ペガサスの少女 その1
さて、こうして始まった、メデューサとシュナンの旅ですが、魔の山を降りて、人里近くに出ると、早速、困った事態に陥ります。
シュナンが手に持つ、師匠の杖が、言いました。
「人間の村に、メデューサを連れて行くのは、危険だ。生きた蛇で出来た髪をみれば、みんな驚くだろうし、間違って目を合わせれば、その相手は石と化してしまうだろう」
メデューサは、その杖の言葉を聞くと、しょんぼりしてしまいます。
「ごめんね、シュナン。あたしのせいで・・・」
シュナンは頭を横に振り、メデューサに対して、静かに言いました。
「いや、君が、悪いんじゃない。人の心の中の、恐れや憎しみが、君という存在に投射されて、メデューサという、幻想の怪物を創り上げている。かつて、役立たずだった僕が、生まれ故郷で、村人たちの憎悪と迫害の、対象だったみたいにね」
何やら小難しいことを言って、落ち込んだメデューサを慰めようとする、シュナン少年。
そしてシュナンは、今度は、手に持った師匠の杖に向かって、ある提案をしました。
「それじゃ、師匠。なるべく、人間の住む村や街を避けて、移動しましょう。メデューサ族の宮殿があるという、東の都まで。山脈沿いを迂回する、ルートはどうですか」
師匠の杖は、少し不満げな声で答えます。
「ウム、少し遠回りになるが、やむを得まいな。しかし、それでも、いくつかの村と街は、通過する必要があるぞ。特に、東の都への入り口にあたる、モーロックの都は、とても危険な場所だ」
シュナンは、頷きます。
「そこは何とか、やり過ごしましょう。目深いフードのついたマントを、どこかで手に入れて、それをメデューサに着てもらいます。それで何とか、人目は誤魔化せる筈です。とにかく、誰かに気づかれないうちに、素早く人間の住む場所を、通過しましょう」
師匠の杖の先端の、三本の突起のある円板に刻まれた、大きな眼がキラリと光ります。
「わかった。だが、モーロックの都を支配する、牛魔王ムスカルには、特に気をつけなければな」
シュナンは、師匠の杖に再び頷き、今度は改まってメデューサの方へ向き直り、彼女に言いました。
「聞いての通りだ、メデューサ。「黄金の種子」の手がかりがあるだろう、東の都へは、山沿いを遠回りに行く事になった。険しい山道を、歩かねばならないが・・・大丈夫かい」
メデューサは、コクリと頷くと、力強く答えます。
「大丈夫よ、シュナン。こう見えても山育ちだから、足腰には自信があるわ。ドーンと行きましょう」
「ドーンって・・・お主・・・」
呆れた様に声を発する、師匠の杖。
そんな師匠の杖を睨みつける、メデューサ。
魔眼が効かないと分かっているので、遠慮がありません。
「何よっ!文句あるの!?レプカール師匠!」
どうやらこの二人?の相性は、とことん悪いみたいです。
シュナンは、メデューサと彼の持つ師匠の杖が、言い合いをする姿を、杖を通して側で見ながら、空いている方の手で、頭をかきます。
そして、彼らを諭す様な口調で、言いました。
「それじゃ、早く、出発しましょう。この場所にいては、人目につきます。それから、ケンカはやめて下さいね」
「わかったわ、シュナン」
「ウム・・・すまんな」
メデューサと師匠の杖が、それぞれシュナンに謝り、いよいよ、この奇妙な三人組?による、長い道中が始まったのでした。
彼らは、人間が大勢住んでいる地域を避け、人気の無い山沿いの、険しい道を、何日も歩きました。
もちろん、夜は野宿だったので、メデューサは、肩にかけた荷物入れに入っている寝袋で、シュナンは、身に付けたハーフマントにくるまって、それぞれ寝ました。
二人が携帯していた食料は、4~5日で底をついた為、その後は山菜や木の実、川で捕れる魚を食べて過ごしました。
メデューサは、こんなに遠くまで故郷を離れるのは初めてで、心細く感じていましたが、同時に見るもの聞くもの新鮮で、ワクワクする様な気持ちもありました。
そして夜になると、シュナンが魔法でつけた、焚き火の炎を一緒に囲んで、二人は色々な話をしました。
そんな時、メデューサの心の中は、何故か、今まで感じた事のない、暖かい気持ちで満たされるのでした。
もっとも、シュナンの持つ師匠の杖が、たまにメデューサをからかう様に、二人の会話に口を挟んでくる為、せっかくのロマンチックな気分が、だいなしになる事もよくありました。
そのたびにメデューサは、師匠の杖と口げんかになり、生きた蛇で出来た髪の毛を逆立てます。
そんな二人?を見て、シュナン少年は、困った様子で肩をすくめます。
その後で彼は、深いため息をつき、これからの長い旅路に、思いを馳せるのでした。
そんな風に、仲良く?一緒に旅を続けるメデューサ達でしたが、やがて彼らは、山沿いを迂回する道を抜けて、地中海に面する、開けた海岸地帯に到着しました。
シュナンと肩を並べ、浜辺に打ち寄せる波と、青い水平線を見つめるメデューサは、思わず感嘆の言葉を発します。
「なんて広い・・・これが海・・・本当にすごい」
感動するメデューサに、シュナンの持つ師匠の杖が、言いました。
「君の祖先は、はるか昔に、この海の向こうからやって来たんだ。そして、この半島一帯に、巨大な海洋帝国を作り上げた。その繁栄は、三百年以上の長きにわたり、首都の都パロ・メデューサには、世界中から、あらゆる宝物が集められたという」
「でも、滅びた」
海を見ながら、メデューサが、ポツリと呟きます。
シュナンの持つ師匠の杖は、先端の円板に刻まれた、大きな眼をキラリと光らせ、彼女に話し続けます。
彼女の一族の、数奇な運命をー。
「そういうことだ。その王朝の絶頂期に、君の一族は、傲慢にも神の領域を侵した。その進歩した魔法科学の力で、自分たちに都合が良い生き物を、勝手に創造したり、季節や天候も自在に操った。やがて、自然界のバランスは崩れ、度々、天変地異が起こるようになった。それでも君の一族は、その態度を改める事は無く、環境操作と自然破壊をやめなかった。そして、とうとう、神々が罰を下した」
「それが、この姿という訳ね」
生きた蛇で出来た、髪を揺らして、メデューサが言いました。
すると今度は、隣に立つシュナンが、目隠しをした顔をうつむかせ、彼女に対し、静かな口調で話しかけます。
「きっかけは、女神アルテミスの守護する森の民と、メデューサの一族が、争った事だとされているが、とにかく、メデューサの王国は、神々の息のかかった人間の軍隊に打ち滅ぼされ、その民は、各地にちりぢりとなった。そして、その際に、メデューサ族の王家の血を引く人間は、神の呪いで、恐ろしい魔物の姿に変身させられたんた。生きた蛇でできた髪と、目を合わせた者を、石に変える魔眼を持つ、伝説の怪物にー。やがて彼らは、神や人間達の迫害を逃れるために、辺境の地である、魔の山へと移り住んだ」
メデューサは、打ち寄せる波を見つめながら、呟きます。
「その最後の子孫が、わたしというわけね。そういえば、母さまが言ってた。わたし達は神の呪いによって、永遠に苦しむ定めを、与えられたのだとー」
「・・・」
海を見るメデューサの横顔を、無言で見つめる、シュナン。
手に持つ師匠の杖を通じて見る、彼女の表情からは、自らの一族の運命に対する深い悲しみと、慚愧の念が感じられました。
しばらく、きらめく海を、ジッと見ていたメデューサでしたが、やがて、大きくため息をつくと、隣に立っている、シュナンの方を向いて言いました。
「行きましょう、シュナン。先は長いわ」
そうして、シュナンとメデューサは、再び肩を並べて、海辺付近の道を、一歩ずつ歩き始めました。
二人の耳に、寄せては返す波の音が、静かに響いていました。
[続く]