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邪神モーロックの都 その6

 どうやら、シュナンたちのいる部屋になだれ込んで来た男たちは、町のどこかにあるアジトから、地下通路を通って、この場所までやって来たようでした。

彼等のアジトと、この建物の地下は、秘密の通路で繋がっており、男たちはその通路を使い、まずシュナンたちがいる地下の部屋の隣の、子供達がいる部屋に入り込み、そこから息を潜め、こちらの様子をうかがっていたのです。

そして、仲間のテトラの要求が拒否されたと見るや、隣の部屋から、いきなりなだれ込んで来たのです。

彼等は、テーブルに座るシュナンたちを取り囲むと、一人一人の背中に、冷たく硬い何かを押し付けてきました。

シュナンたちの背中に押し付けられたのは、鋭く光る刃物でした。

なんと、この都市の住民である、部屋に乱入した男たちは、力ずくで脅しをかけて来たのです。

背中に当たる刃物のおぞましい感触に、嫌悪を隠せず、思わず顔を歪める、シュナン一行。

荒事が苦手な、吟遊詩人のデイスは、恐怖のあまり、刃物が突きつけられた背中を、プルプル震わせながら、口を金魚みたいに、パクパクさせていました。

一方、テトラは、シュナンから奪った師匠の杖を、両手で抱えながら、涙目で謝ります。


「ごめんなさい・・・本当に。で、でもこうするしかないんです」


やがて、テーブルの周りを囲む大勢の男たちの中から、一人の男が進み出てきて、シュナンたちに話しかけました。

彼は、ここにいる市民たちの代表であり、ムスカル王の政治に反抗する、レジスタンス・グループの、リーダー的存在でした。


「失礼な事をして、申し訳ない。私の名は、オロと言います。実は、こんな行為をしたのには、訳があります。さっきテトラが言った様に、わたし達にあなた方の力を、貸して欲しいのです。昼間の街での暴れっぷりは、我々も、影から見ていました。あの恐ろしいムスカル王を倒せるのは、あなた方しかいない」


テトラに抱かれている師匠の杖が、不満げな声で尋ねます。


「君たちは、何者だね?」


すると、リーダーであるオロの隣にいる、背の高い青年が前に進み出て、シュナンに話しかけてきました。

ちなみに彼は、ジムという名前で、テトラの夫であり、この酒場の建物の主人でした。


「俺たちは、ムスカル王の子供狩りで、大切な息子や娘を奪われた親たちで作った、秘密組織です。俺たちは、間もなく行われる、生贄の儀式までに、なんとか奴らにさらわれた子供たちを、取り返す方法がないかを話し合う為に、定期的にこの場所で、秘密の会合を開いていたんです」


ジムの隣に立つ、リーダー格の男、オロが、再び声を発して、話を続けます。


「でも、どう考えても、あの恐ろしい力を持つムスカル王から、子供達を取り返す方法は見つからずー。このままでは、10日後に迫った儀式の日に、彼らは生贄として、モーロック神に捧げられてしまいます。そんな風に、どうしたらいいのか思い悩んでいた所に、奇遇にも、あなた達が現れた。あなた方の力は、街で兵士共と戦っている時に、充分、見せていただきました」


市民たちに、武器を突きつけられながら、テーブルに座るシュナン一行に対して、リーダーであるオロは、熱心な口調で、懸命に訴えます。


「強力な魔法使いであるあなたに加えて、卓越した腕前の剣士に巨人族の戦士、そして伝説の魔物メデューサ。邪神モーロックの化身と言われる、ムスカル王に対抗出来るのは、あなた達しかいません。あなた方が、たまたまこの街に現れたのは、きっとギリシャの神々の思し召しです。どうか我々に、力を貸して下さい。子供たちを取り戻す為に。もちろん、わたし達も、全力で協力いたします」


そしてオロは、少し声の調子を落とすと、更に言いました。


「どうしても協力していただけないのなら、あなた方の中から、人質を取らせてもらいます。そしてその命を代償に、無理にでも、力を貸していただく事になります。もちろん、なるべくなら、そんな事はしたくありませんがー」


シュナンの杖を奪ったテトラとその夫ジムも、必死の形相で、シュナン達に懇願します。


「お願いしますっ!どうか、力を貸して下さい!!どんな事でもしますから!!」


「あの子は、私たちにとって、かけがえの無い宝なんですっ!!」


視力を奪われた暗闇の中で、背中に刃物を突きつけられながらも、テーブル席に座るシュナンは、市民たちの声に、真剣に耳を傾けます。

たとえ、目が見えない状態でも、シュナンがその魔法の力を振るえば、自分や仲間たちを取り囲む人々を制圧する事は、恐らく可能だったでしょう。

しかし、その場合には、直接的な戦闘能力の低いメデューサやデイスが、混乱に巻き込まれて、傷付く危険性がありました。

それに、自分たちの子供を助ける為に必死になっている市民たちを、殺傷する事は、シュナンの本意ではありません。

やがてシュナンは、テーブルに載せた両腕を上げると、左右の掌を違い合わせに組んで、フゥッと息を吐きました。

そんなシュナンの、テーブルの上で組んだ手に、そっと自分の手を、重ねる者がいました。

それは隣の席で、彼と同じく背中に刃物を突きつけられている、メデューサでした。

彼女は、旅のリーダーであるシュナンを励まし、その決断をうながすために、そうしたのです。

盲目になっているシュナンには、わかりませんでしたが、テーブルの反対側に座るレダとボボンゴ、そして右手に座る吟遊詩人デイスも、市民たちに刃物を突きつけられながら、彼の判断をじっと待っていました。

しばらくしてシュナンは、考えがまとまったのか、その目隠しをした顔を上げると、周りの人々に向かって言いました。


「わかった、君達に協力しよう。だから、刃物を引いてくれ。それと、僕の杖も返してくれ。このままじゃ話も出来ない」


それを聞いた、市民レジスタンスのリーダーであるオロは軽くうなずき、シュナンたちの座るテーブルを取り囲む仲間の連中に、目配せで合図を送ります。

すると、テーブルに座るシュナン一行や吟遊詩人デイスを、背後から刃物で脅していた男たちは、刃物をシュナンたちの背中から離すと、それぞれの懐にしまい込みました。

師匠の杖も、テトラの手から、シュナンに返されました。

地下室に張り詰めていた、緊張した雰囲気は、ふいに緩み、部屋にいる大勢の人々の間には、ホッとした空気が流れました。

シュナンたちを脅していた彼等ですが、追い詰められて必死になっており、おそらく子供たちを救い出す為に仕方なく、こんな恐喝まがいの行動に出たのでしょう。

シュナンの手に返された師匠の杖が、不満げに呟きます。


「まったく、あの牛魔王ムスカルを、敵に回すとはー。どうなっても、わしは知らんぞ」


[続く]

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