邪神モーロックの都 その9
壇上から自分たちを見下ろす、ムスカル王に対して、シュナンの持つ師匠の杖が、語りかけます。
「兄者、わたしは、この若者ー。弟子のシュナンと共に、人々を救うために、ある物を手に入れる事を目的として、旅を続けているのです。旅の途中で、たまたまこの街を通りかかり、兄者と旧交を暖めようと思い、この城を訪ねたと言うわけでして」
しかし、頂点に金の王座を戴く、高いひな壇の上に立つムスカル王は、そこから冷徹な目で、眼下の床上にいるシュナン少年と、彼が片手に持つ師匠の杖を見下ろしており、その顔には、疑い深げな表情が浮かんでいます。
「フンッ、お前とは確かに子供の頃から、一緒にマンスリー様の元で魔法の修行をしたが、仲が良かったとは言えぬ。暖めるだけの旧交が、あるとは思えんな。それにお前が人助けだと?余に負けず劣らずの冷血漢のお前がか。その少年の事は知らんがー。ムッ、もしかして、目が見えんのか?」
ムスカルはその鋭い観察眼で、早くもシュナンの目が見えない事を、察知したようでした。
シュナンの師匠レプカールの化身である、その手に持つ杖は、何とかムスカル王の気持ちを和らげようと、尚も彼に語りかけました。
「そう言わずに。もちろん、兄者の事は、内心では尊敬しておりましたぞ。それに兄者のために、手土産も用意しました。弟子のシュナンが、背負っている箱がそうです」
珍しい物に目がないムスカル王は、杖のその言葉を聞くと、急に興味が湧いたのか、眼下のシュナン少年がずっと背負っている、その大きな箱を見直します。
「ほぉ、わざわざ、私に贈るのであれば、さぞや珍しい物であろうな」
シュナンの持つ、師匠の杖が答えます。
「もちろんですぞ。実は、この地に来る前に、ペガサス族の村に立ち寄っていましてな。そこで手に入れた秘宝が、入っているのです」
「ペガサス族の秘宝・・・。ムムッ、それは、興味をそそられるな」
ムスカル王はそう言うと、玉座のあるひな壇の前面についた、上から下へと続く長い階段を使って、眼下の広間の床に、ゆったりとマントをひるがえしながら、悠然と降り立ちました。
そして、そこから更に、水晶造りの床上を滑るように歩むと、こちらを向いて身を硬くする、その片手には杖を携え、背中には大きな箱をしょっている、奇妙な少年の方へと、徐々に近づいて行きます。
シュナンは、玉座を降りて自分の目の前までやって来た、ムスカル王に一礼をすると、背負っている大きな箱を肩から降ろし、それをマントをひるがえしながら広間に立つ、王の足元に置きました。
彼に、荷物の箱を、開けさせる為です。
そしてシュナンは、少し離れた場所に跪いて、王に礼を示します。
好奇心を抑えられない性格の王は、シュナンが床に置いた大きな箱に近づくと、身をかがめ、左手でその箱の蓋を開けようとします。
その瞬間、少し離れた場所で、ひざまずき控えていたシュナンの持つ、師匠の杖が叫びます。
「確か、ムスカル兄者は、右利きの筈・・・いかんっ!やめろっ、メデューサ!!」
それと同時に、シュナンが床に置いた箱の中から、突然、何かが飛び出して、箱を開けようとしていたムスカル王の、目の前に現れました。
それは、黒いフード付きのマントを目深くかぶった、小柄な少女でした。
つまりは、我らがヒロイン、ラーナ・メデューサ姫だったのです。
メデューサは箱から出て、ムスカル王の前に飛び出すと、その目深くかむったフードを頭から外し、その蠢く蛇で出来た髪の毛を、露わにしました。
更に彼女は、その蛇の髪をコントロールして逆だたせると、蛇の髪の下に隠された魔眼で、目の前で立ち尽くすムスカル王を、睨みつけました。
その瞬間に、メデューサの石化の魔眼が発動します。
これはムスカル王の油断を誘い、メデューサの魔眼で一気に彼を倒すという、兄弟子の性格を熟知した、レプカール師匠の考えた作戦でした。
メデューサの目を、まともに見たムスカル王は、たちまち石像と化すはずでした。
しかしー。
「なるほど、メデューサか。これは確かに珍しい。良い貢ぎ物だぞ、レプカールよ」
メデューサの目に見つめられても、石になるどころか、楽しげな表情で彼女を見定める、ムスカル王。
その氷の様な冷たい瞳が、眼鏡の奥で光ります。
蛇の髪を逆立てたままの、メデューサの背中に、ゾクッと悪寒が走ります。
「ーっ!!」
事態の思わぬ成り行きに驚いたシュナンは、床から立ち上がると、彼と同じく、驚いた表情でムスカル王の前に立ち尽くす、蛇の髪を逆立てたままのメデューサの側に、あわてて駆け寄ります。
そして、彼女に寄り添いながら、目の前で平然と立つムスカル王の姿を、師匠の杖を通して、呆然と見つめます。
シュナンの持つ師匠の杖が、声を発しました。
「やられたな。目の前にいるムスカルは、実体ではない。あれは、この水晶魔宮の魔力で創り出した、鏡像だ。だから、利き腕も、反対になっているのだ」
メデューサを背にして、彼女を守りながらムスカル王の前に立つシュナンは、その目隠しをした顔を、師匠の杖の方に向けて、聞きました。
「信じられません、師匠。まるで、実体があるように見える」
師匠の杖は、答えます。
「ただの、幻影ではない。物に触ったり、動かしたりも出来る。分身みたいなものだー」
その瞬間、雷鳴と共に、クリスタルで作られた部屋に光が走り、広間に立つ杖持つシュナンとメデューサを、激しく打ちました。
「うああっー!!!」
「きゃああーっ!!!」
雷光に打たれて、床に倒れ込む、シュナンとメデューサ。
その姿を、彼らの前に超然と立つムスカル王の鏡像は、眼鏡を光らせながら、見下ろしていました。
そして彼の合図で、その王の部屋に、大勢の警備の兵士達がなだれ込んで来ました。
その先頭に立つのは、先程、シュナンをここまで案内してくれた、クズタフ隊長でした。
たちまち、武器を持った兵士たちに取り囲まれる、床に倒れこんだ、シュナンとメデューサ。
彼らの前に立つ、ムスカル王の鏡像は、その様子を面白そうに眺めていました。
広い王室のどこかから、男の笑い声が聞こえ、クリスタル製の部屋の壁に、響き渡りました。
[続く]




