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英霊の天秤  作者: 徹夜で昼寝
1章ビラと清瀑刀
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2話②

訓練室の空気は、さらにひやりと冷えたように思えた。


無数の蛍光灯が鋭く光を落とし、その下で整然と並ぶ銀色のブレスレットが淡い青光を帯びている。まるで生き物が潜んでいるように、その金属の曲面は微かに脈動していた。


塔矢統括は一歩進み出て、訓練室を見渡した。


視線が晴人の上をかすめる。その瞬間、晴人は自分でも気づかぬうちに背筋を正していた。


「先ほど説明したとおり、我々Balancioが戦う手段は“霊装”だ。これが術師班の戦力の核心だ」


塔矢は訓練室中央に据えられた霊装台の上から、一つのブレスレットを手に取った。銀色の円環が光を反射し、細かな装飾が螺旋を描いていた。近くで見ると、その溝の一つ一つが結界陣のようにも見える。


和装の女子がそっと声を漏らす。


「きれい……」


塔矢は無言でそのブレスレットを手首にはめた。


パチリ、と乾いた音が訓練室に響き、ブレスレットは自動的に閉じて塔矢の肌にぴたりと張り付く。


金属の冷たさが、霊装という未知の武器に対する緊張をいや増す。


塔矢は全員に向けて、低い声で続けた。


「このブレスレットが霊装の素体だ。だが覚えておけ。これはただの金属の輪ではない。ここには、術者一人ひとりの戦い方を支える無限の可能性が詰まっている」


短髪の少女が小さく息を呑んだ。


その反応をよそに、塔矢は腕を前に突き出し、ブレスレットに指を添えた。


「霊装を発現させるには、ただひとつ――霊力を流し込む。それだけだ」


彼は目を閉じた。訓練室の空気が一瞬だけ沈黙し、まるで空間が塔矢の呼吸に合わせて動きを止めたようだった。


次の瞬間――


ブレスレットが青白く光り、金属の表面が液体のように溶け出した。


流動する銀の光が塔矢の手首を伝い、空中へせり上がる。やがてそれは剣の形を取り、鋭い切先を生んだ。


刀身の表面には、淡い蒼光が脈動する結界紋様が浮かんでいる。


光が微かに揺れ、訓練室の壁へ、いくつもの影を揺らめかせた。


全員が言葉を失った。


和装の女子がかすかに呟く。


「……本当に、変わった……」


塔矢はゆっくり目を開け、手にした剣を肩の高さで水平に構えた。


「霊装の発現は単純だ。霊力を流し込むだけ。それが術師に課せられる最初の試練だ。だが、その“簡単さ”が落とし穴だ。霊力は誰の体にも流れているが、それを外部の物体へ流すのは並大抵のことではない。そこに術師としての資質が現れる」


晴人は思わず問いかけた。


「どうして難しいんですか? 自分の体に流れてるものなら、流すだけじゃ……」


塔矢は微笑を浮かべた。


「人間は本来、自分の霊力を外へ漏らさないように出来ている。漏れ出せば生命を縮める。霊装とは、その“生命の源”を無理やり外へ吐き出す行為でもある。だから、霊力を流し込む際には強い負荷と集中が必要だ」


短髪の少女が眉をひそめた。


「ってことは、流す量が多すぎても、少なすぎてもダメってことですよね……?」


「その通りだ」


塔矢は鋭い目で全員を見回した。


「霊装の運用で一番大事なのは、感情の激しさではない。安定して霊力を流し続けられるかだ。感情で一瞬強い力を出せても、それを維持できない者に術師は務まらん」


塔矢は剣を回し、ひとつ息を吐く。


銀の刃が、訓練室の空気を鋭く切り裂いた。


「ただし、霊装には“属性”を纏わせることもできる。属性とは術師の霊力が帯びる性質のことだ。火、氷、雷、風……多種多様だ。属性は術師の魂の色とも言える」


塔矢は再び剣を構え、軽く鍔に触れた。


すると刀身が赤々と燃え上がり、熱気が訓練室を満たす。

赤い炎が剣の輪郭を包み、揺らめきながら光を散らした。


和装の女子隊員が息を呑む。


「わ……本当に火が……!」


塔矢は剣を軽く振り払うと、炎を霧のように散らした。

そして、霊装に霊力を流すのを止めると、剣は再び金属の輪へと収束していった。


短髪の少女が小さく呟く。


「すごい……。まるで生き物みたい……」


塔矢はその呟きに軽く頷き、ブレスレットを見せながら言った。


「この霊装を扱える者が、術師だ。だが、この世界に生きる人間すべてが術師になれるわけではない。霊力を外部の物体に流す才能こそ、術師と観測班の境界だ」


その言葉に、訓練室の空気がさらに重くなった。


晴人は無意識に、自分の手首のブレスレットをそっと握りしめた。

金属の冷たさが、不安を増幅させるようだった。


塔矢は目を細め、声を低く落とした。


「諸君には次のオリエンテーションで“霊装の発現”を実際にやってもらう。発現に成功すれば、術師班候補として訓練を受けることになる。失敗すれば観測班だ。すべては、自分自身の資質次第だ」


和装の女子が問う。


「観測班も……大事な仕事なんですよね?」


「もちろんだ」


塔矢はきっぱりと言った。


「だが術師と観測班とでは、世界の命運を左右する重さがまるで違う。術師は、過剰魂量の災害を直接鎮める者だ。だからBalancioは術師班を最重要戦力として扱う」


真壁が唇を噛んだ。


「世界を守るため……か」


その時だった。

塔矢が琴音に向かって合図を送る。


すると琴音は腰の袋から、一枚の札を取り出した。


「さて。次は式神だ。これも我々術師の基礎技術のひとつだ」


琴音は札をひらりと宙へ放った。


札はふわりと宙に漂い、淡い光を放ちながら、次第に一つの形を取っていく。


それは小柄な狐の姿だった。


ふさふさとした白い毛並み、くりくりとした金色の瞳。尻尾の先がほのかに赤く光っている。


「……可愛い……!」


和装の女子が思わず声を上げた。

短髪の少女がくすりと笑う。


「さっきの炎の剣とギャップがすごいんだけど……」


塔矢は笑いを含ませながら、狐を指さした。


「式神は霊装と同じく霊力を外部に流す技術だが、霊装ほど高い難易度はない。要は霊力をお札に流し、そこに込められた術式を発現させるだけの話だ」


塔矢は狐を一瞥すると、刀を再び展開した。

霊装が再び剣となり、その刀身が炎を纏い始める。


「しかし侮るな。式神も戦闘で大いに役立つ」


琴音は指を鳴らす。

狐の式神が素早く低い姿勢を取り、塔矢に飛びかかってきた。


その爪が塔矢を切り裂かんと迫る――


だが塔矢は刀を横薙ぎに振るい、炎が狐の体を包み込んだ。


狐は一声鳴き、姿を霧のように散らした。


次の瞬間、塔矢が切った場所に一枚の札がひらりと落ちた。


訓練室に小さなどよめきが走った。


和装の女子が目を瞬かせる。


「可愛かったのに……」


塔矢は刀をブレスレットに戻し、静かに言った。


「これが霊装と霊力の使い方だ。安定して霊力を流せる者だけが、術師として災害と戦うことができる」


訓練室を包む空気は、緊張と畏怖に満ちていた。


塔矢は全員を見回し、ゆっくりと告げた。


「次が、諸君にとって最初の試練だ。次のオリエンテーションで、諸君自身の霊装を発現させてもらう。それが、術師か観測班かを決める運命の分かれ道だ」


晴人はごくりと唾を飲んだ。

手首のブレスレットは、冷たいのに脈動しているような気がした。


塔矢の声が、訓練室に重く響いた。


「世界の均衡を守るためには、諸君の力が必要だ。」


訓練室のライトがさらに蒼く光を強め、霊装台がせり上がってくる。


金属の機械音が未来の行く末を告げるように響いていた。

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