18.リリィ先生の過去
リリィ先生が、馬で俺の近くまでくると、かっこ良く馬を下りる。
「待たせたわね…責任の半分を果たしに来たわよ」
「リリィ先生、こんな不毛の大地に、わざわざ死にに来るような真似なんて、俺は望んでませんよ!」
「落ち着きなさい、私も別に死ぬ気なんてないわ。だけど、その前に、私の罪を告白しなければならないの」
「リリィ先生の罪って…何も悪い事なんてしてないでしょう、むしろ俺を守ろうとしてくれた!」
「聞きなさい、私はセドリックを王家の影として監視し続けていたの。その目的は『虚数』やそれに至るための『負の数』を知っている者の監視と行動制限。伯爵家以下だと、割と日本からの転生者が産まれやすいのよ?だから中位以下の貴族は実質王家の監視対象」
「転生者…って言い回し、もしかしてリリィ先生も?」
「ええ、特に男爵家はよく転生者が産まれるのよね、マルセーネ男爵家も同じ。そして、五歳の時に受けた学力認定試験、覚えてる?あれ、まさに王家が転生者をあぶり出すためのものなのよ」
「そんな、じゃあ俺の試験結果もヤバかったのでは」
「ごめんね、勝手に答案にそれっぽい答えを書いて、セドリックを『ギフテッドの可能性が高い』って報告したのよ。ギフテッドの可能性があれば、私は生涯に近いレベルで監視員という立場を確保できる。だから、セドリックをギフテッドに仕立て上げて、私はセドリックを利用していたのよ」
「利用って…なぜ転生者として報告しなかったんですか?」
「転生者と分かったら、グンマー王国の要である『とある場所』に連れて行かれる。そこで、その『とある場所』の鍵となる『問題』に敢えて誤答しなければならないの。一度でも誤答した者は、二度と再挑戦できない仕組みなのよね…だけど、それでも幼い私は誤答をして、王家の影として生き延びることしかできなかった…それが、セドリックを転生者として報告しなかった理由ね、私が『この世界』を脱出するために」
リリィ先生の過酷な人生に胸を打たれる、利用したと言ってるけど、むしろ俺を守ってくれている。
「トイレ開発は、まさにギフテッドとしての説得力を、これ以上なく高めてくれたわ。学聖ともなれば、もはや転生者と分かっても、王家の影になる可能性はなくなる。だけど、負の数をほのめかすセドリックを見る度に迷ったわ。本当にセドリックを使って、自分の目的を達する事への罪悪感。セドリックが幸せだったなら、こんな事に巻き込んではいけないと」
「でも、俺は勝手に負の数論文を発表し、こんな事になってしまった」
「セドリックなら『虚数』を知ってるでしょうから、簡単に説明するわね。ここグンマー王国は、日本の群馬県がとある天才の手によって、虚数空間に独立した場所なの。虚数空間から日本にアクセスする方法は王家の独占、その独占を守るための『虚数』とそれに迫りうる『負の数』の徹底的な弾圧なのよ。それこそ数学者を神学者のごとく仕立て上げ、数学大全をバイブルの如く扱うようにしてまで」
凄まじい話だ…
「そして、私は単独ではもはや『とある場所』の鍵は開けない…だけど、まだ『問題』に答えをしていないセドリックなら、日本へのアクセスの鍵を開けられる。これが、私の罪であり、責任よ。せめて私たちが死なないために、日本に帰りましょう…」
こんな不毛の荒野にいても死ぬだけだ、俺は力強く頷き『とある場所』に二人乗りの馬で向かう。
乗馬なんてしたことがないから、思いっきりリリィ先生に抱きついて乗ったことはここだけの秘密だ。