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ペガサスの少女 その10

それは、黒っぽいフード付きのマントを着た、小柄な少女でした。

マントのフードを、目深く被っているため、その正体を確認する事は出来ません。

しかし、その時、海の方から強い風が吹いて、少女の被っていたマントのフードが、フワリとめくり上がりました。

隠されていた少女の頭部が、あらわになります。

なんと、その少女の髪は生きた蛇で出来ており、まるでそれ自体が意思を持つ様に、妖しくうごめいていました。

網に捕らわれたまま、砂浜で暴れるクラーケンは、パニックを起こしており、自分に近づく、その蛇の髪を持つ少女を、思わず見てしまいます。

クラーケンの淀んだ瞼のない丸い目が、少女の蛇の髪で隠された顔を見つめた、その瞬間、彼女の頭を覆う蛇の前髪が、鎌首をピンともたげます。

メデューサの素顔が、あらわになり、その赤き瞳が、妖しく光ります。

そしてー。

メデューサの魔眼の力によって、網に包まれたクラーケンの巨大な身体は、見る見るうちに石化し、石像へと変わって行きます。

これこそが、伝説の怪物「メデューサ」の持つ、恐るべき能力でした。


「ジーロ!!!メデューサッ!!!」


大パニックを起こし、古の言葉で思わず叫ぶ、海獣クラーケン。

訳が分からないうちに、投網で拘束された上に、その身体を、海中から浜辺に引きずり出された彼は、更に今また、突然、眼下に現れた、メデューサの魔眼の力によって、徐々に身体が石化する憂き目に遭い、それと共に、己の命脈が断たれた事を知ると、一種の恐慌状態へと陥っていました。

しかし、そんな彼は、完全に石化する直前に、眼下のメデューサに対して、強力なテレパシーによる、メッセージを発していました。


<< 何故、この連中の味方をする?おまえは、俺と同じ怪物ではないか?神によって戯れに造られた、呪われた存在だー >>


一方、メデューサは、クラーケンの、テレパシーによる呼びかけには一切反応せず、砂浜の上から彼を見上げ、魔眼で睨み続けています。

しかしー。

尚もクラーケンは、メデューサの頭に、テレパシーを送り続けます。


<< おまえが、こいつらの仲間になれるはずがない。だって、我々は怪物なのだから。せいぜいが都合よく利用されて、邪魔になれば、裏切られ、排除されるだけだ >>


もはや、クラーケンのその声は、断末魔の悲鳴の様でした。


<< だから、わしらが生き残るには、相手に恐れられるしかない。恐怖と力で、敵対する者たちを威嚇し、支配するのだ。情けなど、一切無用だ。そうしなければー >>


メデューサは、頭に侵入して来る、クラーケンのテレパシーによる声を振り払うかの様に、更に意識を集中させ、網に包まれたクラーケンの巨体を、睨みつけます。


<< おまえにも、いつか分かるー。きっと、分かる日が来るぞ・・・ >>


やがて、クラーケンからの、テレパシーによる声は、静かに途絶えました。

そして、浜辺には、網で包まれたクラーケンの、小山の如き身体が、完全に生命の失われた、巨大な石像となって屹立し、まるで、奇怪なモニュメントの様に、その姿をさらしていました。


「ボンゴ、ボボンガッ!!!ボンゴ、ボボンガッ!!!」


それを見た、浜辺にいるボンゴ族の男たちが、一斉に、歓喜の雄叫びを上げます。

彼らを鼓舞しながら、指揮していた、ボンゴ族の族長ボボンゴは、喜びのあまりか、砂浜に立っているメデューサの方に、足元の砂を蹴散らしながら、大股歩きで近づくと、その小さな身体をヒョイと抱え上げて、自分の片方の肩の上に、ポンと載せました。


「きゃっ!!」


ちなみに、巨人であるボボンゴの、たくましき肩の上には、片側だけでも、メデューサが腰掛けるのに充分なスペースがありましたが、いきなり宙に抱き上げられ、その肩口に置物の様に座らされたメデューサは、さすがにビックリして、思わず悲鳴を上げます。

そして、勝利の女神(?)であるメデューサを、片方の肩に担ぎ上げたボボンゴは、もう一方の反対側の肩先から伸びるたくましき剛腕を、高々と天に突き出すと、周囲に響く様な大きな声で勝利を宣言します。


「俺たち、勝ったっ!!!メデューサたちの、おかげっ!!」


族長であるボボンゴの叫びに応えて、浜辺にいるボンゴ族の男たちは、再び喜びの声を上げて、隣同士で肩を叩き合い、互いの健闘を讃えます。

今や浜辺は、彼らの放つ歓喜の渦に、すっぽりと飲み込まれていました。

一方、メデューサといえば、いきなりボボンゴによってその肩口に担ぎ上げられており、巨人の意外な行動に戸惑いつつも、彼の片方の肩の上に、ちょこんと座らされていました。

やがて、浜辺にいるメデューサが、ボボンゴの肩の上に座ったまま、蛇の髪の隙間から海の方に目をやると、海上の宙空に、ペガサスの群れに囲まれながら浮遊する、シュナン少年の姿が見えました。

海上に広がる青空のただ中に浮いている、シュナン少年の周りを飛ぶペガサスたちは、やはり作戦が成功したのが嬉しいのか、彼の側で空中を踊りながら旋回したり、興奮した様に蹄のついた前脚を宙に高く上げ、ヒンヒンといなないています。

そして、一族の長であるレダが変身したペガサスは、海の上の空中で浮いているシュナンの隣で羽ばたきながら、その傍らに寄り添っており、自らの長い首を伸ばし、先端の鼻先を少年の首すじに、ぴたっとくっつけています。

メデューサは砂浜の上で、ボボンゴの片肩に載せられながら、そんな風に少し離れた海上の空に浮かぶ、二人の仲良さげな様子を、蛇の前髪の隙間から、不機嫌そうに見上げました。

すると、空中に浮かぶシュナン少年は、砂浜の方にいるメデューサが、ボボンゴの片肩にちょこんと座りながら、遠目でこちらを見上げている事に気付き、杖を持っていない側の手を、彼女に向かって大きく振りました。

しかし、メデューサは、海上の空に浮かぶシュナン少年が、自分に向かって手を振っているのに、それを無視して、プイと横を向き、拗ねた様に鼻を鳴らします。


「ふん・・・何よ。デレデレして・・・」


レダの変身したペガサスは、信じられない程の美しさを誇っており、メデューサはそんな美しい生き物が、シュナン少年に寄り添っているのを見ると、何故か、自分の事が酷くみじめに思えるのでした。

彼女を片方の肩に担ぎ上げているボボンゴは、メデューサのそんな様子を見て言いました。


「メデューサ、嬉しく、無いか?俺たち、勝ったのに」


ボボンゴの肩上に乗るメデューサは、不機嫌そうに答えます。


「あたしには関係ないわ。今回は成り行きで手を貸しただけよ。それより、早く下に降ろしてー」


しかし、ボボンゴはそんな彼女を肩の上に据えたまま、周囲にいる仲間たちの方を指差して言いました。


「でも、みんな、喜んでる。メデューサの、おかげ。メデューサと、シュナンの、おかげ。これから、ボンゴ族と、ペガサス族、きっと、仲良くなれる」


メデューサがボボンゴの肩の上から、周りの様子を見回すと、ボンゴ族とペガサス族が、それぞれ陸と海で、怪物に対する勝利を祝って、喜ぶ姿が見て取れました。

ボンゴ族の男たちは、海岸の砂浜で大喜びで跳ねたり、踊ったり、腕を突き上げ、叫んだりしています。

一方、空を飛ぶペガサスの少女たちは、その白い大きな翼を羽ばたかせ、クルクルと輪になって空中を旋回したり、興奮したのか、蹄のついた前脚を宙に浮きながら高く上げ、ヒンヒンといなないています。

中には、ボンゴ族の男を背中に乗せて、空を飛び回っているペガサスまでいました。

共通の敵に対して共に戦った事が、種族間のわだかまりを、ある程度拭い去ったのでしょうか。

シュナン少年も、レダの変身したペガサスと共に、海岸近くの宙空に浮かび、そこから両種族の歓喜に包まれた、周囲一帯の様子を満足げに見下ろしています。

けれども、メデューサは、相変わらずボボンゴの片方の肩の上に乗りながら、周囲の熱狂をよそに、どこか寂しげな表情を、蛇の前髪で隠された顔に浮かべていました。

ボボンゴは、そんなメデューサが気になったのか、自分の片方の肩口に座っている彼女を、そちらに首を傾けながら見やり、心配そうな表情を顔に浮かべています。

メデューサが、蛇の髪を通して見る視線の先には、さっき自身が石化させた、クラーケンの奇怪な石像の姿がありました。

海獣クラーケンは、網を被せられた姿のまま浜辺の上で、小山ほどの大きさの、巨大な石像と化していました。

その足元には、海からの波が断続的に押し寄せ、白い飛沫となって砕け散っています。

浜辺に屹立する大海獣の石像の、その寂しげで異様な姿は、メデューサには、どこか自分に重なって見えました。

みんなに嫌われ、疎外と対立の果てに、とうとう破滅の時を迎えた、伝説の怪物の、その孤独な最期の姿がー。

件の石像の周りでは、それを取り囲む様に、砂浜の上でボンゴ族が楽しげに踊っています。

メデューサを肩に担いでいる巨人族の長ボボンゴは、蛇の前髪の隙間から覗く、彼女の淋しげな横顔を見て、何かを察します。

心優しき彼は、メデューサを載せた方の肩から伸びる太ましき腕を、くの字に折り曲げて、彼女が座る肩口にそっと添えており、少女の小さな身体が、そこからずり落ちないように、気を配っていました。

更に首を捻って、その視線を真横に向けると、自分の片方の肩にうなだれて座る、異形の少女の姿を、心配そうに見つめています。

そして彼は、メデューサがずり落ちないように、彼女が座った方の肩口に添えている、その折り曲げた太い腕を上向きに伸ばすと、生きた蛇で覆われた少女の頭を、そっと優しく撫でました。


「大丈夫、メデューサ、優しい子。大丈夫、ボボンゴ、よく分かった」


メデューサは、その言葉には返事をせず、ボボンゴの肩の上で佇みながら、ただ、うつ向いていました。

蛇の髪で顔を覆い、その隙間から、淋しげな表情を浮かべながらー。


[続く]

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