ペガサスの少女 その4
村を囲む柵の入り口付近にいた、大勢の少女たちは、シュナンとメデューサが柵の中に入ると、あっという間に彼らを取り囲み、口々に歓迎の言葉を発しました。
「ようこそ!ペガサス村へ!!」
「お客さんなんて、久しぶりっ!」
「男だ!男だ!」
彼女たちは、女の子ばかりで住んでいるせいか、男の子であるシュナンが、とても珍しいみたいでした。
一方で、隣にいるメデューサに対しては、その生きた蛇で出来た髪を、あらわにしているにも関わらず、チラリと見るだけで、全く興味は無いようです。
娘たちは、シュナンの身体や髪、そして目隠しした顔をペタペタと触り、しまいには複数の女の子で、彼を背中から胴上げして持ち上げると、何処かに連れ去ろうとします。
「わっしょい!わっしょい!」
「わたしたちと、いい事しましょ!」
「子作り!子作り!」
女の子たちに仰向けにされ、空中に持ち上げられたシュナンは、杖を落とさない様にもがきながら、悲鳴を上げました。
「ちょっ!お、降ろしてくれ!!」
さすがに、隣に立つメデューサも怒り、ペガサス族の少女たちを怒鳴りつけます。
「シュナンを、降ろしなさいっ!!」
しかし少女たちは、メデューサの怒りにも一切動じず、シュナンの仰向けにされた身体を、複数の手で頭上に軽々と持ち上げながら、からかう様な口調で言い放ちます。
「独り占めは、ずるい」
「まぁ、飽きたら、返してあげるからね」
「貴女も、参加すれば?」
少女たちのあまりの態度に、メデューサが怒りに任せて、少女たちに掴みかかろうとした、その瞬間でした。
「その人を、降ろしなさい」
よく通る声が、周囲に響きました。
その声を発したのは、シュナンたちをこの村に連れて来た、赤髪の少女レダでした。
シュナンとメデューサを、この村に導いた彼女は、ペガサスから少女の姿に戻り、身なりを整えてから、あらためてシュナンたちを出迎える為に、この場所にやって来たのです。
レダのひと睨みで少女たちは、気まずそうな顔をして、シュナンを地面に降ろしました。
ぐったりと地面にうずくまる、シュナンに駆け寄る、メデューサ。
「大丈夫?シュナン」
メデューサの言葉にシュナンは、ぐったりしながらも、うなずいて言いました。
「う、うん・・・。怖かった」
そんなシュナンの様子を見て、メデューサは、蛇の髪の下から覗く口元をへの字に結ぶと、不機嫌そうに押し黙りました。
「・・・・・・」
やがて、所在無げに地面に座り込むシュナンと、その側で寄り添う、蛇の前髪で顔の上半分を隠したメデューサの元に、ペガサスの少女レダが近づいて来ます。
レダはシュナンの正面まで来ると、体を屈めて心配そうに、シュナンの顔を覗き込みます。
「ごめんね。この娘たち、男の子が珍しいもんだから」
シュナンの横に座り、彼に付き添うメデューサは、蛇の前髪の下からレダに対し、険悪な視線を向けます。
「シュナンは、立派な目的の為に、旅をしているの。あんたらみたいな痴女に、かまってる暇なんで、無いんだから」
レダが、首をかしげます。
「目的って?」
メデューサは、答えます。
「シュナンは、人間を餓えの苦しみから救う「黄金の種子」を求めて、旅をしているの。長い旅をね。わたしも、シュナンの旅の行く末を確かめたくて、一緒にいる。だから、余計な邪魔をしないで」
レダは腰に手を当てると、呆れたような声で、言いました。
「随分と、ムダな事をしてるのね。人間は、いずれ滅ぶわ。神々の怒りで、どうあがいてもね。そんな意味の無い苦労を、背負い込むのは、やめた方がいい」
シュナンはレダの言葉を聞いて、その目隠しで覆われた顔を、少し俯かせます。
メデューサは、そんな彼の横で付き添い、蛇の前髪で隠れた顔を、シュナンの方へ向けて、心配そうにしていました。
やがて、沈黙を破るかの様に、シュナンの持つ師匠の杖が、声を発しました。
「こんな所で、言い争いをしても、仕方あるまい。どこか落ち着ける場所で、休ませてくれんか。長旅で疲れてるのでね」
周囲で彼らの様子を見ていた、ペガサス族の少女たちが、一斉に驚いた声を出しました。
「杖が喋った!!!」
その後、シュナン一行はレダに案内され、村の中央にある、大きな建物に着きました。
そこはどうやら、来客があった時や、集会をする場合に使われているらしく、内部は広々としており、板張りの床で天井も高く、ゆったりとくつろぐのに適した建物でした。
シュナンとメデューサは、屋根のある建物で休むのは久しぶりだったので、二人とも足を延ばして広間に寝転がり、旅の疲れを癒しました。
そして夕方になると、レダを初めとして、大勢のペガサス族の女の子たちが、その建物を訪ねて来ました。
レダの言うには、シュナンたちの歓迎会を、開きたいとの事でした。
シュナンたちが承知すると、村の少女たちは、どこからか調達して来た、沢山の食べ物の載った皿や飲み物を、その家に運び入れました。
少女たちは、シュナンとメデューサを上座に座らせて、レダがそのすぐ横に座り、他の少女たちも、数多くの料理を囲んで車座になり、床の上にズラリと並んで、座っています。
それぞれの前には、料理の乗った皿と飲み物が置かれ、そのほかにも、彼女たちが、車座で輪になって座るスペースの真ん中には、大小様々な大きさの食べ物が乗った皿が並べられ、食欲をそそる匂いが、部屋中に立ち込めていました。
やがて、族長のレダの乾杯の合図と共に、宴会が始まり、少女たちは、和気あいあいとした雰囲気の中、隣同士でお喋りをしながら、食事を楽しみます。
上座に座る、主賓のシュナンとメデューサに対し、傍らに座るレダが、料理を勧めます。
「さぁ、遠慮しないで、ふたりとも。お代わりも、いっぱいあるからね」
シュナンは、レダにお礼を言って、料理を食べ始めました。
杖を身体から離すと、目が見えなくなる為、師匠の杖を横にして、正座をする両膝に乗せながら、食事をしています。
メデューサも、居並ぶ少女たちのシュナンを見る目が、何となく気に入らなかったのですが、空腹には勝てず、目の前に置かれた料理の皿に手をつけて、黙々と食べていました。
シュナンたちが驚いたのは、その多種多様な料理の全てが、野菜と果実を材料にして、作られている事でした。
特にニンジンは、さまざまな料理の素材として使われており、ニンジンの煮物、ニンジンを刻んで作ったサラダを初めとして、ニンジンのスープ、ニンジンのステーキ、ニンジンの姿造りなど、そのレパートリーは多岐に渡っています。
師匠の杖を膝に載せながら、食事をするシュナンが、言いました。
「どうやら、菜食主義のようですね」
膝に乗せられた杖が、答えます。
「うむ、元々が、草食動物の馬の遺伝子が組み入れられている、ヒューマノイド(人間型)生物だからな。あの巨人たちは、どう見ても肉食系だし、その辺も、気が合わない理由だろう」
その時、シュナンの隣に座り、ニンジンステックをかじっていたメデューサが、ふと、疑問の声を上げます。
「でも、何で、女の子しかいないの?」
[続く]