06.兄の帰省と数学大全
トイレを作り、かなり悪臭が軽減した子爵家に、学園寮に入っていた長男、アレックスが久しぶりに帰省した。
家族や使用人が出迎える中、アレックスが誰ともなく問いかけてきた。
「なんか、屋敷の周りは嫌な臭いが少なくないか?」
「ああ、セドリックのトイレ発明のおかげでな…屋敷の中はもっと臭わないぞ」
「な…せ、セドリックが…?」
「素晴らしい仕組みだぞ、臭わなくなるし、便すら肥料に変えかねない仕組みだ」
「いや、まだ肥料はすぐには目処が立っていないけど…」
セドリックは謙遜するが、誰もが異臭が抑えられている時点で、ほとんど成功しているのではないかと考えている。
肥料に関しては材料だけ教えて、あとは元猫便所(仮称)清掃員さんにお任せなんだけどね…そういえば彼女の名前なんだっけ?
「ところでセドリック、認定試験に合格したんだってな?」
「うん、なんとかね…」
「なんで合格できたか謎だが、そんなセドリックなら当然『数学大全』にも手を付けているんだろ?もしかして、もう読破したとか?」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら聞いてくるアレックス。
「いや、『数学大全』はまだ…言葉の面にちょっと問題が」
「おいおい、認定試験に合格したセドリック様が、言葉に問題があるとか冗談だろう?」
もはや侮蔑の表情を隠そうともしないアレックス、しかし事実なのだから大して腹は立たない。ただアレックスの態度に『年齢の割に幼い』と思うだけだ。
「読めない訳じゃないんだ。ただ書きが上手くいかないから、そちらに集中しているだけで」
嘘じゃない。写本ギルドの認可を得たリリィ先生の監督下、写本を続けてひたすら書き言葉を学ぼうとしている。
困ったことに、全く身についている気がしないのだが…
「読み書き計算は基本だろう?そんなんで、どうやって認定試験を合格したのかなぁ?是非ご教示願いたいものですなセドリック先生よぉ」
アレックスの口調はもはやチンピラである。こんなのが兄とは思いたくもないな…
「計算問題を解いた、計算なら文字の書きは関係無いから」
「おーおー、数学大全も読んでないのに、あの計算問題を解いたと、さすがはセドリック大先生は違いますなぁ」
「アレックス!口が過ぎますよ!」
流石に、アレックスの言葉に母も耐えかねたのだろう。しかしアレックスは「へいへい」と答えるだけだ。
アレックスがスワン子爵家の跡継ぎだと思うと、スワン子爵家の未来は暗いな…
「僕が『数学大全』を読んでないのは事実だし、文字を書けないのも事実だから、あまりアレックス兄さんを責めないで」
アレックスに呆れながらも母にそう伝え、セドリックは出迎えの場から一人屋敷に戻るのだった。