宮廷・第五皇女の厨房――皇女は痛みについて考える
宮廷の、アルケにあてがわれた区画にある厨房で、アルケは揚げ菓子をつくっていた。まぜて揚げてはちみつをかけて食べるもので、簡単につくれる、帝国伝統の菓子だ。カロスの好物なのもあって、たまにつくっていた。
「こんなものなのよね?」
「うん。僕も選考人のひとりだから、見たよ」
「あなたのほうが殿下よりもずっと歳下なのに」
「仕方ないだろ、僕は辺境伯なんだ。そうだ、イオンも、父上の名代で来ていたな」
揚げ菓子を菜箸でくるくるまわし、よそうなものをひきあげた。カロスがそれを皿にとり、はちみつをまとわせている。早速かじって、火傷していた。
スピラは、懸命な治療がうまくいき、意識をとりもどした。そのまま、宮廷で療養している。
エリミアのことは決して口にしなかったが、エリミア自身がスピラを傷付けたことを認めた。今、エリミアは、領地へ戻って幽閉されている。スピラの意向で、死を賜ることはないだろうが、おそらく大きな修道院で髪をおろすことになるだろう。
「そもそも、殿下の婚約者を決める為の儀式から、このお菓子ができたんだろうね」
「でしょうねえ。こんなに沢山の油をつかうし、はちみつだって安いものじゃない。特別なお菓子であることに間違いはないわ」
アルケは揚げあがったお菓子をさましたものを、かじった。甘くておいしい。
第一皇子の婚約者は、このようなお菓子を用いて決める。アルケもそれは知っているが、見たことはない。
要するに、占いだ。はじめに娘達が集められる段階から、何度も何度も占いが行われ、更に、成績なども考慮され、最終的に誰が選ばれるかが決まる。揚がりかただとか、揚がる順番だとかが関係あるらしい。娘達には報されないが、スピラに決まる前の段階で、占いで三人程度まで絞り込まれていたのだ。勿論、占いだけではなく、あまりにも成績が悪かったり、心根の醜い娘は落とされる。
スピラは気が優しい。唯一ひとよりも優れているといえる竪琴に支障が出るかもしれなくても、自分でつくったレースの手巾をソフィアへ贈った程だ。誰かに任せて、なにか危険なものを仕込まれたらと心配する、危機管理力もある。
最後に、第一皇子のアイオンが揚げ菓子をつくり、スピラが選ばれた。不正のしようはない。……アイオンは、優しくて穏やかなスピラが選ばれて、相当喜んでいたらしいから、アイオンの意向は幾らかはいっているかもしれないが。
溜め息を吐く。カロスがいった。
「殿下の結婚相手は、法典で決まってるから、儀式をするしかなかったんだよね」
「そう。陛下はお母さまと気があったから、スピラ嬢も天が選んだのならアイオンにいさまにぴったりの筈だって、そうおっしゃっているそうだけれどね」
占いは占いで、結果の捏造のしようはない。カロスはじめ、多くの貴族が見張っているし、どうにもできないのだ。ついでに、あまりにも成績が悪かった娘達は、当人にも報されていないが最初の段階で落ちている。スピラは頑張って、合格できるだけの勉強はしていたのだ。だから、エリミアのは邪推でしかない。
アルケは揚げ菓子を匙で切ってしまって、口へ運ぶ。
「それにしても、スピラ嬢はどうして、エリミアに変なことをいったのかしら。おばあさまに頼んだ、なんて」
「それは僕、わかるな」
「え? どうしてなの、カロス」
「スピラ嬢、エリミアに祝ってもらえると思ったんだよ、きっと。彼女、努力していたらしいからね。だって、成績も、選ばれてから一番よくなってるのは彼女なんだろ? そんなに勉強が得意じゃなくても、エリミアと同じように候補に選ばれたから、どうにか頑張ってたんだよ」
ああ、とアルケは頷く。たしかに、婚約者候補に選ばれてから、スピラは書庫にいりびたり、勉強をしていたらしい。候補に選ばれたことは苦々しく思っていたようだから、エリミアのような優秀な候補の顔に泥を塗らぬようにと、頑張っていたのか。
「お茶会とか食事会は、彼女からだが強くないから苦手だったんだろうけど、ひとりきりで痛みに呻きながらでもできる勉強はなんとか頑張ったんだ。それを、エリミアは否定した。親しいと思っていた彼女にあたまから不正だと決めつけられて、つい心にもないことをいったんだ」
「そんなものかしら」
「僕だって、特に親しい訳でもないイオンになじられても平気だけど、君から皮肉をいわれたら立ち直れないよ」
「あら、そうなの?」
「そうだよ。だから僕を傷付けるようなことはいわないで、アルケ。ずっと君を大切にするからさ」
こんなことを臆面もなくいって、なにかと噂されるカロスでも、言葉で簡単に傷付くのか。
アルケは小さく頷いた。たしかに、わたしも、カロスに酷いことをいわれたらたえられないかもしれない。
想像してみると、スピラの痛みがわかる気がした。心にもないことをいってしまった、彼女の痛みが。