16.学会およびアカデミーからの追放
「それでは、セドリック・トイレ学聖の論文発表です!」
負の数論文の写しを、数学者達に配られると…ごく僅かの人は読み進めるが、多くの人は最初のページで顔をしかめる。
「これは異端思想ではないか!」
「まさに、これは『数学大全』に対する冒涜である!」
「ゼロより小さな数値など、認められるはずがないのだ!」
非難囂々である、まるで『数学大全』が彼らのバイブルかのようだ。しかし異端思想って…
「いえ、この考えを利用すれば、例えば所持金と借金を統一して扱えますし、地上と地下の距離にも…」
「数学は、そんな大衆のための道具ではない!」
「しかり、これは大問題であるな…これはトイレ学聖の深刻な異端疑惑である」
「まずは、学会からの追放は最低限必要でしょう」
この言葉に、その場の全員が拍手をしている。
一体何だこれは…これが学者の実態なのか?日本の大学を知っていると、到底信じられない…
「残念だよ、トイレ学聖。分数の教育の手腕はあれほど優れていたのに…異端思想の持ち主となると、あの教育も弾圧されるであろう」
「セドリック・トイレ学聖、学会追放が満場一致で可決されたので、ご退場を」
もはや俺は顔面蒼白だっただろう、学会の会場を追い出されアカデミーに戻ると、既にアカデミー学長にも話が通っていたらしい。
「セドリック・トイレ学聖…まあ、学聖と呼ぶのもこれが最後になりましょう。残念ながら異端の者をアカデミーに置いておくわけにはいきません、早速、退去してください。明日まで居座るようなら、不法侵入としての罪に問われると覚悟してください」
あまりの扱いに顔面を蒼白にしながら、もはや今日限りの自分の研究室に戻る。
「はは…リリィ先生、俺が異端だって…学会どころかアカデミーを追放になっちゃった。今日中に出て行かなきゃならなくなったよ」
「…そう、さすがに実家に戻るのも気まずいでしょうから、私の家に来る?」
「いいんですか?」
「いえ、いいのよ。責任の半分は私にもあるのだから…」
リリィ先生に、一体何の責任があるというのだろうか…警告に従わなかったこととは思えない、あれは俺の決定だったのだ、責任は全て俺にある。
そうして、アカデミーから逃げるように、リリィ先生の家にお世話になることにした。