邪神モーロックの都 その7
次の日、モーロックの都の王宮に、一人の奇妙な訪問者が現れました。
彼は、紺色の魔法使いのマントをまとった、青灰色の髪の、まだ年端もいかない少年で、大きな眼がついた円板を先端に持つ、おかしな形の木製の杖を、手にしていました。
更に、背中には、四角い箱の様な、大きな荷物を背負っています。
そして、何よりも奇妙なのは、彼がその顔の上半分を、目隠しみたいな布で、すっぽりと覆っている事でした。
その少年は、王宮の門の前まで来ると、そこを守る門番の男に、中に入れてくれる様に頼みました。
槍を振りかざしながら、少年の前に立ち塞がる、門番の男たち。
彼らは、件の少年の、目隠しをした顔を、胡散臭げに見つめるど、大声で怒鳴りつけます。
「ふざけるなっ!お前みたいな怪しい奴を、中に入れれるか!!」
「ここは、この国の王である、ムスカル様の住まわれる王宮だぞっ!!」
「さっさと帰れっ!変な目隠しなんか、つけやがって!!」
しかし、その奇妙な少年は、門番の兵士たちの恫喝にも、まったく動じる事は無く、大きな箱を背負い、杖を持ちながら、悄然と彼らの前に立っていました。
その時でした。
少年の掲げている、その奇妙な形の杖が、いきなり声を発したのです。
「わたしは、レプカール。ムスカル王の友人だ。彼の怒りを買う前に、さっさと取り継ぐが良かろう」
それを聞いた兵士たちは、一斉に、驚きの声を上げました。
「杖が喋ったっ!!」
その後、不思議な少年を門の前に待たせたままで、兵士たちの中の一人が王宮に向かい、ムスカル王の侍従に、この事を知らせました。
すると意外な事に、王に取り次いだその侍従から、門を守る兵士たちに対して、その少年を中に通すようにとの、報せがもたらされました。
門番たちは不審に思いながらも、王の命には逆らえず、門番の兵たちを率いる隊長をつとめる、グスタフという男が、その大きな箱を背負った、青灰色の髪の少年ー。
つまりは、シュナン少年に付き添って、彼を王宮内に建つ王が住まう宮殿にまで案内し、更には、そこにいますムスカル王と、謁見させる運びとなったのです。
門番たちの視線を浴びながらシュナン少年は、グスタフ隊長の先導で、そのすぐ後ろを歩き、王宮の門をくぐり抜けました。
そして、広大な王宮の敷地内に入り込んだ二人は、その中に建つ、ムスカル王のいます宮殿を目指して、整然と区画整理された、建物の間を通り抜け、王宮内に敷かれた道を、前後に並んで歩いて行きます。
クズタフ隊長の後に続いて王宮の中を歩く、シュナン少年は、手に持つ杖を介して脳裏に映る、その内部の豪奢な様子に、思わず感嘆の声を上げます。
「すごい・・・」
王宮の中へと入り込み、クズタフ隊長の先導でその敷地内を歩く、シュナン少年の前途には、広大な面積を誇るムスカル王の大庭園が広がっており、そこには様々な種類の木々が群生し、林となって、複数の場所に点在していました。
その間には、花壇や花畑がいくつも造られており、無数の花たちが咲き乱れ、それぞれの美しさを競っています。
そして、広大な庭園を貫く一本道の向こうには、これまた大きな広場があり、その周りには多くの建築物が屹立していました。
壮麗なモーロック教の神殿に、王宮内で働く人々の為の、居住用のアパート。
大きな工場や様々な役所、それに兵士たちの営舎も建っています。
そしてその中でも特に目立つのが、シュナン少年が今から連れて行かれようとしている、王宮の中心部に位置する大きな広場の正面に屹立した、ある奇妙な形状の建物でした。
水晶塔ー。
人々からそう呼ばれる、全体的には高い塔みたいな形をした、王が住まうその宮殿は、王宮内の建物群の中で、突出した高さを誇っていました。
王宮全体の中枢部であり、王が居住するその宮殿は、遠目には発射台の上に据えられたロケットというか、長方形の石の箱に、半透明の鉛筆が乗っているみたいな、奇妙な形状をしていました。
下層階は、多数の石柱を用いた、ギリシャ風の神殿造りになっており、その箱型の土台の上に、まるでそこから生えたかの如く、天へと高々と伸びる、細長い塔の様な外見の、宮殿本体が建てられています。
そして何と、箱状の土台の上に建つ、塔の様な宮殿本体は、その全てが青みがかった、半透明の水晶によって出来ていました。
グスタフ隊長に連れられて、広場内に屹立する、その大きな宮殿へと、徐々に接近するシュナン少年でしたが、彼の目隠しをした顔に、驚きの表情が広がります。
盲目の彼は、少しずつ威容を現す、件の巨大宮殿の様子を、手に持つ師匠の杖を通じて確認しており、次第に明らかになる、その全貌に、驚嘆の念を禁じ得ませんでした。
前述した様に、その箱型の土台の上に建つ、塔みたいな宮殿の本体は、内部構造を含め、全てが青みがかった、半透明の水晶によって、形作られていました。
六角柱の形をした、塔の様な外壁はもちろんの事、各階ごとに区分けされた、内部の部屋の天井や床、それらを連絡する、塔を上下に貫く螺旋階段なども、全て水晶で造られており、外側から見ると中の様子が、うっすらと透けて見えます。
その為、天気の良い日には、塔の様な形をしている宮殿の本体は、王宮の上空に広がる青い空の背景に溶け込み、まるで宮殿自体が空に浮かぶ蜃気楼であるかの様な、幻想的な印象を、それを見上げる人々に与えていました。
そして、全体的には四角い石造りの土台の上に、水晶で出来た細長い塔が乗っているみたいに見えるその宮殿の、最上階にあたる部屋こそ「水晶魔宮」と呼ばれる、ムスカル王が住まう場所でした。
その塔の全体を作るのに使用されている、水晶の量は、もちろん莫大なものでしたが、王の居室である「水晶魔宮」は、鉛筆形の塔の先端部の、円錐状になった最上階に設けられた、一見すると、三角帽子みたいな部屋であり、更に特殊な、濃い青色の水晶によって造られていました。
それは「銀水晶」と呼ばれる、魔術師が、高度な魔法を使う時に、媒介としてよく使われる、希少な物質で、大変高価なものでした。
最上階だけとは言え、塔の階層をまるごと「銀水晶」で作るとは、いったいどれだけの、費用と手間がかかっているのでしょうか。
クズタフ隊長に付き従い、宮殿が建つ王宮内の広場を目指して、区画整理された歩道を歩くシュナン少年の目隠しをした顔に、これから会おうとしている、その宮殿に住まう、間違いなく強大無比な力を持つ魔法使いの王に対する、畏怖の表情が浮かびます。
さて、王宮内の敷地をエリアごとに区画する道を通って、中央の広場の中に屹立する、その奇妙な外観をした宮殿に向かって、グスタフ隊長と共に移動する、シュナン少年ですが、やがて彼を先導するクズタフ隊長が後ろを振り返ると、自分の後について歩いている少年に対して言いました。
「何をしている?さっさと、ついてこい。王が、お待ちかねだ」
「あ、ああ」
シュナンは慌ててうなずくと、背中に負った、大きな箱みたいな荷物を背負い直し、先導する隊長の後を、足早に歩き始めました。
クズタフ隊長は、この国の警察隊を率いる武人で、軍隊を指揮するジュドー将軍、行政府を統括するカムラン市長と共に、王の腹心といえる人物でした。
この男は、直情型ではありましたが、実直な人物で、自分たちの国を豊かにしたムスカル王に対して、忠誠を誓っていました。
そんな彼は、王命により、仕方なくシュナン少年を案内していたものの、自分の背後を歩く、目隠しをして顔を隠した少年の事が、どうも気に食いませんでした。
それに、このシュナンと名乗った少年は、その挙動も、なんだか怪しかったのでした。
初めてこの王宮の内部の様子を見た者が、その壮麗さに目を奪われるのは当然なのですが、後ろにいるシュナンというこの少年は、顔はあまり動かさず、持っているその杖だけを、歩きながら、王宮内のあちこちに向けて動かしていました。
クズタフ隊長は、杖をあちこちに振りながら歩く、シュナンの動きが気になって、もう一度注意しようかと思いました。
しかしその時、後ろを歩くシュナンが、空を指差して言いました。
「あれはー」
クズタフ隊長が、シュナンの指差した方角の空を見ると、青空をバックにして、人くらいの大きさの、鳥の様な奇怪な生物が飛んでいました。
「ああー」
平然と肩をすくめる、クズタフ隊長。
驚く事も無いといった、様子です。
「あれはハーピーだ。ムスカル様のペットだよ」
その空飛ぶ鳥のような生き物は、一見、太った鷺を大きくした様な、外見をしていました。
しかし、その鳥の一番の奇怪な特徴は、お腹の部分に、人間の顔が浮き出ている事でした。
それは若い女性の顔で、模様などではなく、生きているみたいに呼吸をし、地上を見張るかのごとく、目をぐりぐりと動かしていました。
そう、その鳥こそ、神話に名高い、メデューサと同じ石化能力を持つ、伝説の怪物、ハーピーだったのです。
クズタフ隊長は、城の上空を我が物顔で飛ぶハーピーを見上げて、深いため息をつきます。
「全く、ムスカル王の趣味にも、困ったものだ。あんな怪物を放し飼いにしてるせいで、誤って空を見て、石にされる兵士が後を絶たん。まぁ、クリスタルパレス内のドーム施設には、もっと危険な怪物を、閉じ込めているって話だがな」
そう言うとクズタフ隊長は、ハーピーが気になっている様子のシュナンに、早く歩くようせかせます。
「さぁ、急げ、小僧。王がいる水晶塔への入り口は、すぐそこだ。そんな所でグズグズしてると、あの鳥に石にされてしまうぞ」
隊長に急かされ、先を急ごうとした、シュナンの背負った箱型の荷物が、その時なぜか、ガタゴトと大きな音をたてました。
[続く]




