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邪神モーロックの都 その10

 兵士たちに取り囲まれ、広間の床にうずくまるシュナンとメデューサを、その側に立ち、超然と見下ろすムスカル王。

彼は、うずくまった床から自分を見上げる、シュナン達に対して、言いました。


「とりあえず、メデューサは、その魔眼を隠せ。鏡像である余はともかく、兵士たちが、石になってしまうからな」


メデューサと共に床に座り込むシュナンは、隣にいるメデューサに、耳打ちをします。


「とりあえず、言う通りにしよう、メデューサ。すぐに殺す気はなさそうだ」


シュナンの隣でへたり込んでいるメデューサは、身にまとったマントのフードに手を伸ばし、頭に被り直します。

メデューサの顔と頭が、再びマントのフードに覆われて、見えなくなったのを確認した、ムスカル王の鏡像は、ニヤリと笑うと、兵士達に取り囲まれている、床の上の二人に言いました。


「お前たちの処分は、後でゆっくり考えるとしよう。それより、せっかくこの宮殿に来たんだ。一つ面白いものを、見せてやろう。立つがいい」


そして、ムスカル王の鏡像は、兵士達に命じてシュナンたちを床上に立たせると、自分の後について来るように言い、水晶魔宮の出口に向かって歩き始めました。

兵士達に、背後から剣や槍などの武器でせっつかれ、止む無くムスカルの後に続く、シュナンとメデューサ。

彼らはまず、ムスカル王の鏡像が先頭に立ち、その後を少し間隔を開けて、シュナンとメデューサが続き、更にそのすぐ後ろを、クズタフ隊長を含む数名の兵士が武器を手に、前の二人をせっつきながら歩くという、順番で移動していました。

王の居室を出た彼らは、ムスカル王の鏡像の先導で、水晶塔の螺旋階段を、先ほどとは逆の、下方向に向かい降りて行きます。

ムスカル王の背中を見ながら、水晶造りの階段を並んで降りるシュナンとメデューサは、クズタフ隊長をはじめとする王宮の兵士らが、自分たちのすぐ後ろを、武器を突きつけながらついて来ているため、生きた心地がしませんでした。

フードをかむり、シュナンの隣で階段を降りるメデューサは、彼の持つ師匠の杖に、どうしても我慢出来ず、文句を言います。


「ちょっと。あんたの立てた作戦、失敗しちゃったじゃない。シュナンの反対を押し切ってまで、決行したのに。これから、どうすんのよ?」


シュナンが持つ師匠の杖は、その円板状の先端に刻まれた目を、光らせて、答えます。


「ううむ、奇襲攻撃なら、いけると思ったんだがー。どうやら、ムスカルを、甘く見ていたようだ。まさか、水晶魔宮を完成させていたとはー。我々の師である、大魔法使いマンスリー様でさえ、実現不可能だと言っていたのにー」


更に師匠の杖に、怒りをぶつける、メデューサ。


「感心してる場合じゃないでしょ。あんたは本体が、ここにいる訳じゃないから、いいのかも知れないけどさ」


そんな二人?のやり取りを、杖を持つシュナンは、目隠しをした顔に、困った様な表情を浮かべて、聞いていました。

そして、そんなシュナンたちの背後で階段上を歩く、武器を構えた兵士たちを率いる、クズタフ隊長は、何か気に触ったのか、後ろから怒鳴り声を上げます。


「静かに、歩けっ!!背中を突き刺すぞっ!!」


その時でした。

先頭を歩いていた、ムスカル王ー。

正確に言うと彼の鏡像が、降りていた螺旋階段の途中で、いきなり立ち止まりました。

後に続くシュナンとメデューサ、そしてその後に続くクズタフ隊長たちも階段の途中で足を止めます。

そして、ムスカル王の鏡像は、後ろを振り返り、自分に従って足を止めたシュナンたちを、眼鏡を光らせながら見つめました。


「ちょっと、待ってくれ。ここで、日課を済ませる」


その言葉を聞いた、シュナンとメデューサは、首をかしげました。


「日課?」


一方、二人の背後に立つクズタフ隊長たちは、何やら溜め息をついています。

彼らが立ち止まっているのは、先程までいた王座のある水晶塔の最上階と、その下に連なる、いくつもの階を縦方向に連絡する螺旋階段の途中に、何箇所か設けられた休憩用のスペースで、踊り場みたいになっている場所の一つでした。

その踊り場の近くに付いた、大きな窓からは、モーロックの都の街並みを、一望する事が出来ました。

ムスカル王は、まず、その窓から見える景色を指差し、大きく胸を張りました。

そして、その大きな窓から覗く、人々がせわしなく街路を行き交う姿や、大勢の買い物客でごったがえす市場の賑やかな様子を、見下すような視線で一べつすると、嘲るみたいに大声で叫びます。


「グワーッハハッ!!人が、まるで、ゴミの様だ!!!」


そう叫ぶとムスカル王は、満足したのか、再びシュナンたちを見て、先を急ぐよう促します。


「フフフ、余は、1日1回これをやらないと、気がすまなくてね。待たせたな。さぁ、行こうか」


「・・・」


シュナンたちは、ムスカル王に促されて、彼の後に続き、踊り場から降りて、再び、塔を縦方向に貫く螺旋階段を、下り始めました。

しかし、先程のムスカル王の、奇妙な言動が気になったメデューサは、隣にいるシュナンに聞きました。


「何だったの、あれ?」


しかし、メデューサの隣で、一緒に水晶で出来た階段を降りるシュナン少年も、首をかしげます。


「うーん、何なんだろう。ストレス発散の一種かな。師匠、わかりますか?」


話を振られた師匠の杖も、困惑した声で言います。


「さぁな・・・昔から変わった御仁だったからな。まぁ、後ろにいる連中なら、解るかもしれんが・・・」


すると、シュナンとメデューサを見張る為に、兵士たちと共に武器を構えながら、二人の背後を歩いているクズタフ隊長が、暗い表情をして呟きました。


「聞かないでくれ。頼むから」


さて、宮殿内を連行されるシュナンたちは、ムスカル王の鏡像の先導で、水晶塔のてっぺんの王室から、螺旋階段をぐるぐると下り、塔を支える箱型の下層階にまで到達すると、そこから更に階段を使って移動して、四方を壁に囲まれた、広々とした石造りのスペースになっている、一階のホールへと降り立ちます。

ムスカル宮殿の最下層である、一階部分に到着したシュナンたちは、更にそこを経由して、観音扉を出た、その先に広がる、多くの柱に支えられた、吹き抜けの天井の下をしばらく移動すると、ようやく宮殿の建物内から外に出て、今度は空の下を、縦列を組んで歩き始めました。

相変わらずムスカル王を先頭に、シュナンとメデューサが後に続き、更にその背後からクズタフ隊長ら兵士たちが、剣や槍などの武器を構えつつ、後に続きます。

前を歩くムスカル王の背中を、師匠の杖を通して見つめるシュナンは、その杖に、頭に浮かんだ疑問を尋ねます。


「前を歩いているムスカルは、水晶宮の力で作った、鏡像なんですよね。宮殿を出たのに、何故、まだ消えないんでしょう?」


シュナンの持つ、師匠の杖が答えます。


「それだけ、ムスカルの創り出した、あの水晶の塔の力が強いということだ。なんというか、あの塔は、一種のアンテナの役目を果たしている。おそらく、この街の何処だろうと、分身を出現させる事が出来るのだろう。もちろん、本体は今も、あの水晶塔のてっぺんに造られた、玉座の間の中にいる」


シュナンは師匠の言葉を聞くと、信じられないといった様子で、首を振ります。


「まさか、それほどの魔術師が、この世に存在するとはー。本当に恐ろしい」


シュナンの持つ師匠の杖は、その円板上の先端にある、大きな目を光らせて言いました。


「まぁ、彼は、大魔術師マンスリー様の、数ある弟子の中でも、わしと並んで、一二を争う実力があったからな。もっとも、あいつは優等生で、わしはとんでもない不良だったがね。まぁ、結局は二人とも、師匠に破門されたんだがー」


シュナンの隣で歩いている、蛇髪の少女メデューサが、皮肉っぽい口調で言います。


「要するに、同じ穴のムジナってわけね」


師匠の杖が、その大きなレリーフを光らせて、メデューサに反論しようとした、その時でした。

上空から、奇怪な鳴き声が、聞こえてきました。

地上を歩くシュナンたちが、空を見上げると、先程、城に入るときに見た、怪鳥ハーピーが、空を飛んでいました。

「彼女」は、お腹に浮き出た、妖艶な女性の顔を下に向けて、広い庭を見下ろしながら、空中を羽ばたいています。

シュナンたちの前を歩くムスカル王は、後ろを振り返ると、シュナンたちを見つめて言いました。


「余の可愛いペットが、道案内をしてくれるようだ。見たまえ」


ムスカル王が、そう言って指差した先には、大きな石造りの神殿が見えました。

その大きな建物は、広大なモーロック宮殿の敷地の南側にあり、その区域の土地面積の過半を占めていました。

ギリシャ風の他の建物とは違った、古代文明の建築様式で建てられており、その巨大さと相まって、異彩を放っていました。

正面の石造りの、大きな入り口の上には、牛の角を扇型にした様な、奇怪な紋章が刻まれています。

どうやら、この建物が、ムスカル王がシュナンたちを導こうとする、場所のようです。

ムスカル王の鏡像は足を早めて、王宮の庭を突っ切り、神殿の見える方角へ、真っ直ぐに進んで行きます。

シュナンとメデューサも、背後にいるクズタフ隊長たちにせっつかれ、仕方なく王の背中を追います。

やがて彼らの前に、四方を階段で囲まれた巨大な神殿の全貌が、その姿を現します。

神殿に近づくにつれ、メデューサの心に、何故か、黒雲の様に、不安な気持ちが立ち込めました。

思わず彼女は、隣で歩くシュナンに向かって、ポツリと呟きます。


「シュナン、なんだか、あたし怖い」


その言葉を聞いたシュナンは、隣で目深くフードをかむり、蛇の髪で覆われた顔を俯かせるメデューサの方へ、そっと手を伸ばします。

そして、師匠の杖を持っていない方の手で、メデューサの手を、キュッと握りました。

巨大な神殿の入り口へと向かう、ムスカル王の後を、手を繋ぎながらついて行く、シュナンとメデューサ。

更に、その背後を歩く、クズタフ隊長と武器を構える配下の兵士たちは、何故か、神殿に近づくにつれ、段々と元気を無くし、押し黙っています。

そんな彼らを、神殿の屋根に止まった怪鳥ハーピーが、そのお腹の顔をニヤリとさせながら、見下ろしていました。

そして彼らが、高台に建つ神殿の入り口へと続く、石の階段を登り始めた、その時でした。

彼らの耳に、神殿の中から、何かの音が聞こえて来ました。

メデューサは、シュナンと繋いだ手を、更に強く握ります。


「何っ?何かの声が聞こえる・・・」


そして彼女の隣で歩く、目隠しをした少年シュナンは、優れた聴力を持つが故、その声が何であるかを察して、動揺して、歯を強く食いしばりました。


「こ、子供の泣き声だ・・・」


そうです、彼らの聞いた、神殿の中から漏れ聞こえるその声こそ、モーロック神の生贄にされる為に集められ、神殿内に幽閉されている子供達の発する、嘆きの声だったのです。

ムスカル王を先頭に、神殿の入り口へと続く石の階段を登るシュナンとメデューサ、そして、その背後を固めるクズタフ隊長たちー。

階段を登りきった一行の眼前に、アーチ状に石材を組んで造られた神殿の暗い入り口が、ぽっかりと広がります。

彼らの耳に、先程から絶え間なく聞こえる、子供達の鳴き声が、更に悲しげに響き渡りました。


[続く]

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