邪神モーロックの都 その14
さて、一方で、先日、ムスカル王に捕らえられた、シュナンとメデューサがどうなったかというと、二人はムスカル王の指示で、宮殿内の別々の場所にそれぞれ閉じ込められ、離ればなれの状態になっていました。
まずメデューサは、ムスカル王の住まう、中央の水晶塔から少し離れた場所にある、北の塔と呼ばれる高い塔の一番上の部屋に、シュナンの持っていた「師匠の杖」と共に、閉じ込められていました。
師匠の杖が無ければ、シュナンは盲目の状態に戻るのを知ったムスカル王は、万が一の事を考えて、師匠と弟子を、別々の場所に引き離したのでした。
もちろんメデューサは、心憎からず想っているシュナン少年と、引き離されたのは、大変不満でした。
それにどちらかといえば、あまり好きではない変な杖と、狭い場所に一緒に閉じ込められているのも、なんだか気に食わなかったのです。
メデューサが閉じ込められている、北の塔の最上階の部屋は、牢獄というよりは、貴族の子供部屋といった感じで、ベッドや洗面所に浴槽、それにテーブルや椅子など、日常生活に必要なものは、全て揃っていました。
もちろん、監禁されている事には変わりがなく、窓には鉄格子がはまっており、唯一の出入り口である正面にあるドアも、厳重に鎖錠されており、こちらを外から監視する小窓と、下のほうには、食事をやり取りする、細長い開閉口がついています。
そして、ドアの外には、二人から三人の見張りの兵が、常時張り付いており、時折りドアについた小窓から、中にいるメデューサの様子をうかがい、監視していました。
見張りの監視兵とのやり取りは、常にドア越しに行われており、その扉が開けられる事は、決してありません。
高い塔の最上階のその部屋から外に出るには、一つしかないドアにつながった、細長い階段を使って、地上まで降りるしか方法は無く、メデューサはほぼ脱出不可能な状態に置かれていたのです。
絨毯の敷かれた床に座り込んだメデューサは、自分が閉じ込められている部屋の、星座をあしらった壁紙を見つめ、思わずため息を漏らします。
彼女は、今は部屋の中にいるにも関わらず、マントを羽織り、それに付いているフードを目深くかむり、頭と顔を隠していました。
それはムスカル王の指示であり、その理由は見張りの兵が、メデューサの生きた蛇で覆われた髪と、その下に隠された、石化の魔眼を恐れるからでした。
床に座り、目深くかむったフードの中から、深いため息をついた彼女は、誰に言うでもなく、声を漏らしました。
「ああ、シュナンは今頃、どうしているのかしら」
メデューサは、自分とは別の場所に閉じ込められているはずの、青灰色の髪の少年の事が、心配だったのです。
すると、壁に立て掛けられた、シュナンの師である、魔法の杖が言いました。
「さぁな、久々に一人になれたから、○○○○してるんじゃないか?」
その発言の、あまりの無神経さと下品さに、メデューサは、思わずマントのフードの中から、杖を睨みつけます。
シュナンが○○○○なんて、するはずがありません。
多分・・・
しかし師匠の杖は、メデューサをからかう様な口調で、更に話し続けます。
「シュナンは、確かに盲目だが、身体は健康な男子だ。○○○○ぐらいするさ。フフフ、お前も少しは、興味があるだろう?」
メデューサは、このデリカシーの無いセクハラ杖を、いっその事、叩き折ろうかと思いました。
しかし○○○○の事はともかく、シュナンについて興味があるのは確かなので、メデューサは壁に立て掛けられている師匠の杖と、会話を続ける事にしました。
彼女はフードの中から、少し沈んだ声で、師匠の杖に向かって呟きます。
「あのムスカルとかいう男と、向かい合ってる時のシュナン、何だか怖かった。あたしも確かに、あの男には、すごく腹が立ったけどー。どうしてシュナンは、あんなに怒ってたんだろ」
部屋の壁に立て掛けられた師匠の杖は、先程とは違い、静かな口調で答えます。
「どうだろう・・・まぁ、あいつも、ひどい幼少期を過ごしたからな。生贄にされそうになっている子供たちを見て、自分の昔の事を、思い出したのかも知れん。見捨てられた子供たちに、自分自身を重ね、それで怒っているのかもー」
メデューサは、フードをかむった頭をうつむかせて、尋ねます。
「シュナンが、自分の生まれた村で、迫害されてたのは前に聞いたけど。そんなに、ひどかったの」
師匠の杖は、その眼を意味ありげに光らせて、声を発します。
「ああ、まさしく、牛馬以下の扱いだったよ。人間の尊厳を、全て奪われていた。あんな目に遭ったのに、何故、他人を助けようとするのかー。わが弟子ながら、あいつの考えてる事は、良く分からんよ。まぁ、あいつをこの旅に誘ったわしが、こんな事を言うのも、おかしな話だがな」
部屋の床に、ちょこんと座るメデューサは、師匠の杖の言葉を聞きながら、首をかしげました。
(シュナンはどうして、人間を助けようとするんだろう・・・)
シュナンは相変わらず、彼女にとって、謎の人でした。
だけど、彼の心の謎を解き明かす事こそが、自分の役目である様なー。
そんな気も、彼女にはするのでした。
[続く]




