宮廷・第三皇女の居室――姉達は語り合う
「でも、あれは、幾らかはわたしの気持ちですわ」
リョートは薬を、一回分だけマグへとりわけながら、そういう。マグのなかには、香味野菜のスープのような香りの薬が、ほんのちょっぴりはいっていた。
リスベットは捕まり、ブラーミャはリョートの調合した薬で意識をとりもどした。まだ体に痺れが残っているので療養中だが、しっかり薬を服んで休めば、なんとかなる。好きな紀行文や、数学の本を読んで、妹は楽しげに療養している。
マグをさしだすと、ソフィアは微笑みでそれをうけとった。リョートの薬が戻ってきて、彼女はだいぶむくみをへらしている。体をしっかり起こしておけるようになったので、だいぶ呼吸が楽だそうだ。
リョートは息を吐いて、用意されている椅子へ腰掛ける。アンドレイアスがつかうのとは違い、背凭れはなく、簡素なものだ。病の人間に薬を用意する立場で、豪華な椅子には座れない。父母から散々、いわれてきたことだ。おごってはならない、自分達は偉いと勘違いしてはならない、と。――自分達は居ないほうがいいのだ。自分達が役に立たないということは、つまり、皆が健康だということなのだから。
ソフィアは優しい目をして、薬を少し、すする。「あなたの気持ちを聴いたことは、そういえば、あまりないような気がします」
「……ブラーミャのようになりたいと思ったことは、たしかにあるんです」
朗らかで、自分よりは活発な妹。ああなりたいと思ったことは、ある。楽しげにお喋りして、幾何の問題を大切そうに解いているのなどを見ると。
「コラスィ卿が好きなのは、あなたですよ、リョート」
「……ええ」
微笑んで、リョートは頷く。それは、知っている。知っているし、今度のことでもっとはっきりした。
もともと、イオンはリョートに一目惚れして、それからすみれの温室をつくったのだ。帝国へ留学したばかりで、すみれの意味するところを知らなかったリョートが、不用意にすみれが好きだといったからだ。
すみれ以外の花も、花が好きなリョートの為に、イオンがかき集めたものだ。彼はひとあたりがよく、誰にでも丁寧な物腰だが、打ち解けようとすることはなかなかない。婚約をしたこともなかった。ハロス家の歴史もあって、誤解されがちだ。外面はいいがなにを考えているかわからない、なんて、いわれてしまう。実際は、家族にも、婚約者のリョートにも、とても優しくて、誠実なひとだ。
婚約後に、イオンがブラーミャとでかけていた、というのは、真実ではない。それはすべて、リョートだ。ブラーミャのふりででかけていた。ソフィアの薬をつくる係になって、危険の増えたリョートに、よく似たブラーミャが名前をかしてくれていただけの話だ。
たしかに、姉妹は、べたべたとひっつくことはない。でも、お互いを思い合っていない訳でもない。お互いのことが大切だ、と、周囲に喧伝しなくてはならない訳でもあるまい。
ソフィアにはわかるのだろう。元気者のアルケに厳しいことをいいつつも、でもやっぱり妹として可愛がっている、ソフィアには。すでに嫁いでいった姉達に可愛がられてきた、ソフィアには。
皇女殿下は薬を服み、ちょっと笑った。
「リスベットにも妹が居れば、わたし達の気持ちがわかったかも」
リョートはそれには、小さく頭を振った。ブラーミャも、アルケも、妹としてできすぎていることは、わかっているから。
「……それが、可愛い妹なら、そうかもしれませんね」
よい姉がよい妹をつくるのか、それともよい妹がよい姉をつくるのか。可愛らしい妹のいらっしゃるイオンさまならわかるかしら、と考えて、リョートは小さく笑った。