるであろう、その日に、必ず彼を救出するというものでした。

おそらく仲間たちは、処刑されるシュナンを助け出すと共に、生贄にされようとしている子供たちも同時に救い出す為に、その日に合わせて、計策を練っているのでしょう。

メッセージを読んだシュナンは、その紙片を手のひらでグッと握ると、牢の外に座り、こちらを見つめるカトリーナに向かって、言いました。


「メッセージは、確かに受け取りました。吟遊詩人に、その事を伝えてください。それにもう、彼から聞いてるかもしれないけど、あなたの子供は無事ですよ。きっと、もうすぐ会えるでしょう」


鉄格子の向こう側に座るカトリーナは、その言葉を聞くと、両手で顔を覆いながら、さめざめと涙を流します。


「ありがとう、ありがとうございます・・・」


そして牢の中のシュナンは、食事を始めながら、来たるべきムスカル王との戦いに、思いを馳せていました。

彼はカトリーナのすすり泣く声を、側で耳にし、あらためて、あの邪悪な王を倒す決意を、固めていたのでした。

たとえ、命を失いかねない、禁断の究極魔法を使わねばならないとしてもー。


一方、モーロック城の城門には、大勢の市民が集まり、黒山の人だかりとなっていました。

それはムスカル王の親衛隊である、黄金将軍ジュドー率いる軍隊が、遠征から帰ってきたからでした。

総勢500人以上にも及ぶ騎馬隊や歩兵隊、そして荷駄隊によって構成されたその軍は、モーロックの都の正面にある大きな城門を通り、次々と城の中に入ってきます。

城門付近に集まった市民たちは、彼らが入城する様子を、怖れと好奇の目で、遠巻きにしながら、見つめていました。

まず最初に城門に入って来たのは、牛の様な角が付いた兜をかぶった、馬にまたがる黒い騎馬武者たちでした。

彼らは戦いにおいて常に先鋒をつとめる精鋭たちで、シュナン一行が最初にこの街に来た時に戦った騎馬隊も、そのうちの一隊だったのです。

騎馬隊の後には、これまた角の付いた兜をかむった歩兵が、延々と列をなして続きます。

そして彼らの中心にいるのは、多数の装甲兵に守られた二頭立ての馬が引く、大きな戦車でした。

その戦車の前の席には、馬の手綱を握る御者が座り、そして後ろの席には、全身を黄金の鎧で包んだ人物が、腕を組みながら、どっしりと鎮座していたのです。

そう、この人物こそは、あのムスカル王の片腕である、黄金将軍ジュドーだったのです。

黄金将軍の乗る戦車は、市民たちが恐怖と畏怖の視線で見つめる中、入城した市街地の大通りを、部下たちに守られながら、ゆっくりと進んで行きました。

しかしー。

市民たちが、最も恐れおののき見ていたのは、黄金将軍の乗る戦車ではありません。

それは意外にも、その軍の最後尾にあたる、荷馬隊の列に対してでした。

その荷馬隊の列には、通常の荷物を運ぶ車の他に、馬が引く台車の上に、動物を入れる様な木製の檻を乗せた、特殊な形状のものが、何台かありました。

そして、その木の檻の中に入れられていたのはー。

モーロックの城の周辺の村々で親に売られたり、兵士に無理矢理狩られるなどして集められた、絶望に打ちひしがれる、大勢の子供達だったのです。


[続く]

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