4話③
飛騨古川駅に到着したのは、昼を少し回った頃だった。
新幹線を降りたとたん、空気ががらりと変わった。
都会の雑踏に満ちた人工的な空気とは違い、飛騨古川には冷たく澄んだ空気が満ちていた。
鼻腔をくすぐるのは木材の香りや、遠くから漂う土と草の匂い。
駅舎の木の梁には長い年月が刻まれており、その古びた茶色が、どこか人の心を落ち着かせる温かみを持っていた。
塔矢は、足を止めることなく歩き続ける。
琴音も、無言のまま後を追う。
晴人は、少し遅れそうになりながらも、必死に二人の背中を追いかけた。
駅を出ると、そこには息を呑むほど美しい景色が広がっていた。
古い町並みが春の空の下に静かに息づいていた。
木造の町家が、規則正しく軒を連ねている。白壁と黒格子が交互に連なる景観は、まるで時を止めたようだった。
その町家の隙間から、ふいに春風が吹き抜ける。風は、まだ冷たさを孕んでおり、晴人の頬を鋭く撫でた。
遠くに目をやれば、北アルプスの稜線が、まだ雪をかぶって光の向こうに霞んでいる。
その荘厳な白の山並みは、どこか現実離れした存在感を放っていた。
琴音が、わずかに顔を上げた。
その瞳に映る景色は、柔らかい春の光を反射しながらも、その奥にどこか哀しみを湛えていた。
「風が冷たいね」
声は小さく、しかし胸の奥にまで響くほど澄んでいた。
「はい……」
晴人の返事は、どこか上ずっていた。
声を発するたびに、自分の存在がこの風景に不釣り合いに思えて仕方なかった。
塔矢が短く告げる。
その声音には、決意と冷徹さが微塵も揺らがずに宿っていた。
「行くぞ。尾行を開始する」
その言葉が、飛騨古川の澄み切った春の空気を鋭く断ち切るように響いた。
ーーーーー
飛騨古川の街は、春の空気に優しく包まれていた。
太陽は少し西へ傾き始めていたが、その光はまだ柔らかく、町全体を金色の膜で包むように降り注いでいた。
石畳の街道を吹き抜ける風は、山々の冷たさを含んでいて、陽射しのぬくもりと混ざり合い、肌に心地よい寒暖の差をもたらしていた。
晴人はそんな春の景色の中で、自分の呼吸がやけに速くなっていることに気づいた。
しかし、その柔らかな光景を眺めながらも、晴人の心は重苦しかった。
胸の奥にのしかかるものは、研修で聞かされた“同化”という言葉の不気味さ、そしてこれから自分が直面しようとしている現実への恐怖だった。
塔矢と琴音は、駅前からすぐに商店街の方向へ歩みを進めた。
その歩き方には、まるで一切の感情を排したかのような速さと正確さがあった。
二人の背中は一直線に伸び、決して周囲の賑わいに気を取られることはない。
晴人は、その二人の背を見失わないように必死で歩幅を合わせながらも、視界の端に映る町の穏やかな景色をどこか遠いもののように感じていた。
すれ違う観光客が写真を撮ったり、土産物を見比べたりして笑い声をあげていたが、その笑い声すら、晴人には別の世界から聞こえてくるように思えた。
塔矢が小声で言う。
その声は空気を震わせるほど低く、しかし明瞭に晴人の耳に届いた。
「今朝、高木勇人が家族と共に街に出た。誕生日の買い物らしい」
その言葉に、晴人は思わず顔を上げた。
まるで胸の奥に冷たいものを注ぎ込まれたような衝撃が走った。
「誕生日……?」
晴人の口から漏れたその言葉は、自分でも驚くほどか細く、頼りなかった。
琴音が、バッグからタブレットを取り出し操作する。
その動きは素早く正確だったが、指先にわずかな緊張が見え隠れしていた。
「あの子の……」
晴人は、息を詰めた。
喉が渇いて、息を飲み込むたびに舌が上顎に張り付く感触がした。
目の前で繰り広げられている全ての光景が、夢の中のように非現実に感じられて仕方がなかった。
⸻
商店街の屋根の下で、高木家は苺を手にしていた。
軒先には赤や白の提灯が揺れ、風にそよぐたびに小さく軋む音を立てていた。
そこだけ、春祭りのような空気が漂っている。
「ほら、さくら。こっち見て」
勇人がスマホを向ける。
彼の目元はやわらかく緩み、その表情は街の賑わいに溶け込むように自然で幸福に満ちていた。
さくらは、赤い苺を抱え込むようにして笑った。
その顔は、まるで宝物を手に入れた子供そのものだった。
頬を赤く染め、大きな瞳をぱちぱちと輝かせながら、小さな体いっぱいに喜びを表現している。
その隣で、美咲が目を細めて笑う。
口元には柔らかい笑みが浮かび、わずかに首を傾ける仕草が、彼女の優しさと落ち着きを感じさせた。
「苺ばっかりじゃ、晩ご飯入らなくなるよ」
「大丈夫だよー!」
さくらの声は弾んでいて、町中のどんな風鈴の音より澄んでいた。
嬉しそうに苺を抱えながら、さくらは駆け出した。
その動きは小鹿のように軽やかで、足元でスカートの裾がふわりと広がった。
晴人は、その光景を遠くから見つめていた。
胸の奥が苦しくなるほど締めつけられる感覚に襲われた。
目の前にいるのは、ただの家族だ。どこにでもいる普通の家族だ。
それがどうして、自分たちの任務の対象にならなければならないのか──
「……普通の、家族じゃないですか……」
声はほとんど息のように漏れた。
塔矢は、わずかに首を横に振った。
その表情には、冷たさと、言葉にしきれない痛みが混じっていた。
「そうだ。彼らは何も知らない普通の家族だ。ずっと幸せに暮らしていただけの家族だ」
その言葉が、まるで重い鎖のように晴人の胸にのしかかった。
晴人の指先が震えた。
自分の身体が、少しずつ冷えていくような感覚があった。
琴音が、タブレットをさらに操作する。
タブレットの画面には波形のグラフがいくつも並び、そのうちの一つが急激に高く振れ上がっていた。
その赤い線は、まるで警告を発しているかのように脈動していた。
「霊圧、上昇中」
「もう……」
塔矢が、わずかに低く呟く。
その声は鋭い氷の刃のようでありながら、どこか深い憂いを秘めていた。
「限界が近いな」
言葉が、晴人の心をさらに沈ませた。
ーーーーー
その夜、勇人の部屋を外から観察していると、彼の後ろに熊型の守護霊が見えた。
街はすっかり静まり返り、夜風が古い町家の屋根を渡り、どこか寂しげな音を立てていた。
街灯が灯す光は淡く、勇人の家の窓を金色に縁取っていた。
その光の向こう側に、ふわりと漂う白い靄があった。
その姿をはっきりと知覚できたのは塔矢と琴音だけで、霊力の感知がまだ未熟な晴人には、その姿は白いモヤのようにしか見えなかった。
その靄は、まるで生きているかのように脈動し、ときおり形を変えた。
耳を澄ますと、遠くで川の流れる音が微かに聞こえた。その水音すらも、この場に漂う緊張を打ち消すことはできなかった。
「これで確定だ。今回の処理対象はあの父親だ」
そんな塔矢の一言に、表現し難い不安に苛まれた晴人であった。
胸の奥で、小さく硬い塊が生まれ、それが全身を冷やしていく感覚があった。
⸻
尾行は二日目に及んだ。
高木家は、昼間は穏やかな時間を過ごし続けた。
さくらが鯉を見つけて笑う。
その笑顔は太陽のように眩しかった。
美咲が料理の相談をする。
その横顔は、家族を守ろうとする強い意志を感じさせた。
勇人が、家族を笑わせる冗談を言う。
その声には優しさと朗らかさが溢れていた。
そのすべてが、晴人には眩しすぎた。
だが──夜になると、勇人の背後には、白い靄が濃く現れるようになっていった。
くまおの輪郭を帯びた霧は、夜の街灯の下でほのかに揺らめき、まるで勇人の背中に寄り添うように見えた。
まるで、それが勇人自身の一部であるかのように、静かに、その存在を主張していた。
⸻
三日目の昼。
塔矢が短く告げた。
その声は、感情を押し殺したように低く、しかし確固たる決意を帯びていた。
「本部から、処置の許可が下りた」
琴音が顔を上げる。
その目は濡れたように光っていたが、すぐに淡い光を取り戻した。
「……分かりました」
「琴音は結界の準備を」
塔矢の声は淡々としていた。
冷徹な響きが、周囲の春の空気を鋭く切り裂いた。
塔矢の指示に従い、琴音はその場を離れる。
晴人の喉がきゅっと鳴った。
乾いた唾が喉を通り、思わず目を伏せた。
「一体……今から何が始まるんですか……?」
「宿主と守護霊を引き剥がす。それだけだ」
塔矢の声は低く、まるで大地の奥から響くようだった。
琴音の目が、そっと曇った。
その奥に、深い哀しみが潜んでいるのを晴人は見た。
「……それをやると、勇人さんは」
塔矢が短く言う。
「だが、天使の災害に比べれば……」
塔矢は言葉を切った。
わずかに視線を逸らし、息を潜めるように続けた。
「……彼一人の命で、千人も救える」
その冷たい言葉に、晴人は立ち尽くすしかなかった。
まるで足元の石畳が、すとん、と落ちていくような感覚があった。
胸に空洞が空き、そこに冷たい風が吹き抜けていく。
ーーーーー
夜が訪れた。
飛騨古川の空には、薄い雲の切れ間から月が覗き、街全体を淡い青白い光で照らしていた。
昼間あれほど人で賑わっていた商店街も、いまは静寂に包まれ、遠くで風鈴が一度だけ鳴る音が聞こえた。
その儚い音色さえも、この街がこれから直面する現実を思うと、晴人には痛々しく響いた。
勇人たちは、まだ街の家々の灯りが灯る頃、家から出てきた。
古い木造の引き戸をそっと引く音が、静まり返った通りに微かに響いた。
さくらが、くまおを抱えたまま美咲に何かを話している。
その顔には無邪気な笑みが広がり、小さな身体を弾ませるたび、くまおの丸い耳もふわりと揺れた。
美咲は娘に笑みを向けながらも、視線の奥にかすかな疲労の色を帯びていた。
家族三人の姿は、街灯の光の下で薄い金色の輪郭をまとい、それだけを切り取れば、どこにでもいる幸せな家族の風景だった。
その一方で、晴人の胸の奥には、冷たい緊張が重く沈殿していた。
琴音が札を取り出した。
指先がわずかに震えていたが、その動きは迷いなく滑らかだった。
その札は薄い和紙でできており、表面には複雑な紋様が細かい朱色の線で描かれていた。
札をかざす琴音の横顔には、決意と痛みが入り混じったような影が落ちていた。
塔矢が短く頷く。
顎をわずかに引いたその仕草には、何一つ感情を見せない、冷徹な兵士のような気配があった。
「人払いを開始します」
琴音の声が夜気の中で凛と響いた。
塔矢が短く頷く。
その瞳はまるで刀身のように鋭く光り、行く末を見据えていた。
「結界内に人間を外に出す。勇人以外だ」
その声が空気を震わせた瞬間、琴音の札が白く光を帯び始めた。
夜の街灯の灯りが、その光を受けてわずかに揺れたように見えた。
琴音が札を振る。
布が切れるような鋭い音が空気を裂いた。
その札に霊力を流すと白い光が迸り、周囲の空気が一変する。
まるで結界の中心を境に、世界が二つに分断されたかのように、街のざわめきがすっと引いていった。
人々が急に無表情になり、無言のまま通りを離れていく。
その動きはあまりに滑らかで、まるで意志を持たない影の行進のようだった。
誰もが同じようにゆっくりと踵を返し、街の奥へ、闇の向こうへと消えていった。
美咲とさくらも、その光の影響を受けたかのように、ふらりと無表情のまま勇人の傍を離れ、結界の外へと歩き去った。
晴人の瞳が見開かれた。
瞳の奥で街灯の光が震え、胸の奥に冷たい衝撃が突き刺さる。
「何が起こっているんですか……!」
その声は、思わず張り裂けそうになるほどの高ぶりを帯びていた。
塔矢が低く告げる。
声は氷のように冷たく硬く、それでいてどこか遠い響きを持っていた。
「戦闘の被害を与えないため、人払いの結界で安全圏に逃してるんだ」
その言葉の意味が、頭では理解できても、晴人の心には恐怖と虚しさが渦巻いていた。
美咲とさくらが去ったあとの通りには、夜風がそよぎ、軒先の提灯をわずかに揺らした。
その風の音すら、やけに大きく耳に響いた。
まるで、世界がすっかり変わってしまったかのように、町全体が静寂の中に閉じ込められていた。
勇人の周囲に、再び白い霧が集まり始めた。
夜の空は月が薄雲に隠れたり、顔を覗かせたりしながら、街全体を淡く照らしていた。古い木造の家並みがその光を受け、屋根瓦に青白い光を散らしていた。
空気はひやりと冷たく、昼間の春のぬくもりが嘘のように遠ざかっていく。
それは、夜の街灯の光を浴びて、ますます熊の輪郭を鮮明にしていく。
霧の粒子が街灯に照らされ、無数の小さな光の粒となって周囲に舞い上がった。まるで星々が夜空から降りてきたかのようだったが、その美しさはむしろ不気味さを強調していた。
大きな背中、丸い耳、鋼のような硬さを持つ体毛。
霧の中に見え隠れするその輪郭は、確かに熊の形をしていた。だが、その毛並みの一筋一筋が白く発光している様子は、現実の生き物とはかけ離れた、異質な存在感を放っていた。
晴人は、息を呑んだ。
肺に取り込んだ冷たい空気が、刃物のように胸を刺す。
(あれは熊……?!)
心の奥底で、理解が叫びを上げていた。あの無垢な家族を見てきたばかりの自分には、今この目の前の光景が、到底同じ世界のこととは思えなかった。
汚れを一切知らないような純白の毛並みを持つ熊は、目を白く深く光らせ、勇人を守るように背後に立ち塞がっていた。
その瞳はどこまでも冷たく、奥底がまるで見えない深淵のようだった。熊の巨体は、ゆっくりと呼吸するかのように波打ち、周囲の霧を巻き込みながら脈動していた。
霊力の感知が未熟な晴人でも、同化のために完全顕現した守護霊のその姿を確認することができた。
それは、研修棟の映像や資料でしか見たことのない、現実の重みを持った超常の存在だった。
琴音が短く息を呑む。
その小さな呼吸音が、張り詰めた空気を震わせた。
「同化が──始まる……!」
塔矢は霊装のブレスレットに手をかけた。
その動きには一切の迷いがなく、指先はまるで冷たい刃物のように鋭かった。ブレスレットの銀の縁が夜風を反射してわずかに光り、その輝きは氷のように冷たかった。
「結界を張れ。宿主と守護霊を引き剥がす!」
夜風が一瞬、街の空気を鋭く切り裂いた。
突風が通りを吹き抜け、紙垂や提灯をバサリと鳴らせて揺らした。その音がやけに大きく感じられた。
結界の範囲内に残っているのは、晴人、塔矢、琴音、そして勇人だけだった。
その空間は、外界と隔絶されてしまったかのように音が消え、ただ自分たちの呼吸音と霧が擦れるかすかな音だけが残っていた。
周囲の街灯が、白い靄を通してぼんやりと滲んでいる。まるで世界が霧の中に沈んでいくようだった。
霧はゆっくりと結界の外縁を包み込み、その中の空間だけが異様な閉塞感に支配されていた。
勇人は、街路の中央に立ち尽くしていた。
結界の効力により目を閉じ、まるで眠っているかのように呼吸をしている。
その背後で、白い霧が激しく渦を巻き始めた。
霧はまるで巨大な獣の息づかいのように、ごう、と重低音を響かせ、空間全体を押し広げるように脈動していた。
塔矢は短く告げる。
「同化が始まった」
琴音が新たな札を出し、霊力を流す。
札の表面に走る朱の線が光を帯び、細かい紋様が浮かび上がった。霊力が迸るたび、札は小さく震え、夜の空気にパチパチと微かな音を立てて火花のように光を散らした。
すると青白い光が守護霊と勇人との間に割り込んでいく。
光は水面に投げ込まれた石の波紋のように広がり、霧の中に筋を作りながら勇人と守護霊を隔てていった。その境界線は青白く脈打ち、次の瞬間、空気が弾けるように震えた。
守護霊と勇人の霊的な繋がりが弾けるように断たれ、その場に隼人が倒れ込む。
「高木さん……!」
晴人が倒れ込んだ勇人に駆け寄る。
足元の石畳がひんやりとしていて、まるで霧の冷気が直接皮膚に染み込んでくるようだった。
「そのまま高木さんを安全圏に運べ!」
塔矢は、まっすぐに晴人を見据え指示を与えた。
その目は赤く揺らぐ街灯の光を反射していたが、その奥に隠された決意の光は、冷たくもどこか人間的な哀しみを帯びていた。
「グゥ……!」
熊の頭がゆっくりと持ち上がり、その純白の瞳が、まるで自分と勇人の繋がりを断ち切った三人を威嚇するようにこちらを睨んだ。
その瞳には知性とも狂気ともつかぬ光が宿り、霧の中で淡く輝いていた。巨体の奥から漏れる低い唸りが空気を震わせ、石畳の上にわずかにひび割れを走らせた。
晴人は、言葉を失ったまま勇人の姿を凝視した。
鼓動が耳鳴りのように響き、手足の感覚が遠のいていくようだった。
さくらの笑顔。苺を抱きかかえてはしゃいでいた姿。
勇人が、優しい目で見守っていたあの誕生日の夜──。
それらの光景が脳裏に焼きついたまま、全部が、幻のように遠ざかっていく。
空気が歪み、夜の冷気が一層鋭く肌を刺した。
「……何が、どうなってるんですか……」
その呟きに、琴音が小さく答えた。
「これが──バランシオの仕事」
塔矢のブレスレットが、わずかに赤く光り始めた。
その光はまるで深い海底から浮かび上がるマグマのようで、ひどく異質で、恐ろしいほどに静かだった。
晴人が息を呑む。
喉の奥が乾き、声を発するのがやっとだった。
「塔矢さん……!」
塔矢は静かに呟いた。
「──緋焔」
銀のブレスレットから、ぼうっと赤い光がにじみ出す。金属が微かに軋む音を立てながら、螺旋状に光が集まり、形を変えていく。
その赤い光は波のように揺らぎ、周囲の霧を照らし出し、空気をほんのわずかに熱くした。
街灯の光を反射し、そこに現れたのは──
焔を纏う、鋭い片手剣だった。
刀身から立ち昇る赤い炎は、まるで生き物のようにうねり、冷たい夜風の中でも決して揺らがず燃え続けていた。
塔矢の瞳が赤い光を映し返し、夜風が彼のコートをはためかせた。
その影が街灯の石畳に長く伸び、まるで闇そのものが剣の形を模しているかのようだった。
「……終わらせる」
その声は、凍るように静かだった。
まるで夜そのものが、その言葉に耳を澄ませるかのように、街全体が一瞬、息をひそめた。
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