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邪神モーロックの都 その13

 さて、シュナン達がムスカル王の暗殺に失敗し、モーロック宮殿内に囚われた、二日後の事です。

大勢の人々で賑わう城下町の市場に、買い出しの為にやって来た、ムスカル王に仕える、女官の姿がありました。

彼女は、王宮で主に料理当番を務める女官の一人で、同じく王宮で働く兵士と結婚しており、一児の母でもありました。

本日、彼女は、ムスカル王の王宮で働く、大勢の人々の食事を作るために、街の市場に、その材料を買いに来たのです。

大きなエコバッグを片手に、様々な食材を見つくろう彼女が、果物売り場でオリーブの実を手にしていた、その時でした。

真剣な眼でオリーブの実を選ぶ、彼女の隣に立つ、一つの人影がありました。

その女官は、すぐ隣に人の気配を感じて、驚いて横を振り向きます。

するとそこにいたのは、白っぽいゆったりとした服を着た、中年の男でした。

顔をすっぽりと頭巾で覆っており、目の周りだけを、その隙間から覗かせながら、こちらをジッと見つめています。

その怪しい姿に、件の女官は悲鳴を上げて逃げるか、男を怒鳴りつけてやろうと思いました。

しかし、その人物が、顔を覆っていた頭巾を脱ぎ、更に親しく声を発するのを聞くと、彼女の態度がガラリと変わりました。


「よおっ、カトリーナ。元気そうだな」


「デ、デイス!」


その男は、件の宮女カトリーナと王宮で懇意にしていた、吟遊詩人デイスだったのです。

実はカトリーナは、数日前に王宮から失踪した、この男に、大きな借りがあったのです。

それは彼女の、一粒種の男の子に関する事でした。

王宮に仕えていたカトリーナは、少し前に一人息子を、モーロック神の生贄として差し出すように、ムスカル王に要求されていたのです。

無論、大切な一人息子を失う事は、彼女にとっても、また、夫である兵士にとっても、とても耐えられないほどつらい事でした。

しかし、王に仕える身である以上、彼には逆らえません。

切羽詰まったカトリーナは、親しかった、王宮付きの吟遊詩人であるデイスに、相談したのでした。

カトリーナの苦しい立場を知ったデイスは、彼女に一つの提案をしました。

それは何と、自分がカトリーナの子供をさらい、何処かに行方をくらますという、大胆不敵なものでした。

自分が勝手にやった事にすれば、おそらくカトリーナ達が、王に咎められる事態にはならないだろうと、彼は考えたのです。

カトリーナは、藁をも掴む思いで、彼の計策に賛同し、我が子をその手に、託したのでした。

その後、デイスは、カトリーナの子供と共に、王宮を抜け出したのですが、運悪く、子供狩りをしていた城兵たちに見つかってしまい、この章の冒頭で描かれた様な状況に陥り、シュナン一行に出会ったのでした。

さて、カトリーナは、街中で彼女に接近して来たのがデイスだと気付くと、途端に、彼に食いつくみたいに尋ねます。


「あの子はっ!?あの子はどこ!元気なのっ?」


カトリーナの、その言葉を聞いたデイスは、彼女を落ち着かせる様に、その肩に手を置くと、穏やかな声で言います。


「心配すんな。もちろん、無事だよ。ここじゃ人目があるから、落ち着ける場所に行こうぜ」


こうして、宮女カトリーナと、吟遊詩人デイスは、賑やかな市場から、一目につかない街はずれの丘まで、移動しました。

そこはかつては、段々畑だった場所で、魔術師ムスカルがこの地に現れるまでは、人々はここで農作業に従事し、細々と暮らしていたのです。

今では、畑は手入れをする者も無く、荒れ果てています。

街から、この場所までやって来た二人は、見晴らしのいい丘の上に座り、気分を落ち着かせると、互いに聞きたい事について、会話を始めました。

まず、デイスが、カトリーナに対して、一番聞きたいであろう、預かった彼女の子供について話します。


「まぁ、色々あったんだが、お前の子供は、今は反ムスカル派の地下組織に、かくまわれているぜ。ムスカル王の、子供狩りから逃れた、他の子供達と一緒にな」


カトリーナは、デイスのその言葉を聞くと、胸に両手を当てて、ホッと息を吐きました。


「ありがとう・・・デイス。感謝してもしきれないわ。でも子供は、あなたに誘拐された事になってる。お陰で、わたし達は助かったけど・・・罪を全部あんたに押し付けてごめん」


デイスは、丘の上でカトリーナの隣に座りながら、照れたように頭を掻くと、恐縮する彼女に言いました。


「まぁ、気にすんなよ。宮殿にいた頃には、お前や亭主には、随分良くしてもらったからな。他の連中は、仕事もしない俺を、馬鹿にしてたのに」


カトリーナは、隣に座るデイスの手を、自分の両手を伸ばして、ギュッと掴みました。


「ありがとう、デイス。あんた本当に、良い人だね。詩は下手くそだけどー。ねぇ、何とかあの子に、会えないかしら」


カトリーナに手を握られたデイスは、更に照れた表情をしながら答えます。


「気持ちは分かるけど、うかつな動きは、しない方がいい。状況が落ち着いてから、お前の手元に子供を戻す方法を、考えるよ。それから、詩が下手とか言うのはやめてくれよ。結構、傷付くから。それより聞きたいんだがー」


デイスは真面目な表情になると、カトリーナの顔を見つめて、尋ねました。


「一昨日、魔法使いの若い男が、宮殿でムスカル王を、訪ねたはずなんだ。そいつがどうなったか、知らないか?」


カトリーナは、ちょっと目を泳がせて、首を捻ってから答えます。


「ああ、例の子の事ねー。なんでも先日、目隠しをした変な魔法使いの男の子が、殴りこみをかけて来たらしいわ。伝説の怪物メデューサを、引き連れてね。でもあえなく、返り討ちにあったらしいわよ。ムスカル様が、面白そうに話してたそうだから。本当、馬鹿よね。水晶魔宮の中で、ムスカル王に敵うはずないのに」


丘の上で、カトリーナの横に座るデイスは、彼女の言葉を聞くと、少し顔をしかめて、更に尋ねます。


「そうか。それでそいつらー。魔法使いとメデューサの女の子が、その後、どうなったかは知らないのか?」


カトリーナは、デイスが何故、こんな事を尋ねるのか、不審に思いながらも、彼の疑問に答えます。


「二人とも捕まって、今は王宮内の別々の場所に、閉じ込められてるはずだよ。だけど、あたしの聞いた噂では、魔法使いの男の子の方は、王の命令で、生贄の儀式の日に合わせて、処刑されるんだってさ。なんでも、宮殿前の広場に処刑場を作って、そこで打ち首の刑になるらしいよ。公衆の面前で、見せしめの為にー。可哀想にね。メデューサの女の子の方は、利用価値があるらしくて、生かしておくみたいだよ。ハーピーやバジリスクみたいに、自分のコレクションにする気なのかねぇ」


カトリーナの話を聞いたデイスは、考え込んだ様子で、ぶつぶつ言い始めます。


「そうかー。どのみち、生贄の儀式の日が、タイムリミットという事だな。シュナンの旦那を助けるチャンスも、その日しかあるまいー」


しかし、デイスの言葉を耳ざとく聞き付けたカトリーナが、彼に食ってかかります。


「誰を助けるだって?駄目だよデイス。下手な事をしても、自分たちが捕まるだけだよ。あの少年を処刑する時には、大勢の兵士たちが処刑台を取り囲んで、警備にあたっているんだ。クズタフ隊長の、警備隊とかがね。とても手は出せないよ。それにー」


カトリーナは、呼吸を一泊置いてから、言いました。


「旦那に聞いたんだけど、あいつが戻ってくるって話だよ。あの黄金将軍がー」


カトリーナの声には、隠し切れない恐怖と憎悪が、かいま見えました。

デイスもその名を聞くと、震える声で言いました。


「あの、ジュドーがか。黄金将軍が戻って来るのか」



そのころモーロック城の西方から、城に向かって移動する、軍勢の一団がありました。

騎馬武者を主体とする、その軍団は、モーロック城に向けて、砂埃を舞い上げながら整然と陣形を組んで、進んで行きます。

そして、百人以上にものぼるその軍勢の中心にいるのは、二頭立ての精悍な軍馬に引かれた、ギリシャ式の大きな戦車に腕を組んで座る、一人の人物でした。

その人物の身体は、頭のてっぺんからつま先まで、黄金色の優美な兜や鎧で、覆われていました。

顔にまで、金色のマスクをつけており、そのマスクの上から、目や口元がわずかに覗いています。

そう、モーロック城に急行する軍勢を指揮する、この全身を金色に輝かせる大将こそ、ムスカル王の右腕であり、モーロックの都の軍事司令官、黄金将軍ジュドーだったのです。


[続く]


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