04.屋敷の悪臭を解決しよう:前編
この屋敷に限らず、どこも悪臭が酷い。正直、食欲も失せるほどだ。
理由は単純、ほとんどの部屋に配置されている猫のトイレのような排泄場所のせいだ。
まずは自分の精神衛生上、屋敷からこの悪臭を可能な限りなく減らそう…そのためには、まともなトイレの作成と利用習慣の定着が問題だ。
子爵家の次男坊となると、それほど使える金も多くないので、大規模な工事は最初から却下だ。
『次男坊のお遊び』として許容されるトイレの姿、悪臭対策…まず屋敷の大きな改築は無理だ。
屋敷に隣接した小屋を作り、そこに便器を設置し、便をそのまま庭に落とす。
それだけでは庭の悪臭が解決できないから、肥だめにして悪臭対策としよう。
確か、肥だめで肥料を作るのに必要なのは…藁や干し草、落ち葉、土、水、木炭辺りだった気がする。
トイレの清掃水や雨水を利用すれば、ある程度の水は確保できるはず。
細かい分量は覚えていないが、発酵させればいいはずので、試行錯誤しながら悪臭が漂わなければそれでいい。
もし、それが肥料として活躍するなら領民も大喜びだろう…ただ、こちらは過剰な期待をしないでおこう。
父であるスワン子爵の執務室をノックする。
「誰だ?」
「セドリックです、少しご相談があります」
「入れ」
父は書類に目を通しながら、時折書類にサインをし続ける。
「で、相談とは何だ?」
「屋敷のみならず、領地、王都全域を覆う悪臭、その対策を考えましたので少しでもお力添えをお願いしたく」
「随分大きく出たな、で、その目処は立っているのか?」
興味を持ったのか、父は書類を机に置いて、真剣に話をする体勢になった。
「悪臭の原因は排泄物が主だと考えています、それをまずは一カ所にまとめる事で、屋敷内の悪臭軽減を手始めに行いたいと思います」
「ふむ…その排泄物をまとめた結果、そこの悪臭が酷くなるだけでは、結果は変わらないのではないか?」
「それに関しては、今は確約できませんが、屋外において、排泄物の肥料化の案がございます」
「ほう、肥料か…それが実際に出来上がるとしたら、我が領内にとっても有益な話だ」
「はっ、ただ…肥料に関しては先ほど述べたとおり確約できかねますので、まずは次男坊のお遊びとして可能な予算を頂ければと」
「あいわかった、元々セドリックはそれほど散財をしていなかったからな、そちの今までの予算を使うがいい、具体的な内容は」
「排泄場所を集約するための部屋を屋敷に隣接する形で増設し、その下に穴を作ります。まずはそれをもって屋敷内の悪臭軽減の効果が期待できるかと」
「なるほど、それなら屋敷は小屋と繋ぐ扉程度の改修で済むな。よろしい、好きに進めるが良い」
「ありがとうございます」
セドリックが退室した後、スワン子爵は脱力しながら『僅か五歳の息子に圧倒された』事実に冷や汗が止まらなかったのは、子爵しか知らない事実であった。
セドリック自身もまた退室した後、父の圧迫感による緊張の動悸がおさまるまでに結構な時間がかかった。
あまりに消耗してしまったので、セドリックはその日は早めに休みを取った。翌日になって「ほぼ全面的に受け入れられた」という事実に、やっと気づくのであった。
ここでセドリックは大切なことを失念していたことに気づいた、自分に割りあてられた今までの予算を知らない。
仕方なく、執事を呼び止め、自分が持っている予算を確認する。
「坊ちゃんの予算は現状金貨十六枚といった所ですね」
この言葉でセドリックは更に追い詰められる。金貨一枚でどれだけの事ができるのか、そういう経済観念を持っていないのだ。
「屋敷に隣接して増設する形の小屋を作るとしたら、その金貨十六枚で足りるのか?大規模な小屋ではなく小部屋でいいのだが、一階と二階それぞれに作成することになる。極端な話、小屋には穴だけあればいいが、少し特殊な形状の座面があれば望ましい。同時に、そこへの通路のために屋敷にも手を入れる形になるのだが」
「平民一家が暮らしていくには、年間金貨一枚もあれば十分です。小屋が複雑な構造でなければ数ヶ月の賃金で済みますし、作業員八名雇って三ヶ月と考えれば、そちらは金貨二枚で十分でしょう。ただし…」
執事は少し考え込む。セドリックは不安に思いながらも表に出さず、続きを待つ。
「屋敷に手を入れる場合、より高度な職人を雇う必要があるでしょう…こちらは子爵様の許可も必要ですし、許可を得られても専門的な職人を四名雇って三ヶ月で金貨四枚が相場になるかと。作業員と含めて合計で金貨六枚で収まりましょうな」
「わかった、その金額で人を集めてくれ、それまで設計を考える」
「設計書を書くのも作業員の仕事ですが、それほど特殊な内容なのですか?」
「どうだろうな…では作業員と話をして、具体的に詰めていこう、特殊作業と判断されたら報酬は上乗せしてもいい。あとは頼んだぞ」
実際は子爵家から継続的に仕事を請けている作業員や職員に発注するので、執事が提案したほどの金額には届かない。たとえ複雑な設計で割増をするにしても。
提案した予算は、それこそ子爵家と縁のない所に発注した場合の、最悪の金額だ。
執事は、僅か五歳にして財を惜しまずに何かを成そうとする、セドリックの背を見ながら必死に感動の涙を堪えるのだった。
一方セドリックは、自分の予算から全額放出しても足りないのではないか、そう不安を抱いていたので、割増があっても半額程度で達成できそうなことに大満足で、ニヤニヤ笑いが止まらなかった。