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邪神モーロックの都 その12

 ムスカル王の先導で、神殿の中を歩く彼らは、やがて大きく開けた場所に出ました。

そこには、シュナンとメデューサを驚かせる、異様な光景が広がっていました。

そこは石造りの、大きなホールの様な場所でした。

そして、その神殿の中心部にあたる場所には、邪神モーロックの、見上げる様な巨大な石像が、鎮座していました。

それは、牛の頭と人間の身体を持つ、地獄に住むというモーロック神の奇怪な姿を象った、大きな石像でした。

シュナンとメデューサは、神殿の床に立って、その異様で巨大な姿を見上げます。

モーロック神の巨大な石像には、その外見の他にも、いくつかの奇怪な特徴がありました。

まず一つには、その巨大な石像には、胴体の部分に、7つの四角いドアみたいな穴が空いており、その穴の中では、焼却炉の様に、激しく炎が燃えさかっていました。

そして、その7つのドアみたいな穴の前には、それぞれ渡り廊下の様な、細長い通路が取り付けられており、それが延びて、神殿の大広間の両端にある、いくつかの踊り場で区切られた、長い階段へと繋がっています。

つまりは、モーロック像の左右に設置された、その長い階段を使えば、途中にいくつかある、それぞれの踊り場から細長く延びた通路を経て、神像の胴体に空いた7つの燃えさかるドアの前まで、任意に行く事が出来たのです。

これは生贄の子供たちを、神像の胴体に開いた7つの炎の扉の前まで歩かせ、更に彼らを、その炎の中に投げ込む為に作られた、いわば死の通路でした。

モーロック神の巨像を、笑いながら見上げているムスカル王は、自分の背後で呆然としているシュナンとメデューサに、言いました。


「どうだ、見事なものだろう?あの像の内部の溶鉱炉は、異次元を介して、地獄に直接繋がっていてね。像の胴体についている、扉の中に投げ入れられた子供たちは、地獄の炎に焼かれながら、瞬時にモーロック様の元へ、召されるというわけだ。フフフ、我ながら、素晴らしいシステムだ。それに見るがいいー」


メガネを光らせたムスカル王は、そう自画自賛すると、今度は、神像の下の部分を指差しました。

モーロックの神像の下部には、胴についている7つの地獄の扉とは別の、四角い穴が空いていました。

そしてその四角い穴からは、金色のドロっとした液体と、それに混ざって、キラキラと光る石が流れ出ていました。

穴から流れ出た、それらの排泄物は、床に設けられた水路の様な溝に、流れ込んでいます。

黄金色の流動物が流れる、その水路状の溝のまわりには、それを挟む様に、大勢の労働者が対面して、平行にズラリと並んでおり、何かの作業を、熱心に続けています。

彼らの様子をよく見ると、床の溝に流れる黄金色の液体から道具を使い、光る石を取り出したり、柄杓で黄金色の液体をすくい、他の容器に移し替えたりしています。

そして彼らの側には、おそらく今、取り出している、石や液体を洗浄したり、加工した物が、山積みにされて置かれていました。

それは信じられない程の量の、宝石類や金、銀そして、プラチナ等の貴金属を、塊にしたものでした。

シュナンの持つ師匠の杖が、思わず呟きます。


「すごい・・・地獄と現世とを、石像で結ぶとは。いにしえの大魔導士でも、出来る者がいたかどうか・・・」


ムスカル王は、モーロックの巨大な神像を背にして、マントを翻しながら両手を頭上に大きく広げ、勝ち誇った様に甲高い声で笑います。


「グワッハッハーッ!!どうだ、レプカール、そしてシュナンとメデューサよ。私は、子供を生贄に捧げる代わりに、金銀財宝をモーロック神から、直接、与えてもらう契約を、彼と結んだのだ。この地獄とつながる神像を通してな。生かしておいてもたいして役に立たん子供を、幾らか犠牲にするだけで、無限の財力が手に入るのだ。こんな良い話はあるまい」


ムスカル王の眼鏡がギラッと輝き、モーロック像から発する、炎の光に照らされた、彼の両手を挙げた影が、神殿の床に長く伸びます。


「この国の多くの市民も、私を支持してくれている。まぁ、中には、抵抗する連中も、多少はいるがね。だが、そのうちに彼らも、私のやり方の正しさを、認識するはずだ。何せ、ほんの少しの穀潰しの餓鬼共の、苦しみに目をつむるだけで、怠惰で安楽な豊かな生活を、一生涯送れるのだ。人間にとって、こんな理想的な事はあるまい。ガーッハッハッハーッ!!!」


ムスカルの邪悪な狂笑が、神殿の中に響き渡ります。

その笑い声を、シュナン達を見張っているクズタフ隊長を初めとする兵士達は、顔を伏せながら聞いています。

そしてシュナン少年は、その手に持つ杖をギュッと強く握りしめて、言いました。


「ムスカル王よ。あなたは正しく、邪神モーロックの地上代行者だ。人間を、際限なく堕落させるという、伝説の悪魔の化身だよ」


シュナンの杖を持っていない方の手と、ずっと自分の手を繋いでいるメデューサは、彼の手が怒りに震えているのを感じます。

彼の目隠しで覆った顔を、マントのフードの中から、困惑しつつ見つめる、メデューサ。

一方、シュナンの言葉を聞いたムスカル王は、さも愉快そうに笑います。


「ククク、お褒めいただき光栄だよ、シュナン君。実は君を、部下にしようと思っていたのだが、その様子だと、今のところ、脈は無さそうだね。まぁ、牢の中で、少し考えてみたまえ。10日後の生贄の儀式の日までは、処刑せずに、猶予を与えよう」


シュナンは無言で、ムスカル王の鏡像の前に立ち、目隠しした顔を、うつ向かせていました。

メデューサは彼と手を繋ぎながら、その隣に立っていたのですが、目深くかむったマントの下から、心配そうに、その目隠しした少年の横顔を見つめると、そこに浮かんだ表情に驚きます。

何故なら、その時の、シュナン少年の目隠しで覆われた顔は、メデューサが彼に会って以来、初めて見る様な、凄まじい怒気を漂わせていたからです。

普段の彼が持つ、穏やかな雰囲気とは似ても似つかない、その凶相に、メデューサは思わず繋いだその手を、離しそうになった程でした。

今のシュナン少年の頭からは、周りの状況はもちろんの事、自分の旅の目的さえ、かき消えていました。

彼が今思う事は、一つだけー。

それは目の前にいる、悪魔のような力と心を持つ、この恐るべき男を、自分の命と引き換えにしてでも倒し、地上から、その本来の住処であろう地獄へと、永久に駆逐する事ー。

ただ、それのみでした。


[続く]

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