学園・最上位クラス教室――皇女殿下は項垂れる
最上位級生が、兵士や捕吏に促されて、やってきた。
ストラテーゴスとプシュケーは、腕を組んでいる。ミナとガラも、手をとりあっていた。ミルは顔色が悪く、しきりと咳込んでいる。
カロスとソルダは勿論居ない。
殺されたリョートも、その喪に服しているイオンとブラーミャも。
アルケはいつもより、幾らか低い声を出した。
「ソルダは犯人ではありません」
ストラテーゴスがさっと血の気を失った。プシュケーが喘ぐようにいう。「殿下、違います、ストラテーゴスさまは」
「少し静かにしていて」
アルケは穏やかだけれど有無をいわせぬ調子でいい、並んで立つ五人を睨む。
「わたしは、動機だけはわからないでいるの。それを聴きたい。ここに来られるひとに来てもらったのは、わたしのわがままです。この級でもめごとがあったのが原因だとしたら、全員が知るべきだと思ったから」
アルケは息を吐く。「この苦しみをあなた達にもおしつけたい」
その言葉には、気持ちがこもっている。
「ガラは犯人ではありません」
ガラがびくりと震えた。アルケはそれを、じっと見る。
「彼女は怪我をしていた。だから無理です」
「殿下……」
「プシュケーとミナはずっと一緒でしたから、やはりどちらも違います。同じ理由で、イオンとブラーミャもそう。動機の話はしません。わからないから。消去法というやつですね」
アルケは髪を耳にかけ、ストラテーゴスを見る。
「ストラテーゴスにも不可能です。ソルダに毒を服ませる方法が、彼にはない」
ストラテーゴスが、あからさまにほっとした。プシュケーもだ。
だが、全員が、次の瞬間びくりと震えた。「え……?」
「では……」
「ねえ、何故なのか教えてもらえる? ミル」
ミルは項垂れ、返事をしない。
アルケはじっと、ミルを見ている。
ミルは項垂れたまま、いった。
「殿下、俺は書庫に居ました。そこで居眠りして」
「書庫に居た、というのは、嘘ではないんでしょう。あなたが居たのは、大きいほうの書庫」
ミルが顔をあげる。
緑の瞳が、きつくアルケを睨んでいる。
「簡単なことです。あなたは書庫の窓から中庭へと降りていった。そこでソルダに毒をのませ、カロスを殴り、また書庫へ戻った」
「違います。俺は書庫でノートをまとめるつもりで、居眠りしていた」
「あなたはソルダとカロスにいったんでしょう。休み時間に、中庭で会おうと。カロスになんといったのかはわかりませんが、ソルダには恋愛感情を持ちだせばいい。彼女になにか大事な話があるように匂わせれば、当然ひとりで来たでしょうね。自分は渡り廊下のほうから這入るから、とでもいえば、疑問にも思わない。お互い婚約者の居ない男女です。ふたりで会いたいと、憎からず思っている相手からいわれたら、断らない」
ミルは下唇を嚙む。
アルケはそれから、目をはなさない。
「あなたはソルダに口付けたんでしょう。毒を口に含んで。彼女はそれを受け容れ、毒で倒れた。あなたは解毒剤を服んだから、なんともなかった」
「ばかな。頭を殴られて倒れた人間が居る場所で、暢気に口付けなんて」
「そう。だから順番が反対なのです。ソルダが先に倒れていて、そこにカロスが来た」
生徒達がはっと息をのみ、ミルはきつく下唇を嚙んだ。顔色はあきらかに悪くなっている。額に汗がういていた。
「毒は、息が詰まるもので、血を吐いたり、見た目に激しい変化が起こったりするものではない。花時計に横たわるソルダは、眠っているように見えたのでしょう。カロスは疑問を持たず、あなたに近寄り、木剣で殴られた」
「違う」
「でもこの順番なら、カロスが助かった説明がつくの。幾らリョートが回復魔法をつかえるからといっても、誰でも助けられる訳じゃない。ソルダは見付かった直後にきちんとした処置をうけているのに、まだ予断を許さない。ソルダが毒を服む前に頭を殴られているカロスは、おそらくもう心配ないとまでいわれている。これは矛盾です。でも、ソルダが毒を服むのが先だったと考えれば、不自然じゃなくなる」
「なら、俺じゃなく、ストラテーゴスでも」
「ストラテーゴスにはプシュケーが居る。プシュケーとソルダは親しくしているの。ソルダがストラテーゴスの口付けを受け容れるとは思えない。それに、あなたはリョートに治療してもらうくらい、具合が悪そうだったとか。毒が少し残っていたのでは?」
ミルは口をぱくつかせた。
アルケはそれを見詰めている。
「あなたは書庫へ戻り、こっそりでていった。ストラテーゴスが毎日、花時計まで花を摘みに来るから、見付かるのは時間の問題です。この棟の書庫へ隠れたあなたは、時間をおいて教室へ戻り、誰も居ないのでふたりが見付かったのだと考えて、木剣を手に中庭へ出た」
「ちがう」
「では、ストラテーゴスがなんと叫んだか、いってみて」
「それは……きちんと聴こえた訳じゃないから、覚えていません」
「まったく聴いていないの間違いでは? とにかくあなたしかいないの。リョートのことだって、あなたにならできた」
「は……」
「ストラテーゴスは拘束されていたから無理。プシュケーとミナも、家族が邸にとじこめていたからできなかった。ブラーミャはカロスの治療を手伝ってくれていたわ。イオンはソルダの毒をどうにかする為に、文献を集めて宮廷へ届けてくれた。あなたは忘れものをとりに来ていたそうね。その忘れものって、書庫の窓に残った痕なのじゃない」
ミルは顔面蒼白で、かすかに震えている。
「リョートはそこに居たんでしょう。あなたが窓から出入りした証拠を、彼女は見付けてしまった。それがなんなのかは、今となってはわからない。あなたがリョートの首に紐をかけ、窓から突き落として殺したあと、彼女を黐につるしてから、書庫を荒らしたから」
アンドレイアスは詰めていた息を吐く。窓から吊り下げられたから、リョートの体には幾つも打ち身があったのか。
「リョートを殺したのは突発的な犯行だったのでしょう。だから、首つりに見せかけたのに、踏み台を用意していなかった。多分、カロス達を襲った時に、窓から出入りするのにつかった紐を、書庫に置いていたのね。カロス達を見付けた直後に紐を持っていたら、怪しまれるもの。それで、リョートを殺した」
アルケは目を瞑り、開く。
「あなたの髪の毛を一本もらえる? ソルダが服んだ毒は、髪の毛で検査できるのだそうよ。あなたが毒を服んだか、すぐにわかる」
しばらく喘いだあと、ミルは笑みをうかべた。
「ああ、だからいやだったんだ。殿下、あなたは頭がよすぎる」
皆が、ミルから距離をとった。
ミルは髪をかきあげ、小さく、数回頷く。
「リョートには申し訳ないと思っています。でも、ソルダが彼女に話をしていたらしいから、帳の傍に隠していた紐を見付けられなくても、殺すしかなかったんだろうな」
「ソルダがなにを話していたの」
「俺と婚約するかもってことですよ。リョートはいっていたんです。ソルダが無理に毒をのまされたとは考えにくいけれど、あなたの口付けなら受け容れたのではないの、あなたとのことはソルダから聴いているわ、って。誰にも話さないでといっていたのに」
「ミル」ストラテーゴスが泣くような声を出す。「何故だ? 何故こんなことを!?」
「ストラテーゴス、わからないだろうな、君のような毛並みのいい人間には」
ミルは憐れむように、親友のストラテーゴスを見ている。「俺は属領出身で、貴族といったって吹けば飛ぶようなものだ。いい縁談を望むのは当然だろう。アルケ殿下とは年齢のつりあいもとれているし、俺は最上位級にはいれた。皇女殿下と結婚したいと望んでも、おかしくないとは思わないか。カロスを邪魔に感じても、おかしくないと」
「そんなくだらないことで!」
ガラが喚いたが、ミルはそれに負けない声を出した。
「くだらないだって!? やはり帝国貴族のご令嬢はいうことが違うな、ガラ。皇女と結婚できるかどうかがくだらないことだなんて、いわれたくないね! 俺は邦の……」
ミルは奇妙な表情をうかべ、口を噤んだ。
アルケがなにかいおうとした時だった。
教室の扉がすっと開いて、滑るように這入ってきたイオンが、ミルにぶつかった。
ミルが倒れ、イオンがそれを見下ろす。
「僕のたったひとりの愛するひとを、リョートを、よくもそんなくだらない理由で……」
ミルは腹部から血を流していた。
ミナがけたたましい悲鳴をあげ、兵士達がイオンをとりおさえようとする。イオンは兵士達をおしのけ、窓から中庭へと出ていった。ストラテーゴスがミルに駈け寄り、傷口をおさえる。「ミル! ミル! 誰か医師を! 医務室へ行ってくれ!」
アルケはその場に座り込み、項垂れた。




