07.数学大全と負の数
兄アレックスに言われたからというのもあるけれど、この世界の数学水準を知るのも悪くないと考え『数学大全』を手に取って開く。
序盤の内容はほとんど算数、数学大全というからには一通り全てを網羅しているのだろう、この辺は読み飛ばす。
しかし、読み進めているうちに、違和感が生じる。そう、数学では当然あるべき「負の数」の概念が出てこないのだ。
読みにくい文章を読み飛ばしながら、数学大全全ての数式を確認する。そして確信する。
「この世界に…負の数の概念が…ない…」
早速リリィ先生の部屋を訪れる。
「なぁに?今日はアレックスさんが帰ってくる日じゃなかったの?」
「うん、そのアレックスに挑発されて、数学大全に目を通したんだけど…」
「それで、どうしたの?」
「例えば、手持ちに銀貨が五枚あるとする。そこで銀貨八枚を支払ったとしたら、数式としてどうなる?」
一瞬、リリィ先生の顔に緊張が走ったように感じたけど、それもすぐに霧散する。
「そこでは二つの概念が発生するわね、『手持ち銀貨』が〇枚になり『借金銀貨』が三枚になるのよ」
「その『手持ち銀貨』と『借金銀貨』を統一して扱う手法は?」
「……ないわね。少なくとも、今の所は」
「やはり、そうか」
「それで?それと『数学大全』読破と何の関係があるの?」
「リリィ先生、数学大全は全ての数学を網羅しているとされる名著ですよね」
「そうよ、そんなの子供でも知って…ってセドリックもまだ六歳になったばかりね」
「その、数学大全に記されていない概念を、仮に発表したらどうなりますか?」
「…その顔、既に覚悟を決めているようだけど、止めておきなさい。悪いようにはしないわよ。そもそも学会は保守的な所で…」
リリィ先生は何かを感じ取ったのだろう、何かを隠しているようにすら感じる。そして自分の行為が危険だとも、やんわり警告してくれている。
「だけど、僕もこれから文官を目指して学園に入らなければならない!だけど、僕は、書き言葉が致命的にできない!」
「落ち着いて…本当に、悪いようには絶対にしないから、ね?まずは焦らず、写本を続けてみましょう」
リリィ先生の言葉にひとまず頷くが、セドリックの内心では『負の数で勝負』という気持ちが芽生えたのであった。