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ペガサスの少女 その13

 そして、そんな2人の様子を、少し離れた草むらの中に潜んで、こっそりと見ている、これまた2つの人影がありました。

それは、宴会場を抜け出して来たメデューサと、彼女が心配で、その後からついてきた、巨人族の長ボボンゴでした。

メデューサは、宴会場からいなくなったシュナンとレダの事が気になって、2人の後を追って、自分も宴会場を抜け出し、彼らの行方を探していたのです。

その後、この星見の丘で、その上にいる2人の姿を見つけたメデューサでしたが、もちろんシュナンたちに声をかける事は出来ず、近くにあった草むらの茂みに隠れて、そこから彼らの様子をうかがっていたのでした。

そして、ボボンゴはそんなメデューサを心配し、その背中を追って夜道を歩き、やがて、ここまでやって来て彼女と合流したのです。

メデューサは、草むらのわだちの陰に隠れながら、そこから丘の上に立つ2人の姿をこっそりと見つめ、ボボンゴはそんな彼女の側で寄り添う様に身を縮こまらせながら、草地に膝をついていました。

メデューサたちは、丘の上に立つシュナンたちからは見えないように、近くの草むらの中にその身を縮こまらせながら隠れており、そこから、こっそりと丘の上の2人の様子を盗み見ていたのです。

メデューサは、丘の上でシュナンとレダが何を話しているのかが気になって、一生懸命に耳をそばだてましたが、件の2人がいる丘と、彼女がボボンゴと共に潜む草むらとの間には少し距離があり、中々、上手く話を聞き取る事が出来ません。

焦ったメデューサは、草むらの中で思わずつぶやきます。


「何、話してるんだろ。あの2人・・・」


すると、彼女の側に付き添うように、草むらの陰にひざまずくボボンゴが、自分の耳に手を当てながら、丘の方へ向かって少し顔を横向きにして突き出します。

そして、少し低い声で言いました。


「シュナン、この村、残るよう、頼んでる。みたい・・・。後、よく、わからない」


ボンゴ族の大きな耳は、人間よりもはるかに遠くの物音を聞き取る事が出来ました。

もちろん、全ての話が聞き取れた訳ではありません。

けれど、どうやらレダがショナンに旅をやめて、この村に留まる様に誘っているのは確かな事みたいです。

それを聞いたメデューサは、蛇に覆われた顔をうつ向かせると、ガックリと肩を落としました。


「そう・・・。それが、いいかもね・・・」


草むらの陰にメデューサと一緒に隠れているボボンゴが、彼女のその言葉に驚き、目を丸くして、隣にいる蛇娘に尋ねます。


「それで、いいのか?メデューサ」


メデューサは、更に深く肩を落として、答えます。


「だって・・・しょうがない。あたしみたいな子と辛い旅をするより、この村で楽しく暮らした方が幸せに決まってる。この村の女の子たちなら、目の見えないシュナンにも親切だろうし。それにー」


少し間を置いた後、メデューサは、喉を振り絞る様な声で言いました。


「あたし・・・化け物だし」


メデューサの生きた蛇の髪で隠された魔眼から、ひとしずくの涙が、頬を伝わり流れ落ちます。


「・・・っ!!」


メデューサのその言葉を聞き、その姿を見たボボンゴは、一瞬険しい表情をした後、自分の隣で草むらの陰に力無く佇む、彼女の肩を、背後からガッチリと掴みました。

それから、メデューサの、蛇の髪で覆われた、淋しげな横顔を、傍らから見つめながら、強い口調で言いました。


「メデューサ、化け物、違うっ!!」


ボボンゴに強く掴まれた、メデューサの肩がビクンと震えます。


「メデューサの心、ちゃんと、人間。人間の、女の子の、優しい心、ちゃんと持ってる。化け物、なんかじゃ、ない。きれいな心。シュナンだって、きっと、分かってる」


メデューサは、傍らで寄り添うボボンゴのその言葉を聞くと、相変わらず彼の隣でうつ向きながらも、微かにうなずきました。

そして、背後から自分の肩に載せられているボボンゴの手の上に、前から回した己の手をそっと重ねました。


「ありがとう、ボボンゴ。あなたって、本当に優しいのね」



一方、少し離れた丘の上では、シュナン少年とレダの話し合いが続いていました。

シュナンは目隠しで覆われた顔を、真っ直ぐにレダの方に向けて、自分の素直な気持ちを彼女に語ります。


「ありがとう、レダ。君の申し出はすごく嬉しい。でも僕はやっぱりメデューサと一緒に旅を続けるよ。君の気持ちはとても嬉しかったけれどー。確かに人間は君の言う通り、愚かな生き物なのかもしれない。だけど僕は、それでも人間の可能性を信じてみたい。だって、僕だって人間なのだから。人間を信じる事ー。それは自分自身を信じる事だ」


赤髪の少女レダは、丘の上でシュナンと共に並び立ち、彼の語る言葉に、静かに耳を傾けています。

シュナン少年が、レダに向かって放つその声に、更に熱がこもります。


「人を信じる事が出来なければ、僕の心は、きっと、あのクラーケンみたいになってしまうだろう。他の全ての生き物を軽蔑し、憎悪していた、あの伝説の怪物の様な心にー。僕はそんなのは嫌だ。だからレダ、僕は旅を続けるよ。メデューサと一緒に。僕が探し求める「黄金の種子」が人類に、より良き未来と可能性をもたらすと信じてー。それにメデューサだって、僕の目的を理解し、協力してくれている。この旅は、彼女のルーツを探す旅でもあるのだからー」


レダはシュナンの話を聞いて、少しうつ向き加減に押し黙っていました。

しかし、やがて顔を上げると夜の空気の中、良く通る声で少年に告げました。


「わかったわ、シュナン。あなたの気持ちと覚悟がー。あなたは本当に気高い人だわ。でも、あなたは、やはり危ういー。わたしはあなたに、風荒ぶ氷壁の上を、目をつむりながら歩いている様な、危うさを感じるの。やっぱり、誰かの手助けが必要ね」


その時、ずっと沈黙していた、シュナンが持つ師匠の杖が声を発しました。


「それは、どう言う事かね?」


レダはその疑問には答えず、上空に向かって両手を伸ばし、大きく間延びして身体をほぐすと、隣にいるシュナン少年に対して言いました。


「そろそろ、村に帰りましょう。このままだと、4人とも風邪を引いちゃう」


そう言うとレダは、自分たちのいる丘の後方付近の、森の入り口近くの地面で繁っている、草の茂みの群生したあたりを、チラリと見やります。


「4人?」


レダの言葉に首をかしげる、シュナン。

どうやらレダは、背後の少し離れた場所に茂る草むらの中に、メデューサとボボンゴがこっそり潜んでいる事を、少し前から気づいていた様です。

一方、シュナンは、レダの言葉をちょっと不思議に思いながらも、彼女に向かってうなずいてから、言いました。


「そうだね、帰ろうか」


そうして、シュナンとレダが、今までいた丘を降りて、村へと続く道を歩み始めると、彼らの通り道の足元に繁っているこんもりとした草むらから、何やらゴソゴソと音が聞こえて来ます。

シュナンが、ちょっと驚いて声を発します。


「なんだろう?」


彼は目が見えないので、音には敏感なのです。

レダは、そんなシュナン少年の隣で寄り添って歩きながら、クスリと笑い、肩をすくめます。


「さぁ、藪の中に、蛇でもいるんじゃない?」


すると、また近くの草むらの轍の中から、ガサガサッと大きな音がします。


「ずいぶんと、大きな蛇だな」


シュナンの持つ師匠の杖が、ボソリとつぶやきます。

こうして、シュナンとレダの二人は、夜道を肩を並べてゆっくりと歩き、村へと帰って行きました。

そしてー。

シュナンたちが去ってしばらくして、彼らが少し前に立っていた、丘の付近に繁っている草むらの中から、メデューサとボボンゴの二人が、ゴロリと転がる様に飛び出て来ました。

二人は星見の丘の背後に茂る、背の高い草むらの中に身を潜め、丘の上で話し合っていたシュナンとメデューサの様子を、草むらの陰から、ずっと盗み見ていたのです。

長い間、草むらに潜んでいた為に、そこから飛び出て来た彼ら二人の頭や身体には、たくさんの木の枝や葉っぱがこびりついています。

草むらから飛び出て、その近くの土の地面に、脱力したみたいに横たわる巨人ボボンゴが、荒い息を吐いた後、少し疲れた口調で言いました。


「メデューサ、俺たちも、村、帰ろう」


同じく、その場で座り込んでいるメデューサが、コクリとうなずきます。


「うん・・・」


彼女が空を見上げると、満天の星空を、大きな流れ星が一つ、横切って行くのが見えました。


[続く]


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