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学園・最上位クラス教室――皇女殿下は無理をする






 学園の最上位(クラス)教室、椅子に腰掛けたソフィアは、なんとか体を起こしているようだった。上体は奇妙に傾ぎ、呼吸は浅い。ゆったりした古風なドレスを身にまとっているのは、胴着(ボディス)でしめつけるとむくみが酷くなるからだ。銀の髪にはつやがなく、肌はかさついている。やわらかい布靴は、まともに歩けるような代物ではないが、しめつければむくむ彼女には、今のところそれが一番だった。


 アンドレイアスは、婚約者の彼女を支えるように、隣に座っている。彼女が学園に来たのは、数ヶ月ぶりだ。こんな理由で学園へ来ることになるなんて、誰も思っていなかった。「ソフィア、無理をするな。戻ろう」

「いいえ。きっとすぐに終わりますから」

 ソフィアはそういって、溜め息を吐く。

 彼女は妹を見ていた。中庭への窓の傍に立ち、まっかに泣きはらした目で、宙を睨んでいるアルケを。

 アルケはリョートが死んだ日から、まともに口をきかない。




 カロスが頭を殴られ、ソルダが毒で前後不覚になった翌日遅く、リョートが居なくなったと騒ぎが起こった。宮廷内、それから学園を、兵士達が調べ、学園の最上位(クラス)の中庭に、彼女を見付けた。

 リョートは黐にぶらさがっていた。首に細い縄がかかっており、それでつりさげられていたのだ。彼女の体は軽く、頼りない黐でも充分に支えられていた。

 彼女の意思ではない、と、遺体を調べた医師達は考えている。体に幾つか、打ち付けたような痕があった。おそらく頭を殴られ、吊されたのだ。そもそも、踏み台がなかった。幾らなんでも、踏み台もなしでそんな芸当はできない。

 リョートの遺体は、医師達の詳細な検分をうけた後、防腐処置を施され、邸へ戻った。

 婚約者で、式の日取りも決まっていた、あと数日で彼女と夫婦になる筈だったイオンは、リョートの遺体が安置された部屋の前から動かない。魂がぬけたように、表情もなく、まわりの呼びかけに反応もせず、じっと部屋の扉を見ているらしい。

 リョートの遺体は、手続きが終われば、故郷へ運ばれる。ブラーミャが更に精度の高い防腐処置を施したと、アンドレイアスは聴いている。ブラーミャは気丈にしていたが、今朝がた倒れ、眠り込んでいる。






 アンドレイアスは、息を吐く。学園は安全なところだと思っていた。だが、ブラーミャが毒を盛られ、そうでもないのかもしれないと考えをあらためた。そして、これだ。リョートが殺された。

 大人しく、控え目で、イオンと深く愛しあっていたリョートが。

 ひとから恨まれるなど、考えられない、善良なリョートが。






「――ねえさま」

「ええ」

 アルケは腫れぼったい目を、こちらへ向ける。きちんと眠っていない、とも聴いていた。アルケはよなかに何度も、叫んで飛び起きる。彼女は口にしないけれど、悪い夢を見ているのだろう。

「もう一度、整理したい。アンドレイアスさまはすぐにかけつけたうちのひとりでしょう? 話して」

 いつもよりも穏やかで、静かな声だ。だが、有無をいわせぬ圧力を感じる。アンドレイアスは頷いて、喋りはじめた。リョートが死んだ前日のことを。




「俺がかけつけたのは、ガラの声が聴こえたからだ。あの中庭は、書庫の窓から見えるだろう」

 書庫は、日の光で本が傷まないように、窓の数が少ない。また、窓から光がさしこむ範囲には書棚を設けず、テーブルや椅子が置かれ、作業できるようになっている。また、(カーテン)を閉めれば、昼間でもくらい。なにしろ書庫は、昼間でも燭台を点している。

 普段、窓は開いているが、帳はしまっている、ということが多い。窓が開いているのは、空気をいれかえる為だ。湿気がたまりやすいのである。帳は特殊な布でできていて、光のなかでも本が傷むものを特に遮っているという。帳さえしておけば大丈夫なので、窓は開いているが帳はしめている、ということが多い。

「窓を開けて、帳も開けていれば、声は届く。その時は窓を開けていたが、帳はしめていた。ガラの声がしたように思って、帳の向こうへ顔を出して下を見たら、本当に彼女が居たんだ。カロスとソルダが怪我をしているといっていた。すぐに医師を呼んでほしいと」

 ガラは息を切らし、ドレスの裾を破いていた。灌木でやってしまったのだろう。アンドレイアスが帳を幾らか動かしたので、ガラの声が聴こえたのか、すぐ傍の帳が開いて、数人、生徒が顔を出した。

「俺は武術の稽古で怪我人を見ているし、治療をしたこともある。あんな大事(おおごと)だとは思わずに、すぐに書庫を出て、最上位級の教室がある棟へ走った」

「アンドレイアスさまひとりで?」

「いや、俺以外にも数人居た。ローディナが一緒だったのはたしかだ。ついこの間、スピラ嬢のことで、ローディナの名前と顔は覚えていたからな。あと、書史がふたり。生徒数は多いし、俺は帝国の出ではない。だから、こっちの貴族の顔と名前は一致してないんだ。ローディナと書史以外は、帝国貴族だと思うが、名前までははっきりしない」


 アルケは小さく、しかし納得した様子で頷く。

 ソフィアがか細い声で補足した。

「ローディナの話だと、その時居たのはアンドレイアスさまと、名前のわからない男の書史がふたり、それから子爵家の次男オクトー、許可を得て絵画の本を閲覧していたアルベロ殿下、伯爵家の女相続人のディス。それと、最上位級の教室前で、渡り廊下のほうから走ってきた、男爵家のオルケーシスも一緒になったそうです。オルケーシスは渡り廊下に居て、ガラが助けを呼ぶ声が断片的に聴こえたので、なんぞあったかと思って来たそうです。四人とも、アンドレイアスさまとは同じ(クラス)になったことはありません」

 書庫は、本の管理の関係上、縦横の比率がほぼ同じの十字に近い形状をしている。それが、教室のある棟と、二箇所だけ廊下でつながっているのだが、書庫内に階段もあるし、書庫から外への出入り口もある。廊下でつながっているといっても、ほとんど独立したような建物だ。

 基本的には学園に在籍している生徒の利用する場所だが、申請すれば這入ることができた。卒業生なら、申請も簡単だ。


 最上位級のある棟には、教室と社交室、最上位級だけがつかえる小さな書庫があるが、その書庫はあまり品揃えがよくはなく、どちらかというと静かに勉強する為の場所だ。なので、ひとりがそこに居ると、ほかの生徒はあえてつかおうとはしない。

 また、最上位級生の為の(くりや)もあった。その(クラス)用のジャグが特別なものなので、それを扱う厨も特別なのだ。

 その棟と渡り廊下を隔てて割合近くに、ひとつ下の級、そのまたひとつ下の級の教室もあった。といっても、最上位級とはきっちり区別されており、授業内容も異なる為、一緒に勉学にはげむ雰囲気でもない。渡り廊下は短いが、分断は深い。ただし、渡り廊下までなら、最上位級生以外もよく訪れていた。廊下なら普通につかっても誰も文句はいわない筈なのに、最上位級教室前の廊下は、その級の生徒以外は立ちいらないのが不文律になっている。


 アルケはぱっと、アンドレイアスを見た。

「アンドレイアスさま、それからどうしたの」

「ああ。それだけの人数で教室へ行ったが、その時間は丁度、(くりや)で昼食の準備をしていたとかで、めしつかい達はあまり見なかった。中庭へ這入ると、めしつかいが三人、それから兵士が五人ほど来ていたな。その兵士達も、ガラの悲鳴で来たといっていた」

 学園には、当然だが、維持する為にめしつかいが大勢居る。掃除だってなんだって彼らがしている。そして、帝国の貴族や皇族だけでなく、他国の王族や貴族も留学してきている学園だから、兵士も常駐していた。生徒同士でなにかあるかもしれないということではなくて、高貴なひとを狙って不心得者が侵入してくるのを阻む為だ。勿論、過去に、婚約やなにかで話がこじれ、生徒同士で刃傷沙汰になったことは、ない訳ではない。それだって、兵士がいれば抑止力になった。


 アンドレイアスが中庭へ辿り着いた時にはすでに、リョートがカロスへ回復魔法をかけていて、ソルダはイオンとブラーミャで毒を吐かせていた。

 カロスとソルダの状態を見て、自分が手を出してもどうにもならないと判断し、アンドレイアスは治療を試みている人間の邪魔にならないよう努めた。一緒にそこへ行った生徒のうち、男ふたりは腕に覚えがあるようで、治療を手伝っていた。それについて、知らなかったが、ソフィアが情報を付け加えてくれる。

「オクトーは兄のミデンが医師なので、ききかじりでしたが知識がありました。オルケーシスは医学の道を志しており、半年ほどドウトールへ留学していました。そのふたりは、リョートの手伝いをした」

 ソフィアの言葉に、アンドレイアスは頷く。成程、ではあれが、そのふたりか。しかし俺には、どちらがどちらか判断つかん。


 アンドレイアスはぎゅっと目を瞑り、記憶をひっぱりだす。

 あの日の中庭。かつての花時計は踏み荒らされ、ガラとミルが木剣を手に、「犯人」をさがしてうろついていた。ふたりとも、兵士相手に弁明するストラテーゴスを信じたのだ。

 ミルはまっさおで、気分が悪そうだった。木剣をきつく握りしめた腕が強張り、あとになって、手を開けない、と小さくいっていた。腕と手の筋がかたまったようになってしまっていて、どうにもならなかったのだ。リョートが回復魔法をつかってやっていた。

 ガラも顔色を失っていたが、ミル程ではない。それよりもガラは震えが酷く、時折足を停めて、いらだたしげに腕をぶんぶんと振っていた。しばらくすると宮廷から迎えが来て、いやがるガラを無理につれていった。彼女は第三皇子の婚約者だから、殺人未遂に関わりがあるような詮索をされては、宮廷としては不都合があるのだろう。

 ストラテーゴスは顔色を失い、何度も々々、自分がどうしてふたりを見付けたかを繰り返していた。彼は疑われ、兵士達に囲まれていたのだ。ストラテーゴスが震える声で話していた内容が事実であれば、彼はプシュケーに香りのいい花を贈ろうと、花時計から数輪拝借するつもりでやってきたのだそうだ。ただ、花時計にはすでに級友ふたりが倒れており、花を摘むどころではなかった。

 プシュケーとミナは、手をとりあい、まっさおになって震えていた。アンドレイアスがあとからブラーミャにきいたところ、彼女達は危険に備えてそこから随分手前に居たが、兵士達がやってきたのを見て、兵士がいれば危険は少ないと考えて移動してきたとわかった。


 アルケは首の後ろを、ぎゅっともんだ。皇女らしくない仕種だが、ソフィアもアンドレイアスも、それを咎めない。

「ストラテーゴスはよく、その花時計のところまで行くの」

「そうらしい。プシュケーと婚約して以来、ほとんど毎日そこから花を摘んで、彼女に渡していたようだ。香りのいい花があるからな」

 アンドレイアスは頭を撫でつける。「ブラーミャにきいたんだ。彼女はこのところ、休み時間には窓の傍に座って、紀行文をひろげていた。体が完全に癒えたら行ってみたいところがあって、そこに関するものを書庫からかりだしては読んでいた。だから、ストラテーゴスが教室から花時計方面へ向かえば、確実に見える。木立や灌木、花の茂みがあるから、実際に花時計が見える訳ではないが、そちら方面へ向かうのは何度も見たそうだ。それから、当日は、ストラテーゴスははじめ、プシュケーとミナと一緒だったらしい。途中でふたりと別れ、花時計へ向かったんだ。カロスとソルダが中庭へ出て行ったのも見たらしい。ソルダは休み時間にはいるとすぐに中庭へ出て、ふらふらと奥へ歩いていった。カロスはしばらく、教室傍で立ったまま本を読んでいたが、机へ本を戻して奥へと向かった」

「そう」アルケは頷き、目を少し伏せる。「渡り廊下には、その、オルケーシスという子が?」

「ええ」

 ソフィアが頷いた。「それと、歴史のコリュドス先生がいらっしゃいました。オルケーシスと、著述家について議論していたのです。直前の授業が終わって廊下に出た先生を、オルケーシスが捕まえ、そこで話しこんでいた。廊下では声が響いて迷惑なので、庭に面していて壁がなく、声がこもらない渡り廊下へ行ったそうです」

「じゃあ、中庭から渡り廊下へ行ったら、そのふたりが見付けているのね」

「だろうな。最上位級生が出てくれば、たったの十人しか居なくて学園中が知っているやつらだから頭に残る。それ以外が出てきても、最上位級生の中庭からそうではない生徒が出てきたんだから目立って、頭に残る」

「渡り廊下だけではなくて、それを間にして中庭と向かい合っている庭には、大勢の生徒が居ました。彼ら彼女らも気付くでしょう。誰か、までは判別できないとしても、そこから出てきた生徒が居れば記憶する。ですが、庭に居た生徒達は、中庭からは誰も出てきていないといっています」


 アルケは項垂れ、うなじの辺りを撫でる。大きな目で、なにかを睨み付けるけれど、なにを睨み付けているのかはアンドレイアスにはわからない。彼女は、成績こそあまりふるわないが、頭は驚くほどに鋭い。俺には考えもつかないなにかについて考えこんでいるのだろう、とアンドレイアスは思う。

「……ブラーミャは窓の辺りで本を読んでた。ストラテーゴスは、花を摘もうとしてた。プシュケーとミナは花を楽しんでた。イオンは?」

「あいつは、エリュトロン殿下とガラの結婚式についての書類を仕上げていたんだ」

 イオンは大公のあととりだが、このところ父上の具合がよくないらしく、名代として仕事をすることがふえている。エリュトロンの結婚式に関しても、父親が帝都まで来て出席するのは、体力的に不可能であるらしい。その為、イオンが代理で出席すると、事件の数日前に決まり、イオンに合わせて諸々が変更され、その承認をしていた。大公とその跡取りでは、つかっていい馬車や着ていい服などがわずかに違う。


「では、ミルとガラはどこに居たの」

「ミルは書庫に居た。ガラは医務室だ」

 ミルが居たのは、最上位級専用の書庫だ。そこでノートをまとめるつもりだったが、居眠りしてしまったらしい。目を覚まして、眠いのでどうしようもないと思い、教室へ戻ろうと廊下を歩いていたら、ストラテーゴスの声が聴こえた気がした。

 ガラは、剣の稽古で手足に傷があり、包帯をかえてもらう為に医務室へ行っていた。だが別の(クラス)で、転んで頭を打った生徒が居て、その治療で医師達は医務室をはなれており、ガラは自分で包帯をかえた。医務室には、彼女がつかっていた包帯が捨てられていた。宮廷で剣の稽古をして怪我をしたので、宮廷で治療をうけたのだが、そちらでつかっている包帯だったのだ。教室へ戻る途中、教室すぐ傍でストラテーゴスの声を聴いた。

「ガラのほうが教室に近かったようだが、彼女が教室へ這入った時にはもう、そこには誰も居なかった。ガラは木剣をとって、すぐに中庭へ出た。だが、足の傷が痛んで、全力では走れなかったそうだ。ミルはガラよりもあとに教室へ戻り、誰も居ないのでなにかあったのかと不安になって、木剣を手に中庭へ移動した。こちらは走ったので、すぐにガラへ追いつき、プシュケー達を見付けて話を聴いて、更に奥へと行った」

 ガラは、その頃には足の痛みを忘れていたらしい。あとになって、傷口が開き、包帯に大量に血がついているのに気付いた。


「書庫には誰が居たの」

「アンドレイアスさまは帝国の貴族にくわしくありません。わたしが説明しましょう」

 ソフィアは目を伏せ、溜め息を吐く。「まず、書史達です。その時には五人居ましたが、ひとりは生徒の立ち入れない部屋で本の修繕作業をしており、騒ぎにはまったく気付いていませんでした。残りの四人のうちふたりが、騒ぎをききつけて中庭へ向かい、ひとりは医師を呼びに医務室へ走った。最後のひとりは、書庫になにかあってはならないと、残りました」息を継ぐ。「書庫の利用者は、アンドレイアスさまと一緒にでていった三人と、ローディナ、子爵家のイーリスとクロコスの双子姉妹、伯爵家のブラスタリ。アルベロ殿下と同じく卒業生で、画家としても高名なプトーコス閣下もいらっしゃいました。双子姉妹と閣下は話していたそうですが、書庫はひろいですから、ほかの誰かがいてもおかしくはありません。卒業生が申請するのは、学園の門のところで、であって、書庫への出入りは監視されていない」


「書庫が荒らされた事件の、犯人は」

「まだはっきりしません」

 リョートが見付かったあと、学園内に犯人が潜んでいないかと、兵士や捕吏で調べたのだが、その時、書庫が荒らされているのがわかった。帳がひきちぎられたり、窓の鎧戸が壊されていたり、書棚がひっくり返されていたり、本が破られていたり、嵐が通りすぎたような散々な状態だった。

「本は盗まれていないの?」

「紛失した本はない、と、書史達はいっています」




 しばらく考えこんでから、アルケはいう。

「リョートが中庭で見付かった時、兵士はどうしてたの」

 アンドレイアスは、息を吐く。それから、深く息を吸った。これについて話すのには、なにかしらのものが必要だった。それが気力なのか、勇気なのか、胆力なのか、判断しかねるが。

「彼らはきちんと見張りをしていなかった」

 ばかげた話をしなくてはならないし、そのばかげた話に、友人の死が含まれている。

「兵士達は、カロスとソルダが運び出されて以降、常にふたりで教室に居た。数時間ごとに交代してな。だが交代時に何度か、教室ははもぬけのからになっていた。長いと数十分もの間」

「……どうして?」

「一番怪しいソルダも、その次に怪しいストラテーゴスも、身柄は確保されている。だから、まともに事件現場を監視していなくてもいいと考えていたらしい。すでに事件に決着はついていると考えていたんだ。その、交代時の誰も居ない時間に、気を失ったリョートを何者かがつれこんで、黐へつるし、逃げたと考えられる」

 アルケは口を噤む。アンドレイアスは、指揮を執った訳でもないのに、兵士達の失態が自分の責任のように感じられて、気分が悪くなってくる。あの、善良で、ひたすら優しい、イオンの心を蕩かしてしまったリョートが、どうしてあんな目に遭わなくてはならない……。


「学園の門には、兵士はいたの」

「居た。流石にそちらは、交代の時でも誰も居ないなんてことはなかった。兵士だけではなく、めしつかいも詰めている。いつものことだが」

「出入りした生徒は?」

「ミルが、忘れものをとりに来たそうだ。あの書庫にノートを忘れたと」

 アルケは口を開き、しばらくそのままかたまっていた。それから、いう。

「ソルダが()んだ毒は、どんなもの?」

「筋肉が正常に動かなくなり、息ができなくなってしまうものです。吐かせていたので、解毒剤を()ませて、一命をとりとめた」

「解毒剤がある毒なのね」

「ええ。イオンが毒の種類をすばやく判断し、処置もしていたので、あとの治療は順調だったそうですよ。といっても、助かるかどうかは、今も五分五分らしいですが」

「徐々に()ませていた、ということはないの」

「ありません。彼女の髪の毛をつかって検査しましたが、徐々に()まされていた場合は症状も少し違いますし、髪の毛でわかるそうです」

 頭をかち割られたカロスは、すぐにリョートが治療したのがさいわいしたか、快方に向かっている。まだ意識は戻らないが、もう心配はないと医師が断言した。

 ソルダは、毒の為に息が詰まっていた時間が長すぎた。毒はすでに体から出ていったが、息が詰まっていたのが影響して、まだ目を覚まさないし、予断を許さない状態だ。助かるかどうかはわからない。




 アルケは頷く。「ねえさま、わたしがとりみだしたら、ねえさまが続きをいってね」

 ソフィアは大きく息を吐いて、頷いた。






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