宮廷・薬房――令嬢は薬を調合する
――いっそ双子であったら楽だったろうに。
そんな言葉が聴こえた気がして、リョートはぴくりと肩を震わせた。
手許がそれ以上狂わぬように、息を整える。彼女が不用意に腕を動かした為に、手にしていた匙が傾き、薬材が秤の皿に、不必要な量こぼれおちてしまっていた。
落ち着いて。落ち着いて。
内心で自分にいいきかせながら、リョートは匙をつかって、皿から薬材を掬い上げる。秤の反対側のおもりと丁度同じ重さになるようにして、余分は薬材用の容器へ戻し、きっちりと封をした。皿の上の薬材を、蝋引きしたうすい、上等な紙へ移す。
それからふと、不安になって、作業台の隅に置いてあった処方箋をとりあげた。書いてある文字を、しっかりと目で追う。
「……のエナを……」
殿下にさしあげるお薬だ。なにか間違いがあってはならない。リョートはぶつぶつと、半分ほど読み上げながら処方箋を確認し、自分がつくりあげたものに間違いがないことを確信した。大丈夫。いつものお薬とほとんどおんなじ。殿下はきちんと、昨日、診察をうけて、またフォグ卿に問答をふっかけて遊んでらした。ご自分で処方箋をご覧になって、いい加減に薬を服まずにすむご身分になりたいものですね、いったいいつになったらわたしはきちんと授業をうけられるのかしら、なんて皮肉をおっしゃって。殿下は賢いから、もしなにか、ご自分の体にあわないものがはいっていたら、みぬかれる。わたしはこの通りに調剤して、煎じて、殿下にさしあげればいいだけ。
完成した薬を、蝋引きした紙で包む。
もし、薬材がすりかえられていたら……。
不安がむくむくとふくれあがって、リョートは薬材の容器を開けた。中身をつまみあげ、ひとつひとつ、匂いを嗅ぎ、口へ含んでたしかめる。何度も吐き出し、口をゆすぎながら確認した。問題はない。
処方が間違っていなければ。
ぶるぶると頭を振り、あおざめたリョートは、薬の包みをまとめて麻紐で縛った。五日分の薬は、これから殿下の侍女達の検分をうける。なにも問題がないと判断されれば、今日の分を厨で煎じる。この作業場へこもるのも、五日に一度のことだ。五日ごとに、殿下の薬を調合する。勿論、毎日ここには来るが、薬材の確認と、あたらしい薬材の搬入で、だ。長時間の作業をするのには、息が詰まる場所だった。
道具や材料が揃っているし、宮廷でも奥まったところにあるから、誰にも邪魔をされずに落ち着いて作業できる……といわれたが、静かで、ほかにひとの気配のしないところにとじこもって気の滅入る仕事をするのは、どう考えても楽しい時間ではない。
それに今日はなんだか、空気がいつもより余計に重たい。いやな予感がする。悪いことが起こりそうな、そんな気がする。
はやくお薬を届けよう。厨で他愛ない話を侍女達としながら、これを煎じて、殿下にさしあげよう。殿下が聴きたいとおっしゃっていた、お花の話をしなくては。それから、イオンさまと……。
けたたましい音がして、リョートは我に返る。廊下から、女官の叫ぶような声が響いた。「リョートさま、大変です! ブラーミャさまが……!」
今、聴くと思っていなかった名前に、リョートは狼狽え、それでもしっかりと薬の包みを握りしめて、廊下へ出た。薬材をまもる為に見張りに立っている官吏と、女官が居る。それはいつものことだ。
その向こうに、殿下付きの女官達が居た。顔色を失い、涙を流している。
「どうしたのですか?」リョートは声が震えるのをおさえきれなかった。「ブラーミャに……妹になにか……?」
女官がごくりと唾を嚥み、掠れた声を出す。
「ブラーミャさまが、倒れて……」
リョートは最後まで聴けずに、その場にへなへなとくずおれた。