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皇女殿下は安楽椅子探偵  作者: 弓良 十矢 No War
学園最上位クラス殺人未遂事件
3/19

学園・社交室――姫君はこのなかに犯人が居るという






 ふんふんと鼻歌を奏でて、椅子に腰掛けた第五皇女アルケは、脚をぶらつかせていた。傍には婚約者のカロスが立っていて、こほんと咳払いする。「アルケ、行儀が悪いよ」

「だって退屈なんですもの」

 そう返し、テーブルに用意されているお菓子をつまみあげた。すみれの花の砂糖漬けだ。しゃりしゃりと嚙んで、のみくだす。

 学園の、社交室だ。それも、最上位クラスの生徒がつかっているやつである。あまり成績のよくないアルケは縁のない場所だ。今日まで見たこともなかった。

 ここに這入る許可は、特別に得ている。姉の名代だ。アルケは要らないといったのに、心配だからとカロスまでついてきている。カロスは最上位クラスだから、めずらしくもなんともないだろうに。


 銀髪ではかなげな美貌の姉と比べ、アルケは漆黒の髪とよく動く大きな目を持った、活発で健康的な少女だ。

 勉強は苦手で、直接的なものいいをするので、貴族社会ではあまり賢いとは思われていない。カロスとは幼友達で、ごく自然に婚約がなった。

 まだ十代だがすでに後を継ぎ、東の辺境伯となっているカロスはまた、アルケに負けず劣らずの直接的なものいいをする人間で、僕くらいでないとアルケとはつりあわないよ、と面と向かっていってきたのだ。いわれてみればそのような気もしたので、アルケはカロスの求婚を受け容れ、来年にも辺境伯家への嫁入りが予定されている。




 カロスが手を叩いて、めしつかいを呼び寄せた。「お茶をかえて」

「かしこまりました」

 アルケはすみれを嚙みしめながら、脚をひょいと組む。「アルケ」

「いいでしょ。まだ誰も来ていないんだし」

 アルケは溜め息を吐き、椅子の背凭れへ体を預ける。カロスがその顔を覗きこむようにした。

「気の重そうな顔だね」

「……こういうのはソフィア姉さまのお得意だもの。わたし、余計なことをいってしまいそう」

「君が余計なことをいうのはみんなしってるよ。今更怒る人間は居ないさ」

「カロス、あなたもいわずもがなのことをいうのね」

 カロスはくすくす笑って、アルケの頬に軽く口付けてからはなれた。アルケはうーんと唸る。

「ソフィアさまからなにを任されたのか、訊いてもいい?」

「もう訊いているじゃない」

「うん」

「あなたと話してると、気が楽になるんだから不思議よね」

 ふっと息を吐いて、アルケは姿勢を正した。「どうせ、これからは話なくちゃならないもの。カロス、わたしがうまく話せるか、聴いてくれる?」

 いいよ、と、カロスはふわふわ笑った。






 事の起こりは三日前だ。属領の貴族令嬢、ブラーミャが倒れ、前後不覚になった。懸命な治療がなされており、危険な状態は脱したものの、目を覚ましてはいない。

「ブラーミャは、リョートの妹だよね」

「どちらもあなたと同じクラスね」

「そう。どっちも大人しいし、ほとんど話したりはしないよ。僕今度のことが起こるまで、どっちが姉かもよくわかってなかった」

「そうなの?」

「だって彼女達、呆れるくらいにそっくりなんだぜ」

「たしかに、よく似ているけれど」

「顔も背格好も似てて、よりによって服まで同じようなものだし、髪飾りもお揃い。見分けがつかないし、ついたとしてもどちらが年長かはわからないよ」

「そうなのね」

 アルケは頷く。アルケ自身も、リョートとブラーミャの区別は、いまいちついていない。並んでいるのを見ると、同じ作家のつくった人形が二体置いてあるみたいな、変な感覚に陥るのだ。


 姉妹を思い出して、顔だけで区別をつけるのは不可能だと考えるアルケに、カロスは続ける。

「リョートはあまり喋らないから、それで区別がつく場合はあるけどね。黙ってにこにこしてるのがリョートで、ちょっとだけお喋りするのがブラーミャなんだ。声も似てるから、同じくらい喋っちゃうと、どっちがどっちだか……そうそう、ブラーミャは君みたいなとこがあるよ。彼女、旅が好きでさ。いや、帝都が苦手なのかもしれない。休みの時には遠方へ行くか、帝都を出て、競馬を見たり船遊びしたりしてる」

「イオンやリョートも一緒に、でしょう?」

「ああ、まあね。イオンとふたりってこともあるけど。ああそうだ、彼女いつも、昼食はあまりとらない」

「あら、小食な令嬢なんてめずらしくもないでしょう?」

「彼女は特に食べないんだ。偏食だしね。彼女がハムを食べるのを見たことはないな。脂っこいのが苦手なんだそうだよ」

「ああ……それはねえ……うーん……」

「リョートはずっと、イオンが傍に居るしね。学園に居る間は、イオンは彼女とはなれようとしないんだ。宮廷には流石に、イオンもそう何度もおしかけることはしてないようだけど」

「……あなたって、イオンが苦手だった?」

「一遍、あの目で睨まれてみなよ、アルケ」カロスはぞっとしたみたいに、ぶるぶるっと震えた。「首を絞められているみたいな心地がするから」

 アルケは肩をすくめる。さいわい、イオンに睨まれたことは一度もない。イオンは女性に対しては常に紳士的で、無礼を働くことはない。アルケも、礼を尽くした対応しかされてこなかった。




 ブラーミャは検査の結果、毒を盛られたことがわかった。たいしてかわった毒でもなく、野山に自生している毒草からつくられた粗雑なものだ。草を摘んできて、切り刻んで搾り、鍋で一煮立ちさせればできあがり、という代物である。

「誰でもつくれるようなものなの?」

「わたしでもつくれるって、ソフィア姉さまがいってた」

「じゃあ器用な人間にしかつくれないじゃないか」

「まあ、カロスにはできないわね」

 カロスは成績優秀だし、武芸にも秀でているが、絵や詩文の才はなかった。手先が絶望的に不器用なのだ。そもそも、帝国の男児は、階級が高くなるにつれ手仕事とは無縁になる。食事の際に食器を扱えれば充分、という認識だ。

 アルケは勉強こそ苦手だが、料理という趣味があり、それは料理人顔負けの腕である。かなり手先が器用で、縫いものなども玄人はだしだった。


 簡単につくれる毒で、毒性はさほどではない。だが、継続的に摂取すれば、ブラーミャのように倒れて前後不覚になる。

「倒れるまで、気付かない訳?」

「口からおなかへいれるか、傷なんかにしみこむかして、体にはいった直後に、頭痛が起こったり、だるくて起き上がれなくなったりするそうだけど、女性の不調と似た症状でしょう? だからやりすごしてしまうのですって」

「父さんは仕事をしてると頭の痛いのが治らないって、僕に位をおしつけてきたよ」

「あらあら、訂正するわ。男性でも頭痛は起こるわね」

「ごめん、話の腰を折った」

「いいえ。傷からはいった場合は、傷に毒が染みついて、色がかわるから、それで気付くことはあるようね。傷が化膿してしまって、腕や脚を落としたひとも居るらしいわ。といっても、それは毒を盛られた人間じゃなく、他人を害そうと考えて毒をつくっていた人間の話。傷があるのに不用意に毒を触って、そんな目に遭ったの」

 カロスはちょっと眉を寄せ、肩をすくめるようにした。「それって自業自得っていうんじゃないか?」

 アルケはそれには答えない。組んでいた脚を解き、楽な姿勢をとる。

「摂取してしばらくすると、何事もなかったみたいに楽になるそうよ。でも、毒が体にたまり続けるの。匂いも味も、そんなにしないらしいし……」

「ふうん。あ、そういやあ、ブラーミャ、たまに頭痛がするっていって、午后の授業に出てこなかったな。出てこないのに試験ではいつも満点だから、一体全体彼女の頭のなかはどうなってるんだろうって不思議に思ってたよ」

「それはいつ頃の話?」

「この半年くらいだね。去年の夏休みが終わってからだから」

「そう……」

 アルケは頷く。ソフィアから聴いた話とも、カロスの証言は一致している。






 ブラーミャが毒で倒れたことで、疑われたのはふたり。

 まず、「毒」のイメージがついているハロス家の嫡男、イオン。

 ブラーミャはイオンの婚約者の妹で、イオンとも交流があった。三人で船遊びなどに出かけてもいたらしい。

 ブラーミャは姉のリョートとそっくりだが、姉よりかは明るくてとっつきやすい性格をしている。三人ででかけても、リョートは黙り込んでいて、ブラーミャとイオンが話していることが多かったらしい。

 最近では、ブラーミャとイオンが一緒に行動している場面も、多く見られていた。リョートはソフィアの薬の為に、学業以外の時間は宮廷に縛り付けられていて、イオンとは学園でしか顔を合わせないような状態が長く続いている。ソフィアの薬をつくっているというので、リョートも決して、安全ではないのだ。リョートを脅してソフィアになにかしようとする人間が居るかもしれないし、リョートを殺せばソフィアの病が治らないと考える人間も居るかもしれない。現に、リョートが捕まった所為で、ソフィアの病状は悪くなっているし。


 イオンが妹のほうにも手を出し、面倒になって殺そうとした、と、お調べに関わっている者のなかでは、そんな話になっているらしい。

「あのイオンが?」

「あのイオンが」

 カロスは肩をすくめ、アルケはそれを真似する。婚約者殿は自分が真似されたというのに、くすくす笑ってくれた。カロスのこの、底抜けに明るいのは、()()()得がたい特性だわ。




 疑われたもうひとりは、リョートだ。

 ブラーミャの姉で、皇女殿下の薬をつくるほどの知識がある。薬の知識があるというのは、毒の知識があるというのと同義だ。リョートなら、毒をつくって妹に盛るくらい、お手のものだったろう。姉妹で同じ邸に滞在している訳だし、難しくはない。

 ブラーミャはリョートにそっくりだが、性格は少しだけ違う。心配しすぎるきらいのあるリョートに比べ、朗らかで、くよくよするところはない。かといって、おてんばというのでもない。

 同じ顔ならばブラーミャのような明るい子のほうがいい、と、イオンがブラーミャにのりかえようとして、リョートはそれに気付き、妹を排除しようとした……というのが、やはりお調べに関わっている人間達からでた推測である。実際、イオンはブラーミャだけを、芝居見物などに誘ったことがあるし、ブラーミャだけをご自慢の温室へつれていったこともある。ブラーミャがそれを断らないのは、姉に成り代わろうとしているからだ、という者もあれば、ただ単に未来の義兄と親しくしておきたいだけだ、という者もある。イオンが姉妹どちらもものにしようとしている、という意見もあったが。

「あのイオンが?」

「あのイオンが」

 カロスは今度は、鼻を鳴らした。アルケはそれは、真似しない。

 鏡で映したようにそっくりな姉妹だから、明るい妹のほうを選んだのだと思いたくなる気持ちは、アルケもわからないではない。だが、その推理には無理がある。




 ともかく、疑われたのは、ブラーミャの近くに居て、いつでも毒を盛れそうな、おまけに「毒」と縁が深いふたりだ。

 しかし、実行できた人間ならば、ほかにも居る。

 最上位クラスの者達だ。男子でトップのイオンとカロスを筆頭に、ブラーミャを除いて九人居る。


 男子はイオンとカロス以外にふたり、公爵令息のストラテーゴスと、属領出身のミル。どちらも大変見目麗しい貴公子だが、今は婚約はしていない。


 ストラテーゴスは以前、良家の令嬢と婚約していたのだが、解消を申し出て破談になっている。高くない見舞金を支払ってそうしたそうだから、「女に興味がないのだろう」という噂になった。もしかしたらイオンと「親しい」のではないかと疑われている。イオンと一緒に居るブラーミャに嫉妬したのでは、と。


 ミルはブラーミャと数回、競馬見物へ行ったことがある。ブラーミャに秋波を送っているふうなのだが、うまくいってはいなかった。袖にされて、その腹いせで毒を盛る可能性はある。


 女子は、リョートとブラーミャを除いて四人。

 伯爵令嬢のプシュケーは、生まれついて目が悪く、光と色がわかる程度の視力しかない。最上位クラスに編成されるくらい賢いし、女神のような美人なのだが、視力を理由に婚約は一度もうまくいっていなかった。誰しもが尻込みしているのだ。

 目が悪いといっても、完全に見えない訳ではない。プシュケーは料理もできるので、あの程度の毒ならば簡単につくれる。

 身近に居て年齢でもつりあいがとれているミルと、ブラーミャが婚約しそうになり、それへの嫉妬で行動することはありうる、と、周囲は見ている。


 子爵令嬢で、第三皇子エリュトロンの婚約者であるガラは、母親がリョート達と同郷だ。もし、結婚を控えているガラにとって不都合なことをブラーミャが知っていたら、殺そうとする理由にはなる。三男といえ、皇帝になる可能性の高い皇子との結婚だ。潰されるのは絶対にいやだろう。

 ガラは、女らしくなく無口なのはいいが、気性が荒い、という評判だ。女だてらに剣術や馬術をしていて、生傷が絶えない。男のように好戦的だから、不都合なことを男宜しく()()()()()とするのは、不自然ではない。


 属国の王女であるリスベット、また別の国の王女のソルダは、どちらも機会はある。

 例の毒は、よほど不器用な人間ででもない限り、つくろうと思えばつくれるものだ。材料もその辺に自生している。ちょっと遠乗りだの船遊びだのと、自然の多いところにでかければ、手にはいる。学園内に繁茂しているのが見付かって、大慌てで駆除されたこともある程だった。

 年齢でいえば婚約どころか結婚していてもおかしくないのに、リスベットもソルダも独り身で、婚約者も居ない。

 帝国へ留学する目的は、帝国貴族や皇族との結婚、という女性達は、少なくなかった。ふたりがその目的でやってきて、なんらかの理由でブラーミャが邪魔になって殺そうとした、というのは、まあありえなくはない線だ。現に、リスベットは以前、イオンとの縁談が一時持ち上がってすぐに消えたし、ソルダはストラテーゴスと婚約していた。見舞金をもらって婚約を解消した令嬢というのは、ソルダである。

 イオンはいろいろと好ましくない噂はあるし、口さがない者達がややこしいことをいっているが、家柄は素晴らしいし、学園でも常に最上位のクラスに居る。結婚相手としては最高だろう。イオンの周囲の令嬢を排除しようと考えたのかもしれない。






 カロスは疲れたみたいに、欠伸をする。

「実際のとこ、ブラーミャが毒を盛られた経路はわかってるの」

「わかってるわ。だから、あなた達が疑われているのよ、カロス。最上位クラスの昼食に出されるクラレットに、毒がまぜられていたの」

 アルケはお茶のポットの隣にある、水のはいったジャグを示した。

「あれって、こういう、ジャグにいれてあるでしょ。お水でうすめて。そのジャグって、誰がどれをつかうかは決まっているのよね、最上位クラスでは」

「ああ。成績順だから、誰がどれかはすぐにわかる。僕とイオンはいつでも、給仕を混乱させているけど。男子の一番は、くるくるいれかわるからさ」

 最上位クラスは午前の授業のあと、この社交室で食事をとる。席は、それぞれの家格などを考慮して決められているが、繊細なガラス製のジャグは、成績に応じて配られるのだ。


 ジャグは全部で(とお)しかなく、最上位クラスの人間の数も十人と定められている。ジャグが(とお)だから人数も十人なのか、十人にすると決めてジャグがそれだけ用意されたのか、誰も知らない。

 ジャグは見る者が見れば骨董的な価値があるそうで、アルケにはわからない理由で一から十の番号が振られている。一番がもっとも価値が高く、数字が大きくなるごとに価値は下がっていく。といっても、十番でも、学園から持ち出し禁止になっているくらいには価値があった。

 ブラーミャが倒れた日、まだ洗う前だった食器がすべて調べられ、ジャグの五番に、毒が投入された痕跡が認められた。


 男児が成績順にジャグをとり、終わったら残りを女児がとる、というのが、伝統的な順番だ。

 食事は用意されてからしばらく社交室に置いてあるし、はやくにやってきてジャグに毒をとくくらい、最上位クラスの人間ならば誰でもできる。めしつかいだって四六時中食事を見張っている訳でもないし、生徒の出入りは誰も気にしていない。毒をといてでていき、素知らぬ顔でまたやってくればいい。誰も気付くまい。

 しかも、女子の成績はほとんどが固定された状態だった。ブラーミャが一番で、次がリョート、三番手がプシュケーかリスベット。ガラとソルダのふたりは、それよりもだいぶ下の成績だ。ソフィアが居た頃には、ソルダかガラは二番手のクラスだった。クラスは三月(みつき)ごとに編成されるので、ソルダとガラはその時期、何度も最上位クラスと二番手クラスを行き来していた訳だ。勉強よりも芸術活動を優先しているソルダが二番手のクラスに居ることが多かったらしい。

 男子はイオン、カロス、ストラテーゴス、ミルの四人だから、女子の成績一番は、第五のジャグをつかうことになる。そのジャグに毒をいれておけば、ブラーミャがそれを()んでくれる。男女関係なく成績順なら、変動が激しいかもしれないが、どれだけ成績がよくても女子は男子よりも前にジャグを配られることはない。

 しかも、水でうすめてあるといっても、ジャグの中身はクラレットだ。色がついている。毒がはいってもなかなか気付かれない。もともと味も匂いもそんなにしない毒だそうだから、気付かずに()んでしまうのは当然だ。

 カロスの話によれば、ブラーミャはたまに、頭痛を理由に午后の授業を休んでいたという。毒が昼食にまざっていたのは、ほぼ間違いない。




「給仕や、料理人は? 調べたのかい」

「勿論よ。怪しい者はなかったわ。動機もないし、基本的に給仕は数人ひと組で動いているから、なにかしようとすれば一緒に働いている人間の目にとまる。料理人も同じで、彼らは自分で毒味をしなくてはならないから。すべてのお皿とジャグから、少しずつ口にするのよ」

「じゃ、症状の程度は軽くても、ブラーミャみたいに頭痛がするとか吐き気がするとか、そういうふうになってる料理人が犯人だってことか」

「それだけじゃないわ。あの毒を()んでいるか、簡単にしらべられるの。髪の毛でね。ほんの一本ぬけば、それで検査できるの」

「へえ、便利なものだ」

「でも、それで反応が出た料理人はいない。だから、厨をでて、社交室にはこびこまれたあとで毒がまぜられたと考えるのが、一番しっくりくるの」

「成程ね」

 カロスは顎に手をやり、うーんと唸った。アルケはお茶をすすり、すみれの砂糖漬けをかじる。「うん、僕にもなんとなくわかってきたぞ。つまり、僕とイオンと、リョートとブラーミャ以外の誰かが犯人だ。六人に絞れたよ」

「あなたと話してると頭がすっきりしてくるから、ほんとに不思議」

 アルケは大きく息を吐く。「わたしもこの辺りでわかったんだけど、ソフィア姉さまはブラーミャが殺されそうになったってだけで、もうあたりをつけてたの。ま、あのかたは少し前まで最上位クラスに居て、人間関係をご存じだから、わたしよりも分があったってことだけど」

「負けず嫌いの君は可愛いよ、アルケ」

 にっこり笑っていわれたのに、アルケは肩をすくめる。カロスはこういうのを臆面もなくいうから、周囲で聴いている人間にはぎょっとされるが、アルケは慣れていた。なにしろ、四歳の頃からの付き合いだ。

 カロスはひょいと、指を立てた。

「成程、僕もわかった。十足す一は十一だ。だろ、アルケ?」

 アルケは婚約者殿に、片目を瞑ってみせた。






 社交室に最上位クラスの面々がやってきたのは、丁度、お昼の鐘が鳴る頃だった。

 おなかもすいてきたし、眠たい。アルケは欠伸をする。「まあアルケ、大きな口ですこと」

 一番最初に這入ってきたガラが、小さくいって、呆れたみたいに目をぐるりとさせる。アルケはそれへ、笑みを向けた。ガラは面食らったみたいに目をぱちぱちさせ、顔を背ける。この、将来の兄嫁と、アルケはあまり相性がよくなかった。

 続いて、リスベットとソルダが、プシュケーの腕をとってやってくる。ソルダは左手に包帯をまいていた。彼女はよく手を怪我している。

 プシュケーは最近、また視力が落ちたそうで、クラスメイトの手を借りていることが多い。おまけに、学舎の修繕工事中で、そこここに道具が置かれていて、彼女にとってはかなり危険な状態になっていた。

 プシュケーは丁寧に、お辞儀をした。目が悪く、ものを触ってそれがなにかをたしかめることの多いプシュケーは、綺麗な手をさらしている。手袋をつけているご令嬢も多いなか、彼女はいつも素手だった。

「ごきげんよう、皇女殿下」

「ごきげんよう」

 アルケは適当に挨拶し、手をひらひらと振った。


 ストラテーゴスとミルがやってきて、アルケに丁寧な挨拶をする。その直後、取り調べをうけている筈のリョートとイオンが、腕を組んでやってきた。傍にはアンドレイアスと、官吏も居る。

 顔色の悪いリョートがあらわれたことに、カロスを除く最上位クラスのメンバーは、驚いた様子だった。ガラがアンドレイアスへいう。「卿、お調べをうけているひとをつれてきてもいいのですか?」

「問題ない。ソフィアの指示だ」

 ガラは口を噤み、アルケを振り向いた。アルケは肩をすくめる。

「ソフィア殿下の命令で、殿下のかわりにわたくしが皆さんにお話をすることになりました。率直にいいますが、ブラーミャに毒を盛った人間がこの場に居ます」






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