ペガサスの少女 その6
さて、UMAの少女たちの歌と踊りを鑑賞した後、メデューサ一行を歓迎する宴は、だんだんと盛り上り、今や、宴会場となっている、村の集会所の広間の中は、ペガサス族の娘たちの、明るい笑い声や、食事をしながらお喋りをするざわめきで、満ち溢れていました。
しかし、主賓であるメデューサは、無言でやけ食いをするように、ニンジン料理を食べており、隣に座るシュナンは、そんなメデューサの姿を、気遣う様に見ていました。
するとその時、シュナンが膝に乗せている、師匠の杖が声を発しました。
彼は、シュナンたちの隣で、宴会場の上座に座るペガサス族の若き長、レダに、話しかけます。
「そういえば、さっき、緑色の巨人族と争っていたようだが、何か訳があるのかね」
赤髪のポニーテールの少女レダは、ちょっと眉をひそめながら、答えます。
「あいつらー。ボンゴ族は、元々、山を越えた近くの海沿いに住んでいた、巨人族の末裔なの。山を隔てて住み分けをしていた頃は、わたし達とも、仲良くしてたんだけどね・・・」
レダは、赤いポニーテールを揺らしながら、深いため息を吐いて、話し続けます。
「でも、海獣クラーケンが、この辺りの海に現れてから、事情が変わったの」
「クラーケンだって!?」
師匠の杖を膝に乗せたシュナンが、驚きの声を、上げました。
クラーケンは、海神ポセイドンの眷属の一体で、色々な海の生物を寄せ集めた様な、奇怪な外見を持つ、巨大な海獣でした。
この時代、クラーケンは、世界中の海に出没し、海辺の村や町を、荒らし回っていました。
その伝説の怪物が、この近くの海に、現れたというのです。
クラーケンの恐ろしさを、かねてより耳にしていたシュナンは、思わず、膝上の師匠の杖を、ギュッと握りしめます。
隣でやけ食いをしていたメデューサも、気になったのか、レダの話に耳を傾けます。
レダは、二人の顔を順番に見つめると、更に深刻な顔で言いました。
「クラーケンが、彼らが住みかとしていた村の、近くの海に現れてから、漁業とかで生計を立てていたボンゴ族の暮らしは、成り立たなくなってしまったの。彼らは主に、その海から取れる海産物に依存して、生活していたから。クラーケンを恐れて、魚はいなくなり、海の中に入る事さえ、命懸けになってしまった。それでー」
レダの言葉を引き取る様に、シュナンが膝上で握る師匠の杖が、言いました。
「それで、ボンゴ族の連中が、君たちの住む村の近くの海岸に、現れる様になったんだね。生きる為の糧を、得る為に」
レダは、頷きました。
「気の毒だと、思わなくもないけれど、わたし達だって、海から取れる真珠や珊瑚を取り引きして、生計を立てているの。彼らに、大切な海を荒らされるのは、困るわ」
その時、輪になって宴会を楽しんでいる、ウマ娘の一人が、レダ達の会話を聞き付け、大声で言いました。
「そうです!!あの連中のせいで、大切な海が汚されるのは、我慢なりません!魚もいっぱい捕まえて、食べちゃうし。お魚さんは友達なのにっ!」
他の宴会に参加している少女たちからも、口々に怒りの言葉が、発せられます。
「そーよ、そーよ!!」
「大体、あいつら、身体の色が緑で、気持ち悪いのよっ!!」
「腰巻一つで、ほとんど裸だしっ!!下品だわっ!!」
「死んじゃえっ!!」
和気あいあいだった宴会場には、たちまちボンゴ族に対する、非難と憎悪の声が飛び交い、殺伐とした雰囲気に包まれてしまいます。
だけど、族長であるレダは、そんな仲間たちの怒りの声に耳を傾けながらも、腕を組み、押し黙っていました。
そして、部外者であるメデューサとシュナンは、宴会場が喧騒とした状態になった事に戸惑って、チラチラと、怒りに震える少女たちの様子を見ていました。
やがて、シュナンが膝に置いた師匠の杖が、言いました。
「やっかいな、状況だな。一種の生存競争というわけだ。どうする?シュナン」
シュナンは、膝に置いた師匠の杖の発する、その問いに、目隠しで覆われた顔を、うつ向かせながら応えます。
「一宿一飯の恩も、あります。やはり、このままにはしておけないでしょう」
そして、側に座っているレダに向かって、声をかけました。
「僕たちが力になるよ。ボンゴ族が、君たちの海を、荒らさない様にすればいいんだろう」
そのシュナンの、意外な提案を聞いたレダは、驚きと戸惑いを隠せない声で言いました。
「そう言ってもらえるのは、嬉しいわ・・・でも一体どうすれば・・・色々考えたけど、一つの場所で二つの種族が共存するのは、なかなか難しいのよ」
レダの族長としての悩みは、深い様でした。
シュナンは、レダの言葉に頷きながらも、説得する様な口調で言います。
「僕に考えがある。君も協力してくれ、メデューサ。君とは縁のある、種族の為だしね」
シュナンの隣で焼きニンジンを齧りながら、彼とレダのやり取りを、黙って聞いていたメデューサは、フンッと鼻を鳴らして、そっぼを向きます。
「あんた、本当にお人好しね。「黄金の種」を探すんじゃないの?ろくでなしの、人間どものために」
シュナンは、目隠しで覆われた顔を少し俯かせて、メデューサに答えます。
「確かに、そうだけど。自分に親切にしてくれた人達が、困っているのは、やはり放っては置けない。このままでは、だんだんと争いは激しくなって、その内、怪我人や死者さえ出るかもしれない。そんな事になったら、君だって、きっと後悔するよ。メデューサ」
メデューサは、しばらく押し黙り、考え込んでいました。
しかしやがて、深い溜息をついて、言いました。
「わかったわ、シュナン。わたしは、あなたの旅に付き合うと決めたのだから、あなたに従うわ。好きにすれば良い」
その言葉を聞くとシュナンは、ニコリと微笑み、メデューサにお礼を言いました。
「ありがとう、メドューサ。やっぱり君は、優しい女の子だね」
「ふんっ」
メデューサは蛇の前髪の下から、覗く顔を少し赤くして、顔を背けます。
そして、ペガサス族の族長レダは、シュナン達の言葉を聞いて、嬉しそうに胸元で両手を組んで、感謝の言葉を発します。
「ありがとうございます!!シュナン、メデューサ様!!」
そして、感極まったレダは、隣に座るシュナンの、杖を持っていない方の手を、両手でギュッと握りしめて、更にお礼を言いました。
「ありがとう、本当にありがとう!!」
余程、困っていたのでしょう。
レダは涙を流さんばかりに喜び、シュナンの手を握りながら、その目隠しで覆われた横顔を、潤んだ瞳で見つめます。
「ちょっ・・・あんた」
その姿を見て、血相を変える、メデューサ。
蛇の髪の隙間から覗く、彼女の顔が、思わず怒りで引きつります。
しかし、彼女の抗議する声は、周囲のペガサス族の少女たちの発する歓声に、かき消されます。
「ありがとうございます!!シュナン様っ!!」
「都一の魔法使いの、シュナン君がいれば、百人力です!!」
「ボンゴ族なんか、やっつけちゃえっ!!」
どうやら、ペガサス族の少女たちは、魔法使いのシュナンが、自分たちの力になると言ってくれた事に、すっかり、感激している様でした。
そして、族長のレダは、シュナンの手を握りしめたまま、彼に密着し、うっとりと、その横顔を見つめています。
しかし、喜びに沸き立つ、宴会場の雰囲気とは裏腹に、メデューサは、怒った様に肩をいからせ、蛇の前髪の隙間から、シュナンにくっつくレダを、睨みつけていました。
一方、レダに密着されているシュナンは、真っ赤になって、その目隠しをした顔を伏せています。
やがて、彼の膝に置かれた師匠の杖が、呆れたように、言葉を発しました。
「やれやれ、どうなる事やら」
[続く]