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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第4章(2)餌付けされる竜人、捕まる竜人、そして……

作者: 刻田みのり

 夜。


 シーサイドダックの作り出した浮島のステージから元の世界に戻った俺は椅子代わりの丸太に腰掛けながら夜空を見上げていた。


 ランドの森に設けられたキャンプ地にはここでの訓練生活に入った俺たちのためのテントが設営されている。遅い時間の晩飯を終えてそれぞれが自分のテントやその周辺でくつろいでいた。


 俺は練習を兼ねて食後に軽く飛翔の能力を使って周辺を飛び、その後はのんびりしている。明日も訓練があるが眠気はまだなかった。


 夜空には無数の星が煌めいている。少し欠けた月が星々の賑やかさに遠慮するかのようにひっそりと天に浮かんでいた。


 遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる。ポゥとは明らかに違う鳴き声なので別人ならぬ別フクロウの声だろう。


 つーか、食事の後でイアナ嬢がポゥを抱いて自分のテントに引っ込んでいたな。


 真っ先に亜空間に吸い込まれたイアナ嬢は廃墟と化した村で亡者の群れに襲われていた。案内係もいたらしいがどんな奴かは詳しく聞いていない。でもイアナ嬢の様子からあんまり歓迎できないような奴だったらしいと推察できる。


 なーんかアンデッドコボルトだったみたいなんだよね。


 しきりに「あんなコボルト可愛くない。臭いし腐ってるしずっと喋ってるし何故かあたしの浄化も効かないし」て零してたし。


 あれだ、浄化されないように案内係には浄化無効の保護がされていたんだろうな。でないと敵もろとも浄化されてしまうかもしれないし。


 まあイアナ嬢の方はいいや。


 アンデッドを相手にしまくって精神的にも疲弊しただろうけどポゥをもふってるうちに回復するはず。イアナ嬢はそういう奴だ。


 てか、俺ももふりたい。


 ウサミミ少女とか現れたりしないかな。


 ……などと思っていると俺の横に何かが近づいてきた。


 黒猫だ。


「ニャー(早く寝ておけ。明日はもっと難易度が上がるらしいぞ)」

「そっちこそ夜更かしせずに休んだらどうだ。ああいう訓練は年長者には体力的にもきついだろ? まして弱体化させられている訳だし」

「ニャン(あんなもん大した運動にもならん。気合いが入らなくても普通にやれる)」


 黒猫がフンと鼻を鳴らした。


 まあこれまでの戦いぶりからもわかるように黒猫はかなり強い。親父の技とかも真似できるしよほどの相手でなければ苦戦することもないだろう。


 つーか、こいつ本当に何者(何猫)なんだ?


 弱体化の鈴を首に付けられて満足に戦えなくなっていたはずなのに結構戦えていたんだよなぁ。まあ確かに親父のパクリ技とかは使ってなかったけど。


 絶対に普通の猫じゃないよな。


 だとしたら、こいつはマジで何者なんだ?


 ふと湧いた疑問を俺はぶつけてみた。


「お前って何者なんだ?」

「ニャ?(何だ急に?)


 黒猫が目を瞬く。


「いや、お前って親父の技をパクっているし気合いとかも使うし。それになーんかたまに俺の親父っぽく見えたりするんだよな。お前猫なのに」


「……」


 黒猫が不自然なくらいあからさまにそっぽを向いた。


「いや、おかしな話だよな。俺の親父は人間だってのに。それにむしろ動物に例えるなら猫じゃなくゴリラなんだがな」

「シャーッ!(誰がゴリラだコラァッ!)」


 いきなり黒猫が猫パンチを放ってきた。何故だ。


 ま、避けたけど。


 全身の毛を逆立たせて威嚇してくる黒猫に戸惑いつつ俺は宥めようとした。


「おいおい落ち着け。何を怒ってるんだ?」

「ニャー(ちっ)」


 苛立たしげに尻尾で俺の足を叩くと黒猫はどっかに行ってしまった。何なんだよ一体。


 俺は黒猫が消えた方をしばらく見つめてからため息をついた。


 結局、黒猫が何者なのかわからず終いだ。


 というかなぁ。


 あいつ、本当に親父っぽいところがあるんだよな。鳴き声に親父の声が被ったりしてるし。


 さっきのだって俺が親父のことゴリラ呼ばわりしたら急に怒りだすし。


 親父、ゴリラに例えられるのすげぇ嫌がっていたもんな。


 まあ誰だって自分のことゴリラって言われたくはないか。


「……」


 あれ?


 俺、ゴリラ呼ばわりしたの親父のことだよな。


 どうして黒猫が怒るんだ?


 別に黒猫のことをゴリラだなんて一言も言ってないぞ。


 あれれ?


 頭の上に疑問符が幾つも並びそうなくらい疑問を深めていると森の奥の方で女の悲鳴みたいな声がした。


 森の獣か鳥の鳴き声かとも思ったが何か違う。


「……」


 俺はイアナ嬢のテントを見た。


 イアナ嬢はポゥと一緒にテントに入ったまま外に出ていないはずだ。


 それとも俺の知らないうちに外に出たのか? いやそれはないはず。


 つーか、あの騒がしい女がこんな静かな森で外出したら獣か鳥たちがぎゃあぎゃあやりそうだ。ポゥだって鳴いたりするだろうし。


「探知結果は……テントの中か」


 念のために探知で探ってみるとイアナ嬢はテントから出ていなかった。ついでにポゥも一緒だ。


 ここにいる面子で女はイアナ嬢しかいない。


 となると、さっきの悲鳴は?


 *


 俺は森の奥に踏み込んでいた。


 聞き間違いかと思えた女の悲鳴がまた聞こえたからだ。


 闇に紛れて襲ってきたジャイアントスパイダーをワンパンで倒し足下の倒木を乗り越えてさらに奥へと進む。


 木々の隙間から青白い光が見えた。


 それと同時に女の叫び声。


「もうっ、何なのっ! ちょっと隠れ家から離れただけじゃない。それなのにどうしてこんなにしつこく魔物に狙われるのようっ」


 複数の大神っぽい荒々しい息遣いが唸り声に変わる。


 打撃音と獣の悲鳴が重なりさらに女の叫びが続いた。


 俺はダーティワークの黒い光のグローブを脈打たせながら走る速度を上げる。探知による反応によるとこの先にいるのは魔物とやたら魔力の高い誰か。これ人間にしてはちょい変だ。


 魔物は……うーん、フォレストウルフかな? その割には大きい反応なんだけど。


 ま、いっか。とにかくマルチロックオンってことで。


 俺は腕輪に魔力をチャージすると魔物に対してだけ標的を絞りマジックパンチを発射した。連射された拳と拳弾が森の奥へと消えていく。


 一斉に断末魔の鳴き声が木霊した。


 大きな獣が倒れる音がし、疑問に満ちた女の声が後に続く。まあそりゃどっかから自分の知らない攻撃が飛んできて敵を片づけたら吃驚するだろうなぁ。


「えっ何? 誰かいるの?」


 俺はやっと声の主の下に辿り着いた。


「……」

「……」


 声の主が俺に振り向き互いに相手を視認する。


 そこにいたのは小柄で可愛らしい感じの女だった。


 ただ、彼女の頭には角が生えており背中には折り畳まれた翼がある。人型だけど人間ではないのは明らかだ。


 つーか、こいつ見覚えがあるぞ。


 ああそうか、こいつマリコーのラボにいた三人組の竜人の一人だ。


 ええっと、名前何て言ってたっけなぁ。


「ななな何なのあんた? ささささっきの攻撃って……」


 大きな目をさらに大きくして動揺しまくっている竜人の女を俺は観察する。とりあえず目立った怪我はなさそうだな。


 にしても、こいつ何でこんなところにいるんだ?


「マリコー・ギロックのラボにいた竜人の一人だよな。どうしてこの森にいる?」

「え」


 竜人の女が目を見開いた。


「どどどどうしてあのラボにいたのを知ってるのよ。はっ、まさかあんたストーカー?」

「……」


 ワォ。


 助けてやったのにそう来ましたか。へぇ。


「いやあんたメメント・モリ大実験の時マリコーに紹介されていたじゃないか。他の二人はどうしたんだ? 別行動なのか?」

「あ、そ、そうだった。わぁ、あの放送でアミンの可愛さが知れ渡っちゃったのね。せっかくひっそりと隠れて暮らしていたのに最低。やっぱりあんな実験狂いの二級管理者に協力なんかするべきじゃなかったのよぉ!」


 竜人の女が崩れるように座り込み何やら喚き始める。


 つーか、「アミンの可愛さが知れ渡っちゃった」て。


 おいおい、気にするところそこかよ。


 あれか、自惚れやさんかな?


 自分が世界で一番可愛いとか思っているのかな?


 残念、世界で一番可愛いのは俺のお嬢様でした。


 可愛いオブ可愛い、世界の至宝と呼んでも過言でないレベルの可愛さなのです。


 それとこいつアミンって名前なのか。


 ……とか思っていたら「きゅるるるー」て変な音がした。


 アミンが顔を真っ赤にしながら腹を押さえている。


 あ、涙目だ。そこまで恥ずいの?


「腹、空いてるのか?」

「……」


 アミンが小さくうなずいた。ちょい可愛かったのは内緒だ。


 俺は収納からジャムパンを取り出した。白い空間にいる間にお嬢様から貰って補充した物の一つだ。


 ジャムパンを差し出すと彼女は上目遣いでそれを見る。むっちゃ見る。


「……甘い匂いがする。これ何?」

「これはジャムパン。イチゴジャム入りのパンダ。美味いぞ」

「……」


 ゴクリ。


 アミンが喉を鳴らした。


 *


「私はアミン、緑竜族のアミンよ。このお礼は必ずするわ。ええっと、今さらだけどあなた何て名前?」

「……俺はジェイだ」

「ジェイね。うん、憶えたわ」


 俺は既に知っていたが大皿を空にしたアミンが上機嫌に名乗った。彼女は俺の名を聞くと軽く首肯し、大きなコップに入ったオレンジジュースを一気に飲み干す。


 ジャムパンだけじゃ喉が渇くだろうとオレンジジュースを追加してやったらこいつ遠慮もしないですげぇ飲みやがんの。たぶん大樽レベルで飲んでるぞ。


 まあ収納には沢山あるからいいけど。


 ジャムパンも100個以上食べちゃったよ。食いっぷりが凄まじかったね。竜人って大食らいだったんだ。初めて知ったよ。


 イアナ嬢対策で用意していたんだけど……うん、もういいや。


 俺は嘆息するとアミンに質問した。


「それで? あんたは何故こんなところにいるんだ?」



 **



 竜人のアミンはワールドクエストで他の竜人二人と共にマリコー・ギロック側についていた。


 メメント・モリ大実験で使われる増幅装置の守護者としてマリコー・ギロックに雇われていたのだ。


 しかし、天の声を使ったお披露目の直後に古代紫竜(エンシェントパープルドラゴン)のラキアの横槍が入ってアミンたちは逃げるようにマリコーの下から去って行った。あの時、彼女たちがラキアにすっげえビビっていたのを俺もよく憶えている。


 実はアルガーダ王国の開祖の姫が亡くなった内乱でアミンたちはその首謀者側についていた。どうやらそのことをラキアは快く思ってなかったみたいなんだよね。


 ちなみに闇の精霊王のリアさんと水の精霊王のウェンディがシャーリー姫ととても親しかったそうだ。そのためシャーリー姫の死をきっかけにリアさんは長期に渡って引き篭もりウェンディは人間嫌いになってしまった。


 シャーリー姫の生まれ変わりであるシャルロット姫が現在の王家に誕生してからはリアさんは引き篭もるのを止め姫付きの侍女として傍についている。。それはもうロリ好きのストーカーなのではないかというくらいやばい人に……て、人じゃなくて精霊王か。でも精霊王としてあれはどうかと思います。


 とにかく、リアさんもウェンディもアミンたちに対して怒っているらしい。もしアミンたちがリアさんとウェンディに見つかったらただでは済まないだろう。


 そんな訳でアミンたちは長い間隠れ潜むようにして暮らしていた。報酬に目が眩んでマリコーに協力しなければ今でも潜伏生活は続いていたのかもしれない。まあ、あのワークエでのお披露目の時とかアミンのこととかを見た感じ何となく続かなかったんじゃないかって気はするけど。


 で、マリコーの下を離れてからアミンたちがどうしたのかと言うと……。


「前に隠れていた浮島はもう危険かなあってことになってあそこに戻るのは止めたの。古代金竜(エンシェントゴールドドラゴン)とかもいて魔力探知のいいカモフラージュになっていたんだけどねぇ」

「へぇ」


 古代金竜(エンシェントゴールドドラゴン)か。


 それはさぞかし強大な魔力の持ち主だろうな。


 他の小さな魔力は古代金竜(エンシェントゴールドドラゴン)の魔力に圧倒されて探知で引っかからなくなっていたんじゃないか?


 強すぎる魔力のせいで他の魔力が探知で反応しなくなることはあるからな。そう考えると古代金竜(エンシェントゴールドドラゴン)はアミンたちにとっていい隠れ蓑になっていたのだろう。


 とは言え、一度露出してしまったアミンたちが再び古代金竜(エンシェントゴールドドラゴン)のいる浮島に戻って潜伏生活を送れるかと問われたら俺は「無理」と答える。


 少なくともラキアはあのワークエの最中に見つけたアミンたちの魔力をマークしているだろうしひょっとするとウェンディもアミンたちの存在に気づいたかもしれない。リアさんは調整中だしどうなのかなぁ。


 つーことは今俺の前にいるアミンのこともラキアなら認識している……のか?


 うん、認識しているだろうな。


 リアさんは調整中だからアレとして、ウェンディも気づいているならそろそろ現れてもおかしくないよな。


 俺はアミンがこの森に隠れている理由を訊いたのだがそれについての答えは「他の二人が森の中に強大な魔力を感じたから」というものだった。


 まあ、浮島では古代金竜(エンシェントゴールドドラゴン)の魔力を隠れ蓑にしていたのだし、それと同じことをこの森でしようとしていたとしても不思議ではない。その強大な魔力の持ち主が何なのかは気になるところだが。


 まあ、それについては後で調べよう。


 俺は質問を変えた。


「ところで、他の二人はどうした?」

「知らない」


 アミンが即答した。


「食料を調達するとか言って隠れ家から出て行ったきり帰ってないの。もうあれから2日も経つってのに」

「……」


 おや?


 これ、まさかこいつを置いて逃げた?


 俺はアミンを見た。


 小柄で可愛らしい感じのする竜人だがどこか頼りなさそうな雰囲気がある。


 さっきもフォレストウルフ(通常よりでかかった)に追われて逃げ回っていたし。


 あと、食費とかもかかりそうだし。これ地味に大問題だよね。


 あ、何だかこいつが本当に他の二人に捨てられたような気がしてきた。


 俺が可哀想な子を見るような目をしていたのだろう。アミンが睨んできた。


「な、何よ」

「いや、あんたこれから強く生きろよ」

「はぁ?」

「女一人の潜伏生活なんて俺には想像もつかないくらいきつそうだが自分で撒いた種だ。最後まで頑張れ」

「……」


 別に俺はこいつをラキアたちに突き出すつもりなんてない。


 シャーリー姫のことを思えば許せるものでもないがそれにしたってもう遠い過去の話だ。


 ウェンディたちがどうしても許せないというならそれはそれ。自分たちで断罪なり何なりすればいい。俺は知らん。


 てことで。


 俺は空になった大皿とコップを回収するとアミンに背を向けた。


「じゃあな、もうフォレストウルフなんかに追われるなよ」


 *


「なあ」


 キャンプ地へと向かいながら俺は後ろからついてくる人物に声をかけた。


「何故、俺の後をついてくる?」

「べべべ別にアミンがどこに行こうと勝手でしょ」

「……」


 怒ったような恥ずかしがっているような声に俺は頭を抱えたくなる。


 こいつツンデレかよ。


 あ、ツンデレという言葉は昔お嬢様から教わった言葉です。イアナ嬢とかもツンデレに分類されますね。


 わぁ、そうなるとアミンとイアナ嬢がキャラ被るのか。二人とも大食いだし。面倒くさい感じも似てるし。


 うーん、ツンデレは二人も要らないなぁ。


「ついてくるな」

「やだっ」


 俺が追い払おうとするとアミンが拒否した。


 思わずため息が出る。


「他の二人が隠れ家に帰ってくるかもしれないぞ。その時にあんたがいなければ心配するだろ」

「二人ともアミンの魔力をすぐ見つけられるし、その気になればすぐ追ってこれると思う」

「そうなのか? なら、あんたも二人の魔力を探るとか……」

「アミン、そういうの苦手なの」

「……」


 しゅんとなった後ろの気配に俺は肩を落とした。こいつマジめんどい。


「俺が戻る場所には他に俺の仲間とかがいるんだが」

「大丈夫、アミンそういうの気にしないから」

「いや気にしろよ」


 こいつ一度は俺たちと敵対関係にあったんだぞ。離脱したとは言えワークエでマリコー側についていたんだし。


 ああ、そうか。別に俺たちと直接相対した訳じゃないんだよな。わぁ、何かモヤモヤする。


「それにまたあのパンみたいな美味しい物を食べられるかもしれないし」


 ぼそっと漏らしたアミンの言葉を俺は聞き逃さなかった。


「おい、さっき食べたばかりでまだ食う気かよ」


 俺が振り向くとアミンが顔を背けた。


「べべべ別に食べ物に釣られてついてきた訳じゃないんだからねっ」

「……」


 真っ赤になったアミンを凝視しながら俺は無言でつっこんだ。


 嘘つけ。


 試しに収納からウマイボー(チーズ味)を取り出してみる。


 アミンの目がウマイボー(チーズ味)に釘付けになった。


 ウマイボー(チーズ味)を右に振ると右に左に振ると左にアミンの視線が動く。わぁ、面白い。


 これ、ポイっとどっかに投げたら取りに行くんじゃないか?


 やってみたいが……ま、まあ食べ物を粗末にするのは良くないか。勿体ないしな。


 とか思っているとアミンの口から涎が垂れた。


 慌てて口を拭うアミンの顔が赤く……って、こいつどんだけ赤くなるんだよ。


 なーんか可愛かったのでウマイボー(チーズ味)を差し出した。


 遠慮がちに俺をちらちらと見てきたのでうなずいてやる。


 瞬間、俺の手からウマイボー(チーズ味)が消えた。


 モグモグと咀嚼するアミン。


 うわっ、一瞬でウマイボー(チーズ味)を奪って食いやがった。マジかこいつ。


「これも美味しいわね(モグモグ)。サクサクした食感とかチーズの塩気とか(ゴックン)」

「……」


 何だろう。


 こいつにイアナ嬢の姿がダブって見えるのだが。


 あれか、やっぱりキャラが被っているからか?


「ねぇ、今のもっとないの? あれっぽっちじゃ全然食べ足りないんだけど。せめてあと100本くらいはないと」

「……」


 俺はこの場にいないもう一人のツンデレに言った。


 イアナ嬢。


 お前の存在を脅かす奴が現れたぞ。


 しかも(大食い的に)強敵だ。



 **



 結局ついてきたアミンと共にキャンプ地に戻ると全員がテントの外に出ていた。


 ジュークたちのテントの前で誰かを囲うように集まっている。


 俺に気づいたニジュウが声をかけてきた。


「あ、ジェイ。どこ行ってた?」

「ちょっとな」


 俺が曖昧に応えるとジュークが俺の後ろにいるアミンを見つめた。


「誰?」

「ああ、こいつは……」

「ジェイ、ここには訓練のために来てるんだから気を緩め過ぎるのはどうかと思うよ。まあ空いた時間に女性とデートしたくなる気持ちはわかるけど」


 シュナが余計なことを言う。


 その肩には儚そうな少女の姿をした雷の精霊ラ・ムー。しきりにシュナの顎を撫でているのだが見なかったことにしよう。


 あれ、きっとシュナには見えてないな。見えてたら止めているだろうし。


「え、ラ・ムー? 雷の上位精霊が何でここに?」


 アミンの驚いた声。小声だったけど聞こえた。


「可愛らしいお嬢さんこんばんは。僕は勇者シュナ。君、竜人だよね? 君のような可憐な竜人に会えるなんて僕はリビリシア一の幸せ者だよ」


 シュナがアミンに愛想良く挨拶する。


 ラ・ムーの手が止まった。


 あ、何か怒ってる。


 表情はにこやかなのに纏う雰囲気が不穏と言うか……あの笑顔はやばいな。


 ああ、空気がピリピリしてきたぞ。オゾン臭もするし。


「えっ、あれ? 雷撃がスタンバイ状態になってる?」


 いきなり聖剣ハースニールが放電し始めてシュナが戸惑っている。


 てか、あれ雷撃のスタンバイ状態なんだ。へぇ。


「おおっ、剣がバチバチしてる」

「ジュウニがマムの実験でビリビリズガーンってなった時みたい」


 ジューク、ニジュウ。


 てか、マリコーの奴マジでギロックたちに酷いことしてたんだな。ニジュウの言葉だけだとどんな実験だったのかよくわからんが。


 ま、それはそれとして。


「皆集まって何をしているんだ?」

「ああ」


 俺の問いにシュナが苦笑いした。


「ジュークちゃんたちのテントに不審者が入って来たんだ」

「不審者?」


 確かにシュナたちの囲っている中心で誰かが縄でぐるぐる巻きにされていた。


 こちらに背を向けるような感じで横向きに転がっている。たぶん長身。頭に見たことのある角があって背中に折り畳まれた翼があって……ん?


 俺は後ろに振り返った。


「……」

「?」


 アミンを見てから再びぐるぐる巻きの不審者に目をやり。


「……」


 うん。


 こいつ竜人だ。


 しかも、すんごい嫌な予感がする。


「ウサミン」


 アミンが不審者に声をかけた。やっぱりか。


 ぴくりとする不審者。


 もぞもぞと身体を動かして寝返り……。


「ア、アミン」


 不審者……いやウサミンが目を見開いた。


 ボコボコにされて顔が酷いことになっているが、あれは誰の仕業だ?


 イアナ嬢がメイスで乱打する姿が思い浮かんだけど、まさかな。


 つーか、メイスで乱打したらもっと酷い顔になっていただろうし。


 そもそもウサミンが侵入したのはジュークたちのテントだし。


 やったのはジュークたちだよなぁ。


「ジュークが悲鳴上げたらおっかない聖女飛び込んできた」

「メイスすっごい振り回してた。あれ、やり過ぎ。怖かった」


 ジューク、ニジュウ。


 て、おい。


 俺はイアナ嬢を睨もうとしたが……いない。


 あ、プーウォルトの後ろに隠れてやがる。


 プーウォルトが迷惑そうだ。黄色いクマの仮面を付けているけど何となくわかる。


 シーサイドダックがプーウォルトの後ろにいるイアナ嬢を見遣ってから肩をすくめた。


「まああれだ。多少過剰だったけどよぉ、ちび助共のテントなんかに忍び込むような変態にはお仕置きが必要だよなぁ」

「そ、そうよ」


 イアナ嬢。


 プーウォルトの後ろから顔だけ出して。


「あたし、変態にお仕置きしただけなんだからねっ。それに死なない程度に手加減してあげたし。そうよね、プーニキ教官」

「限度というものがあるがな。あと、発言の前にサーを忘れているぞ。ミジンコな貴様らは発言の前に必ずサーを付けろ」


 全く何度も言わせ追って、とプーウォルトが嘆息混じりにつぶやいたのは聞き流しておく。今はそれどころじゃないからな。


 それより。


 俺はウサミンに訊いた。


「あんた、何でここにいる? もう一人はどうした?」


 アミンも続いた。


「二日も隠れ家に帰って来ないで何やってたの? ドモンドは? それと一番大事なこと忘れるといけないから訊くけど食料は?」

「……」


 アミン。


 仲間の竜人より食料の方が大事なのかよ。


 んで、最後の一人はドモンドって名なんだな。うん、そういやそんな名だったかもしれない(適当)。


 アミンの言葉に軽くショックを受けたような表情をしてウサミンが固まったがやがてブルブルと頭を振って復帰した。


「ふ、二日も連絡しなかったのは謝ります。けど、僕も好き好んでそんなことをした訳ではないんです」

「じゃあ何してたの? 食料は?」

「……」


 アミン。


 どんだけ食い物に執着してるんだよ。


 イアナ嬢かよ。


 ……とか思っていたらイアナ嬢にすげぇ目で睨まれた。怖い。


 つーか、何で俺が思っていることがわかるんだよ。


 怖いよ。


 ウサミンがアミンの問いに答えた。


「も、もちろん食料の調達のためにあちこち走り回っていたんですよ。でもなかなか手に入らなくて。森の獣や魔物はどれも通常より強くて簡単には狩れそうになかったですし。それで途中で二手に分かれようってことになりまして、僕は森の東側そしてドモンドは西側に向かいました。どうも隠れ家を選定する時に小さな建造物を見つけていたそうで……僕も同行しようとしたら本当に小さな建造物だしハズレだと無駄足になるからと断られました。彼とはそれっきりです」

「ふーん」


 アミン。


「で、食料は?」

「う……」


 ウサミンが言葉を詰まらせた。


 まあ、そうだよな。


 食料を見つけていたらきっと真っ直ぐ隠れ家に戻っていたはずだ。


 それがこんなところで捕まっているってことは……もう言われなくても想像がつくだろ。


 弱々しい口調でウサミンが口を開いた。


「せ、せめて少しだけでも何か食べるものがあればと偶然目についたキャンプ地のテントの一つに」

「はいアウト」


 俺。


「盗みは犯罪よ。まして女の子のテントに忍び込むなんて最低」


 イアナ嬢。


「斬っていいかな?」


 シュナ。


 て、おい。


 お前、にこやかに物騒なこと言うの止めろ。


「ジューク、すっごい吃驚した」


 そうだな、吃驚したよな。


 よーくわかったからお前も万能銃のバンちゃんを仕舞え。


 その装填しようとしている弾は何だ? 妙に禍々しく見えるんだが。


「ニジュウたちのテントよりおっかない聖女のテントの方が食べ物ありそうなのに」


 うーん、イアナ嬢はいかにも食べ物持っていそうだけどどうかなぁ。


 なーんか、我慢できずに全部食べちゃいそうなんだよなぁ。


 うわっ、イアナ嬢が修道服の袖口から円盤チラ見させてる。


 やばいやばい。


 だから、何で俺の考えていることがわかるんだよ。


「食料に困って盗みに走るとは情けない」


 プーウォルト。


 いやまあそうなんだけど、虫ケラを見るような目で言わなくてもいいのでは?


 あっ、こいつの場合「虫ケラ」ではなく「ミジンコ」なのかも。


「まあ食い物ないのは辛いよな」


 シーサイドダック。


 そうですね。辛いですよね。


 思わず言葉遣いが丁寧になっちゃったよ。


 あとこいつの発現地味にまともだな。アヒルなのに(偏見)。


「ポゥ」


 ポゥはポゥしか言わんよな。やむなし。


 いや、ポゥはもふもふ担当なんだからポゥしか言わなくてもいいのか。そういうことにしよう。


「で、結局食料は手に入らず終いなのね。使えない」


 アミン。


 わざわざ食料調達のために頑張ってくれた仲間に「使えない」はないんじゃないか?


「……」


 ん?


 あれ、黒猫がいないぞ。


 タッキーもいないけどあいつは別にどうでもいいや。


 ひょっとして最初からいなかった?


 プーウォルトたちもいたからてっきり全員がこの場にいると思ったんだがどうやら俺の勘違いだったようだ。


 あいつ、どこ行った?


「ニャー(やれやれ、この身体だと獲物を運ぶのも面倒だな。せめて弱体化の効果だけでも無くなっていれば楽なんだが)」


 そんな鳴き声とともに通常より一回り大きなサイズのワイルドボアの死体が森の方から現れた。


 いや、あれは。


「わあ、ダニーさんっ」

「ワイルドボア狩ってきたの?」


 ジュークとニジュウが騒ぎながらワイルドボアの死体に駆け寄っていく。


 つーか黒猫の奴、ワイルドボアなんか担いで来たのかよ。体格差すっげーあるだろうに。無茶するなぁ。


「ニャ(夜の散歩ついでにちょいと軽くな。タイミング良く彷徨いてたのを一頭仕留めてきた)」


 ドヤる黒猫。ムカつく。


 けどまあ食料ゲットは喜ばしいことだ。


 遅い晩飯の後に練習も兼ねて飛翔の能力を使って軽く周囲を飛んだのだが、このキャンプ地の直近に町はないし村もなかった。


 森は東西に延びるほぼ楕円形で俺たちが拠点とするキャンプ地が森の中央やや南の位置にある。つまりここら一帯は森の奥ってことだ。魔力吸いの大森林とは別の森だということがせめてもの救いである。


 ランドの森だっけ? 上空から見た感じの規模から推察すると普通の人間の足ならこのキャンプ地からずっと南下して森の外に出るとしても一ヶ月はかかるだろう。


 そのくらいここは大きな森なのだ。


 白い空間で補給はしたけど現地調達できるならそれにこしたことはない。


「……」


 というか、あれだ。


 イアナ嬢とアミンがワイルドボアを見つめながら目をキラキラさせているのだが。


 肉か、肉が食いたいのか?


 お前らそんなに食ってばかりだと太る……。


 ヒュン。


 ドスッ!


 俺の頭のすぐ傍を円盤が飛び去り、さらに脇腹をグーで思いきり突かれた。めっちゃ痛い。


 イアナ嬢とアミンだ。


「……」


 うん。


 何故俺の心が読まれまくっているのか不思議でならないがここはつっこまずにおこう。というか答えが怖そうだから聞きたくない。


 俺は脇腹の痛みを堪えつつため息を吐いた。やれやれだぜ。


 イアナ嬢がプーウォルトから離れて黒猫の下に向かう。それをポゥが追いかけた。


 アミンもワイルドボアが気になるようだが迷った末にウサミンに歩み寄った。足取りがすっごい遅い。あれか、仲間より肉を選びたかったのか。


 ウサミン、哀れ。


「この二人、マリコーのところにいた三人組の内の二人だよね」


 シュナがアミンたちを見ながら言った。


 なお、聖剣ハースニールの電撃スタンバイ状態は解除されている。ラ・ムーも姿を消していた。


「あの映像を見たのか? お前、対マリコー戦の助っ人として連れて来られるまでノーゼアにいたんだろ?」

「え、だってワークエの関連情報は天の声で教えてくれてたよ。あの薄くて半透明な板とかも現れていたし」

「……」


 マリコーって凄かったんだな。


 いや、マリコーじゃなくて女神プログラムが凄いのか?


 ……ま、いっか。


 俺はシュナからアミンたちへと視線を向けた。


 無詠唱でアミンが回復魔法をかけている。ボコボコにされてそれはもう酷かったウサミンの顔が徐々に癒やされていった。


 ふむふむ、やはりアミンは回復魔法が使えるのか。なーんとなくそんな感じがしたんだよなぁ。


「ありがとうアミン、お陰で痛みも引きましたよ」

「これ一つ貸しだからねっ。ああもうっ、盗みに入って捕まるだなんてあんた馬鹿なの? 逃げなさいよ」

「いやお恥ずかしい。結界で身動きを封じられてそれはもう一方的に殴られてしまいまして」

「相手が女の子だったから手加減したんでしょ。もうっ、昔から女の子には優しいんだから。そんなことばかりしてるとそのうち死ぬわよ」

「ははは、気をつけます」


 ウサミンとアミンの様子に俺はついほっこりしてしまう。


 こいつら仲良いな。


 シャーリー姫の亡くなったアルガーダ王国の内乱の頃から、いやもしかしたらもっと前からアミンたちは仲間で一緒にいたのだろう。


 リアさんやウェンディの怒りを買ってからも長い間浮島で共に時を過ごし、さらに今もなお仲間として生きている。


 俺には想像もつかないくらい強い絆で結ばれているのだろうし思い出も共有しているはずだ。


 ちょいアミンを捨てて他の二人が逃げたんじゃないかって疑ったりしたけどたぶんそれは俺の誤解。ウサミンも食料を探していたって言ってたし。


 俺もイアナ嬢やシュナとそういう関係になれるのだろうか?


 ふと湧いたそんな疑問を俺は頭を振って振り払った。


 そういうのを考えるのは俺らしくない。


 そもそも俺は一匹狼でも良いと思っていたじゃないか。


 だが、まあ何だ。


 イアナ嬢と出会ってシュナと戦ってそれからあの禿げ頭のギルドマスターの権限で二人とパーティーを組まされて……今は割と仲間がいることを気に入っている。人間って変わるんだな。不思議だ。


 ……などと俺がアミンたちを見ながら考えていると黒猫の怒声が響いた。


「ニャー!(ボケっとするなっ! 何か来る)」

「え?」


 次の瞬間、上空から一筋の光が放たれた。



 **



 突然上空から放たれた一筋の光。


「アミンっ!」


 ウサミンが叫びながらアミンに体当たりした。


 アミンの魔法で回復したのかそれとも元々そのくらいの体力が残っていたのかわからないが、ウサミンの体当たりはアミンを吹っ飛ばすには充分なものだった。


 そして、そのお陰でアミンは上空から撃たれた光線の被害を免れた。


 ジュッという短い音とともにウサミンは消滅した。


 焦げ跡も肉片も血液の一滴すら残さずウサミンは消えてしまった。


「もうっ、いきなり何するのよ」


 尻餅をつき痛みに顔を歪めつつ半身を起こしたアミンが目を見張った。


「え……ウサミン?」


 目を白黒させ、アミンが慌ててウサミンのいた位置に駆け寄る。もちろんそこにウサミンはいない。


「え、何で? ウサミン?」


 俺はあまりのことに衝撃を受けていたがアミンたちに気をとられている訳にもいかなかった。


 上空から降下してくる人影が二つ。


 それが視認できる高さまで降りてきたとき黒猫が吠えた。


「シャーッ!(対空奥義、猛虎撃墜拳(タイガーパトリオット)!」


 黒猫が空に向かって猫パンチを繰り出し極小の光の塊のような何かを撃ち出した。


 自分の放った光の小ささに納得いかなそうな顔をしながらもう一発放ち、黒猫が苦々しげにその弾道を見つめる。


「……」


 いや、お前弱体化している状態でそれだけできれば大したもんだぞ。。


 俺はそう思ったが口にはしない。黒猫が調子に載っても困るからな。


 黒猫の撃った極小サイズの二つの光が目標に迫り……。


 見えない壁に阻まれるように弾け、消えた。


「……ま、まあいかにも威力がなさそうだったしな。仕方ない」

「ニャ(ちっ、やはり今の状態ではこんなもんか)」


 俺と黒猫がそれぞれ呟いていると別の声が響いた。


 イアナ嬢だ。


「クイックアンドデッド!」


 空へと延びる四つの光。


 しかし、それも見えない壁に阻まれる。


 攻撃されながらも降下し続ける謎の人影たち。


 プーウォルトが唸った。


「この反応、奴か」

「わぁ面倒くせぇ。誰だよ封印解いたの」


 心底嫌そうなシーサイドダック。


 俺はマジンガの腕輪に魔力を流した。


 チャージ。


 マルチロック機能で何度も二つの標的に狙いをつけた。一発ずつなんてしょぼいことはしない。


 誰だか知らないがとっとと終わらせる。


 先に攻撃してきたのはあっちだしな、敵認定して討っても問題ないだろ。


「ウダァッ!」


 俺はマジックパンチを連射した。


 魔力コーティングされた左右の拳が発射されさらに魔力で作られた拳弾が連続で撃ち出される。


「ウダダダダダダダダ……ウダァッ!」


 見えない壁に着弾し爆発音にも似た打撃音を轟かせる。最初に命中した両拳は傷一つなく俺の手首に戻ってくるが拳弾は魔力を拳の形にして撃っているだけなので撃ちっぱなしだ。


「……っ!」

「ニャア(おいおい)」


 相手は無傷だった。


 うーん、と悩ましげにシュナガ首を傾ける。


「僕、あんまり対空技って得意じゃないんだよね」


 カチャリ、と金属音を建てつつ聖剣ハースニールを握り直した。


 シュナの肩に現れるラ・ムー。


 刀身に放電が走り激しくあたりを明滅させた。


 シュナが上空の敵を睨みつけ下段の構えをとる。そのまま腰を低くした。


「届くといいんだけど」


 跳躍。


 常人には不可能な高さまで跳び上がるとシュナは上に向けて聖剣ハースニールを振った。


「トゥルーライトニングエンジェルショット!」


 刀身から放たれた雷撃が雷球と化して降下する敵を襲う。


 見えない壁が阻もうとするがバチバチと雷球の放電が壁の一部を穿って穴を開けた。


 それ自体に意思があるかのようにスパークする雷球が穴から見えない壁の内側へと飛び込んでいく。


「ぬぅ、小癪な」


 色気のある女の声。


 俺の聴覚ではなく直接頭の中に届く声だった。どこかの国の女王様あたりが発していそうな威厳と色気のある声だ。


「これはあの忌々しいラ・ムーの雷球か。格下の分際でまたしても妾の前に立ちはだかるとは腹立たしい」


 二つの人影が爆発するように白く光った。


 その威力に内側から破壊されたのか見えない壁が可視化され半透明な膜となってさらに崩壊していく。


 やったか。


 俺は期待を込めてそう思ったのだが……。


「やはりあの程度では殺られぬか」

「あいつ、しぶといからなぁ」


 プーウォルトとシーサイドダック。


 どうやら敵が誰だかわかっているようだ。


 俺は二人に訊いた。


「あいつは誰なんだ? 何故攻撃してきた?」

「過去の遺物だ」


 プーウォルトが答え、鋭い視線を俺に向けた。


「それよりサーを忘れているぞ。ミジンコの貴様は上官の言ったこと一つ守れんのか」

「いやそれどころじゃねーだろ」


 呆れるシーサイドダック。


 近づくにつれて人影がはっきりしてきた。


 一人は竜人だ。


 翼を広げ、もう一人を守護するように自身を盾にして降りてきている。いかにも戦士といった感じで武器こそ所持していないが肉弾戦となったら手こずりそうだった。


 そしてもう一人は……。


「嫉妬のラ・ムー以外は妾の復活祝いにしてはしけた獲物よのぅ。とは言え、まだまだ妾には力が足りぬ。選り好みをする余裕はない……か」


 銀色のドレスを身に纏った長い金髪の女。十代後半くらいに見えるが外見上の年齢より年を重ねているであろうことは容易に想像できた。


 というかあれきっと中身ババァだな。プーウォルトたちの言葉から推測してもそうとしか思えん。


 悪魔の顔を連想させるデザインのサークレットを彼女は装着していた。その二つの目が妖しく赤く光る。


「下僕よ、どうにもミジンコ共が五月蠅くて適わん」

「すぐに処理します」


 竜人が俺たちに向けて指を突きつけた。


 その指先に光が宿る。


「ニャー(さっきのがまた来るぞ)」


 黒猫が吠えた。


 俺たちは全員大急ぎでその場から離れる。攻撃を防御しようとする者はいなかった。ウサミンを一瞬で消滅させた威力を目の当たりにすれば誰でも逃げ出したくなるというものである。


 てかプーウォルトとシーサイドダックも逃げるんかい。


 あいつらなら対抗しそうだったんだけどなぁ。特にプーウォルトとか。


「おいプーウォルト、ご自慢の腕力でどうにかしろよ」

「貴様は本官を何だと思ってる?」

「脳味噌まで筋肉のクマゴリラ」

「……後でぶん殴る」

「そういうところだぞ」


 並んで走るプーウォルトたちの真後ろで光線が降り注いだ。


 かなりギリギリの距離だ。もうちょい足が遅かったら食らっていただろう。


「もうっ、あんなの反則よっ」


 イアナ嬢が立ち止まって背後の上空を見上げ、両手を腰に当てる。


「でも、シュナガあの透明な壁を壊してくれたんだからこっちの攻撃はもう通るわよね」


 素早く両手を前に突き出した。


「クイックアンドデッド!」


 四つの光が空を舞う。


 二つが竜人、もう二つがサークレットの女に迫るが……。


 悪魔の顔を模したサークレットの目が光り、突然、四つの光が輝きを失いただの円盤となった。


 空中で停止した円盤を留任が手刀で叩き壊す。


「こんな程度か。つまらぬのう。これならマンディの時代の連中の方がよほど楽しめたぞ」


 サークレットの女。


 竜人に。


「下僕よ、次はあのミジンコを所望する」

「御意」

 

 

 


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