邪神モーロックの都 その3
さて、凄まじい勢いで街路を突っ切り、人々をなぎ倒しながら、こちらに迫る騎馬兵たちは、やがて、シュナン一行が、立ち尽くしている場所にまでやって来ました。
彼らは、その地点に到達すると、隊列を左右に展開して、シュナンたち4人と、地面に子供を抱きながら倒れている男を、取り囲みました。
馬を静止させ、ぐるりと輪の様になり、シュナン一行と倒れている男を取り囲む、騎馬兵たち。
そして、その中から、隊長らしき騎馬兵が、列から出て馬を進め、シュナンたちの前にやって来ました。
隊長らしき騎馬兵は、巻き添えになったシュナン一行をチラリと一べつすると、視線を、赤子を抱えて地面に横たわる、吟遊詩人風の男の方に移します。
馬上から男を見下ろす、隊長の冷徹な声が、市街地の路地に響きます。
「デイス、おとなしく、子供を渡せ。そうすれば、命だけは助けてやろう」
シュナンたちの足元で倒れていた男は、子供を抱いたまま身体を起こし、地面にうずくまると、その隊長らしき騎馬兵を見上げ、震える声で言いました。
「ふ、ふん!そんな事を言って、子供を渡した途端に、俺を殺す気だろう。お、お前らのやり口は、わかってるー」
馬上の隊長らしき男は、皮肉っぽい微笑を浮かべて、言いました。
「フンッ、まんざら、馬鹿でもないようだな。生贄用の子供は、無傷で捕らえたかったが、仕方あるまい」
そう言うと彼は、手に持つ長い槍を構えて、子供を抱えながら地面にひざまずく吟遊詩人デイスを、突き刺そうとしました。
その時でしたー。
「待てっ!!」
鋭い制止の言葉と共に、地面で子供を抱いて伏せるデイスと、彼を馬上から槍で攻撃しようとする隊長との間に割って入る、一つの人影がありました。
そう、それは目隠しをした魔法使いの少年、シュナンでした。
シュナンは、背後に伏せるデイスをかばう様に、騎馬兵の前に、立ち塞がっていました。
シュナンの持つ師匠の杖が、慌てた様に叫びます。
「馬鹿っ!!シュナン、やめろっ!!」
シュナンの後方にいる、マントのフードを目深くかむったメデューサも、彼の行動に驚き、声を上げました。
「ちょっと、シュナン!!」
そして、デイスを殺そうとしていた馬上の隊長は、いきなり飛び出して来た、この奇妙な少年を、胡散臭げに睨みつけました。
さらに彼は、シュナンの背後にいる他の3人の姿もぐるりと見回し、確認すると、馬上から見下ろしているシュナンに対して、言いました。
「異種族もいる様だが、どうやら旅人みたいだな。この国の事情も知らずに、首を突っ込むな。これ以上、邪魔立てすれば、容赦せん」
しかし、シュナンは、地面で子供を抱きながら震えるデイスの前から動かず、毅然とした態度で言いました。
「どんな事情があるのか知らないが、こんな非道を、見逃す訳にはいかない。あなたこそ兵を引いて、この場を立ち去れ」
怒りのあまり、絶句する、隊長。
「な・・・小僧っ!!」
一方、その様子を見ていた、旅の仲間たちはー。
「シュナン、カッコいい!」
「シュナン、意外と血の気多い」
目を潤ませ胸の前で両手を組んで、うっとりするレダと、腰に手を当てて呆れたように言う、ボボンゴ。
そしてメデューサは、顔をすっぽりと覆ったフードの下から、心配そうにシュナンを見ています。
「おのれっ!!許さんぞっ!!」
とうとう激怒した隊長は、シュナンを殺すため、手に持った槍を、振り上げました。
しかしー。
「ーフレイヤ」
シュナンが、ボソッと呪文をつぶやくと同時に、隊長の振り上げた槍を持つ手は、真っ赤な炎に包まれました。
「ぎゃあああーっ!!!」
絶叫と共に、燃える腕を振り回して、馬から落ちる、隊長。
まるで、それが合図でもあるかのように、周囲を取り囲んでいた騎馬隊と、シュナン一行との間に、戦闘が開始されました。
「よくも、隊長をーっ!!」
「くたばれーっ!!」
「ウラーッ!!ウラーッ!!!」
槍と剣を抜いて馬を駆り、シュナンに向かって攻撃を仕掛ける、騎馬隊の兵士達。
しかし、そんな彼らの前に、シュナンの頼れる旅の仲間、ペガサスの剣士レダと巨人ボボンゴが、立ち塞がります。
レダは腰に差した長剣を振るい、ボボンゴはその剛腕で、迫り来る騎馬隊を迎え撃ちます。
彼らの後方から、シュナンが叫びます。
「なるべく、殺すなっ!!」
その言葉に答える、レダとボボンゴ。
「わかったわ!!」
「ボボンゴ、わかった!!」
レダは、その手に持った長剣を、逆刃に持ち変えて、自分たちに迫る騎馬隊の兵士たちを、次々に打ち据え、馬から落馬させました。
主人を失った馬たちは、あらぬ方向に迷走し、何処かに走り去ったり、建物の壁に激突したりしています。
レダの、ポニーテールに結んだ真っ赤な髪が、少女の身体の動きに合わせて、激しく揺れます。
彼女の隣に立つボボンゴは、その怪力で、突っ込んで来る騎馬兵たちを、馬ごと高々と持ち上げて、地面に投げつけています。
自分の馬の、大きな身体の下敷きになった兵士たちが、苦しげな悲鳴を上げます。
そしてシュナンは、彼らの背後から火炎魔法を使い、レダとボボンゴを、後方から助けます。
シュナンが放つ火炎弾で、騎馬兵の乗る馬たちはパニックを起こして暴れ、兵士たちは、馬から次々と振り落とされていきます。
こうして、人々で賑わっていた市街地の大通りは、一転して、馬のいななきと兵士たちの悲鳴、そして火炎と砂埃が舞う、修羅の地と化しました。
一方、魔眼以外には戦う術を持たないメデューサは、子供を抱いて地面に座り込んでいる吟遊詩人デイスと共に、後方で身を竦めて、戦いの行方を見守っていました。
そして最初は、事の成り行きに驚き、逃げ出したり建物に避難していた街の住人たちは、やがてシュナン一行が優勢である事が分かると、遠巻きに彼らの戦いを見つめ、道路や建物の窓から、声援をおくりはじめました。
「いいぞ!!もっとやれっ!!」
「魔牛兵をやっつけろ!!」
「赤髪の綺麗な、ねーちゃん、頑張れ!!」
どうやら、シュナンたちを襲った兵たちは、かなり市民の恨みを、買っている様でした。
市民の声に押されたわけでもないでしょうが、騎馬隊の兵士たちの中には戦意を喪失し、馬を反転させて、シュナンたちに背を向けて逃げて行く者も、何人かいました。
残って、シュナンたちと戦っている騎馬兵たちも、次々と、シュナンと旅の仲間たちに打ちのめされ、倒されていきました。
しばらくすると、騎馬隊の兵士のほとんどが気絶して、地面に倒れるか、馬を翻して逃げ出してしまい、その場でシュナンたちと戦っている馬上の兵は、残り数名になっていました。
周りを取り囲む市民たちの、シュナン一行を応援する声は、ますます、大きくなっていきます。
その時でした。
シュナンたちが戦っている、街の大通りに、強い突風が吹きました。
その突風は、他の旅の仲間たちに守られながら、デイスと共に、後方の地面に身を伏せる、メデューサの方にも、吹きつけました。
そして、いきなり吹いた强い風は、メデューサの目深くかぶっていたマントのフードをはね上げ、隠されていた蛇の髪で覆われた頭部を、露わにしてしまいました。
一瞬、その場の空気が、凍りつきます。
シュナンたちと戦っていた、馬上の兵が叫びました。
「メ、メデューサだーっ!!」
[続く]




