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妖精憑き 外伝  作者: 春香秋灯
聖女を堕とす者
8/10

呪い殺し

 エリカの手にかかれば、妖精殺しの鋼を糸にするのなど簡単だ。すぐに妖精殺しの武器は鍛え直され、ついでに鋼で出来た糸の束が完成した。エリカの関与はここまでだ。これ以上のことは、エリカにはさせない。汚れ仕事は、役割のある僕だけだ。

 エリカとは別行動をとることとなった。エリカは僕の側にいたがったが、僕は男爵邸宅にいる使用人を呼び出して、それを拒否した。

「エリカは、大人しく畑でも耕していろ。たまには、肉の入ったものを食べよう」

「無理しないでいいのよ。子ども、いなくていいんだから!」

 縋ってくるエリカ。昨日、言ってしまったことを後悔しているのだろう。

「子どもは神の思し召しだ。時期がきたら、出来るから、心配するな」

 僕はエリカを安心させるために、口付けをする。一度ではなく、角度をかえて、頬に目に、額に、髪に、と口付けする。

「気にしてない。ほら、離れなさい。今日はちょっと忙しい」

「………わかったわ」

「妖精を僕に付けるなよ」

「………」

 妖精、すでに付けているな。本当に、この聖女は、嫉妬深いし、離してやれば、妖精をつけるし、とんでもないな。

 僕は使用人が持ってきたフードを上に羽織る。途端、エリカは真っ青になる。

「どういうこと!? ロベルト、私の妖精が弾かれたわ!!」

「帝国の筆頭魔法使いが着ている服は特別製だ。あれと同じ作り方をしたフードだ。色々と織り込まれているんだよ、これには。例えば、秘密裡につけられた妖精を弾くとかな。大人しくしていろ。今日は寝かせないからな」

 エリカはとても喜び、それを見て、ニヤニヤ笑う使用人たち。くっそー、どうして、こう恥ずかしいこと言わないといけないんだよ、僕は! もう、今日中に、解決してやる!!

 男爵邸に入れば、待ち構えていた使用人頭がいた。一睡もしていないようだ。僕に命じられたので、妙なことはしていないだろう。

「秘密の地下に行く」

 僕についてきた使用人たちは、僕が暮らす小屋から持ち出した、綺麗に鍛え直された妖精殺しの武器を一度、床に置く。

「頼まれたものだ。これで、眼帯を作ってやれ」

 僕は使用人頭に、鋼の糸を手渡した。せっかく望みのものを渡したといのに、使用人頭は喜ばない。

「わかっていると思うが、元伯爵令嬢には、余計なことはするな。全て、僕がどうにかする」

「救ってくれるのですか?」

「救い方は、人それぞれだ。お前が望む救い方はしない、絶対に。僕は役割通りに、この災いを鎮めるだけだ」

「ロベルト様、どうか、俺も一緒に連れて行ってください!!」

 僕はあえて、使用人頭を外したというのに、直接訴えてきた。訴えれば聞き入れられるとわかっているから、僕が男爵邸に来るのをずっと待っていたんだろう。

「眼帯の材料は用意した」

「どうか!」

 土下座してきた。もう、面倒臭いな、本当に。男爵の血が、情に訴えるこの使用人頭を拒めないって、もう、呪いだよな、これ。

「ロベルト様を困らせるな」

 僕の前に使用人たちが立った。彼らは、全て、主のいない妖精の子孫だ。どうしても、僕優先になってしまう。

「もうわかった。好きにしろ。喧嘩するな。喧嘩すると、父上が泣く!」

 一瞬で、僕の頭の中では、この後の結果が見えた。決まった未来だよ、それ。もう、頭痛くなってくる。

「誰か、父上に伝言だ。秘密の地下に行ってくる。使用人頭、ほら、来い。何を見ても、驚いたり、泣いたり、手を出したりするなよ。あるがままだ」

 汚れ仕事をこれから僕はするのだ。それを男爵の血筋である僕がすることは、妖精の子孫たちにとっては、衝撃なのだ。本来ならば、これは、妖精の子孫たちが率先してやることだ。それを僕がするのだ。

 僕は妖精殺しの武器を持って、秘密の地下にいく。そちらも、本来ならば鍵がないと入れない地下なのだが、僕だけは鍵なしで行ける。僕が足を踏み入れると、階段の蝋燭は勝手に灯り、地下室へ続く階段を照らしてくれる。

 最下層に到達すれば、そこは、いくつかの地下牢のある地下室だ。長く続く通路の両側には、いくつか区切られた牢がある。その中には、悍ましく異形化した何かが蠢いていた。その数は凄まじい。最初は、一つ一つ隔離していたが、数が多すぎるため、牢に入るだけ入れたのだ。それでも、牢はまだまだ余っている。この地下も、妖精の力で作られた。

 僕は一番、奥に隔離された一体の異形と向き合う。それは、妖精憑きリリィが一番最初に異形化した人だ。

 鍵がかかっている牢は、僕の前では鍵なんて意味がない。勝手に開き、僕は牢に入る。

「ロベルト様!」

「いけません!!」

「見ていろ」

 わざわざ、異形化した人を牢に隔離するのには、理由がある。暴れるのだ。近くに人がいたら、襲ってくる。

 その異形化した人も僕に襲ってきた。しかし、動きが鈍い。随分と長い事、その姿なのだ。年齢的にも老人だろう。簡単に避けられる。

 異形化した人は、牢の鉄枠にぶつかって、「ぎゃっ!」なんて気持ち悪い声をあげる。痛いんだ、一応。

 僕は片手だけで、素早く異形化した人を一閃する。妖精殺しの武器は物凄い切れ味だ。片手であっても、なんの抵抗もなく、異形化した人を貫いて、切り裂けた。

 なんとも気持ち悪い声をあげて、暴れるそれを見ていると、ブクブクという音をたてて、形を変えていった。

 僕は牢に出て、また、扉を締める。カチンという音をたてて、鍵がしまった。

 しばらく、その異形化した人の末路を見ていた。どんどんと怪しい泡や煙を放って、形を変えていくそれは、胸を斬られた一人の老人になった。

「痛い痛い痛い痛い!!」

 斬られた胸が痛いのか、それとも、妖精の呪いで痛いのか、老人は悶絶して叫んだ。

「使用人頭、妖精の目を持ってきてくれ」

「しかし、あれは」

「持ってこい」

 このまま、この老人がどういう状態なのかわからない。命じられれば、持ってくるしかない。

 しばらくして、使用人頭が妖精の目を持ってきた。かなりエグイな、これ。

 僕は妖精の目を覗き込む。本来ならば、片目を抉って装着する使い方なんだが、一時的であれば、覗き込むだけでいい。ただ、精度が悪い。

 妖精の目を通して見てやれば、これまた酷いものだ。この男、真っ黒だ。これが、妖精の呪いか。

 ちょっと頭が痛くなった。妖精見てないのに、酷いな。

 しかし、妖精の呪いを傷つけた僕には、何か起きることはない。妖精殺しの武器のお陰か、それとも、妖精をどうにか出来るフードのお陰か、そこのところがわからない。

「これは、思ったよりも業が深いな」

 また、この老人は異形化しようとしている。一時的には人に戻せるが、すぐに異形化か。

 あまりの光景に、使用人たちは怯えた。ここまでの事をする妖精の呪いに恐れおののいたのだ。

 僕は仕方がないので、もう一度、牢に入り、この老人に止めを刺した。

 死ぬと、老人の異形化は止まる。それどころか、ただの人に戻る。

「困ったな、結局、救いは死だけと証明されてしまったな」

 妖精の目でその死体を見てみれば、綺麗なものだ。


 地下から出ると、使用人たちは陰鬱な顔を見せる。この結果は、予想していた。だが、それが証明されてしまうと、気が重くなる。一番、気が重いのは僕だけどね。何せ、あの元伯爵一族に現実を突き付けるのは、僕なんだから。いやだなー。

 僕は使用人たちに、妖精殺しの武器を持って領地の外れに先に行ってもらった。

 使用人頭は残ってもらった。

「これから、あの元伯爵令嬢に厳しい現実を突き付けてくる。一緒に来るか?」

「………救いがないことを、ですか? 今更ではないですか!!」

「お前らも、誰も、この呪いがどういうものか、わかっていない。リリィの呪いは、ただの妖精の呪いじゃない。リリィが死んで随分と経っているというのに、呪いは生き続けている」

「妖精の呪いなんだから、そうでしょう」

「僕が生まれるよりも前にリリィは亡くなっている。もし、会えるなら、僕は妖精の目を使って確認出来た。誰も、リリィが何者なのか、手段がありながら、確認しなかった。そこが、そもそも、間違いなんだ。

 いいか、妖精憑きの呪いは、妖精憑きが死んだら、呪いが解けるんだ!!」

「………は?」

「妖精憑きとは、妖精を持って生まれる人だ。宿主である人が死ぬと、妖精は消えるんだ。妖精が消えれば、呪いだって消える。いいか、妖精憑きの呪いを解きたかったら、この妖精殺しの武器で、妖精憑きを殺せばいいんだ。簡単だ。

 リリィの娘が言っていた。リリィには妖精は憑いていない、と。もっと、理性的に物事を考えろ」

 僕は情報をかき集めた。外からも、内からも、全てだ。会ったことがない叔母リリィのことを知るには、リリィを知る者の証言だけだ。

「リリィは、妖精憑きではない。それよりも最上の存在だ。帝国では、リリィのような者が生まれると、大事に育て、囲い、安らかな死を与えることで、帝国の平和を保つ。しかし、王国では大事には育てたが、囲わなかった。それどこか、苦しみを与え、苦しい死を与えてしまったんだ。その結果が、これだ。呪いがまだ、元伯爵一族に留まっているだけだからいい。運が悪いと、王国全土が呪われていたんだ」

 やっと、使用人頭は、事の重大さに気づいた。たかが情を持ってしまった女一人など、この事実の前には、石ころ以下だ。

「見届けなくてもいい。勝手にしろ」

 僕は膝をつく使用人頭の横を通り抜け、元伯爵一族がいる領地の外れに向かった。

 使用人頭は、結局、遅れてついてきた。





 虫の息となった元伯爵を僕は見舞う。その伯爵の周囲に、妖精殺しの短剣を囲うように置いた。途端、元伯爵にかかっていた呪いが戻るように見えなくなった。

「一体、何を」

 起き上がれるまでになったので、驚いて、僕に手を出してくる。僕はそれを制した。

「一時的な処置です。我が家にある妖精殺しの短剣を等間隔で設置します。それで、多少は緩和出来るでしょう。しかし、それでは一時的です。あなたには、もうそろそろ、覚悟を決めてもらわないといけない」

「私に出来ることか? 私に出来ることなど、人を陥れることくらいだ」

 元伯爵は自嘲する。そんなこと、言われなくてもわかっている。

「そういうことを口に出来るほどには、父上のあの善人に侵されましたね」

「人を疑わない、だけど、悪いことは悪いと言い切る。君の父親は、素晴らしい人だよ。今では、名前持ちの貴族だ」

「妖精男爵ですね。あれです、手を出すと、後々、大変なことになるので、王国としても、名前持ちにするしかなかったんですよ。妖精がつけば、誰も我が領地にも、血縁にも、悪いことはしないでしょう」

「それでも、する奴はいるだろう。実際、どうなんだ」

「………」

「君のような番人がいるか。君は、元は国王の側近にまでなった男だとか」

「たまたまですよ。陛下には、随分と現実の辛酸を教えました。ただ、それだけです」

 リスキス公爵の養子だった頃、当時の第一王子の側近をさせられた。いい事も悪い事も色々と教えた。それが今、生きているのだろう。

「………それで、どうすればいい」

「まずは、これを見てください」

 僕は左腕の袖を使用人にめくらせる。真っ黒となった左腕は、見ていて異様だろう。だが、それには、元伯爵は身近で見ていた。

「穢れです。事情があって、僕はこれを腕に封じました」

「それは、呪いではないのか?」

「呪いと穢れには、実は違いはありません。経過が違うだけですよ。呪いは、妖精から。穢れは、まあ、人の悪意が聖域に溜まった結果です。だけど、人の身にうつせば、結果は一緒なんです」

「私の身に、一族の呪いを集めれば、どうにかなるのか?」

「おや、理解が早い。そういうことです。呪いは穢れと同じです。この穢れを排除する方法はたった一つです。僕の腕を斬り落として燃やすだけです。穢れは腕の犠牲により、浄化できます。

 あなたは、もうそろそろ寿命です。まずは、先のある若者をこの呪いから解放してあげましょう。ただ、子を作ることも、この領地から出ることも出来ませんがね。一生、男爵領で生きてもらいます。ここから出しません。僕が一生かけて、見張ります」

 エリカの前では絶対に言えないことだ。この元伯爵に犠牲になれ、と言っているのだ。

 この男は、この呪いの責任をどうにかとろうと、そういう心構えがある。そこに僕はつけこんだのだ。

「わかった、出来る限り、私が引き受けよう。当時は子どもだった者たちには、罪はない。その呪い、全て、私が持っていこう」

「せめて、苦しまないように、僕が殺します」

「………君は、あの男爵の息子なんだよな?」

「僕は、特別なんです」

 僕は一度、小屋から出た。小屋の外には、主のいない妖精の子孫全てが集まっていた。その数は相当なものだ。

「ここからは二手にわかれる。

 まずは、呪い持ちの若手を集めてきてくれ。それほどの人数はいらないだろう。残りは、エリカが鍛え直してくれたこの妖精殺しをいい感じにこの外れを囲むように配置してくれ」

 僕が命じれば、勝手に動いてくれる。命ずるだけって、楽なんだけど、気持ちがね。僕は心根が平民なんだよ。命じるのは馴れない。これで、もう、やらなくていい人生に戻りたい。

 しばらくすれば、若者数人がわけがわからない、という顔で連れてこられた。持ってきた妖精の目で見れば、いい感じに呪われているが、どうにか出来る感じだ。あれだ、呪いの大本は元伯爵や元伯爵令嬢に集中していて、そこから血縁的に離れていったので、呪いの度合も軽くなってきているのだろう。

「小屋に入ってもらう」

「そこに?」

 元伯爵のことは物凄く恨んでいる。だから、小屋に入ることを嫌がる。

「もう、足腰たたない老人なんだ。そんな嫌がるな。娘にも見捨てられたんだぞ。だったら、最後の善行として、看取ってやれ」

「そんなことしたって、俺たちは一生、呪われたままだ。飲むのも食うのも、不自由だというのに」

「だからといって、悪行するのは良くない。王国では、善行をして、どうにか、聖域を綺麗にしようと、王国民全てがそうしている。そうすることで、聖域は綺麗に保たれ、結果、実りの大地が得られる。それは、少しずつなんだ。この呪いだってそうだ。積み重ねによって、呪いとなったんだ。知っているか? リリィに対する嫌がらせは三年に渡って行われた。その行為は、相当なものだった。妖精は激怒していたが、リリィは三年間、許し、妖精に復讐させなかった。たった一回ではないんだ。三年間の積み重ねだ。

 この呪いも、善行の積み重ねで、どんどんと剥がれていくものなんだ。いつかは終わりが見える。とりあえず、今日は、僕の力で、その善行を大きく積み重ねさせよう。

 入れ」

 僕は命じた。いつまでもグズグズしているこの若者たちは、実は僕よりも年上だ。それなのに、僕よりも子どもみたいなことを言っている。

 僕の纏う空気が変わったこともある。ついでに、妖精の子孫たちが殺気だったのもある。若者たちは、小屋に逃げ込むしかなかった。

 元伯爵は、妖精殺しの短剣のお陰で、まだ、体を起こしてられる状態だった。一族の若者たちを見ると、突然、土下座した。

「悪かった! 本当に、すまなかった!!」

 まずは、善行一つか。僕は妖精の子孫たちを小屋の外に待機させたまま、作業をした。呪いの移し替えなど、僕の手にかかれば、造作もない作業だった。




 そして、元伯爵が暮らす小屋は、その日のうちに燃やされた。

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