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妖精憑き 外伝  作者: 春香秋灯
聖女を堕とす者
7/10

妖精に呪われた者たち

こちら、愚者たちの行進の、男爵家の苦労人 ロベルトくんの外伝です。真面目な話になります。

 僕の人生は、ある意味、敗者である。女の誘惑には負け続けている。仕方がない。こんな見た目、聖女で可憐な女だ。その体をこれでもか、と僕の腕やら体にすりつけてくるのだから、男としては、本能に負ける。負け続けて、後悔ばかりしていた。

 それも、貴族という身分を捨てて、ただの平民となると、しがらみもなくなり、気が楽にはなった。

 平民なので、そこら辺の小屋での寝起きだ。元貴族だけど、子どもの頃には、こういう小屋で寝泊りするのは普通だった。どうせ、将来は平民になるんだから、と親からは世間の厳しさを教え込まれていた。

 一生、男爵領から出ないで、当たり障りのない一生を過ごすつもりだったのに、何故か貴族の中の王族リスキス公爵の養子となり、王子の側近となって、と忙しく過ごしている所に、最果ての聖女に魅入られてしまい、そこからは泥沼だ。抜け出せない関係になって、貴族という身分を捨て去った今も、聖女から抜け出せない。

 見れば、隣りで僕の腰に腕を回して眠る聖女がいる。

「起きてるのはわかってる」

 僕は彼女の形のよい鼻をつまんでやった。

「もっと、寝ましょうよ」

「そういうわけにはいかない。生きているかどうか、見に行かないといけない」

 僕は僕で、役割がある。

 うまく動かなくなってきた穢れまみれの左腕に袖をどうにか通した。聖女が受けた穢れは酷いものだった。どうにか僕へと移し替えたのだが、左腕一本が犠牲となるほどだった。

 本来なら、この左腕を斬り落とすこととなっていた。それが、一番、手っ取り早いからだ。ただの人の僕では、この穢れを浄化することは不可能だ。しかし、この聖女はそれを許さない。ついでに、腕のいい元騎士が来ない。

 穢れは、もともとは聖域に溜められたものだ。人々の悪行が過ぎると、聖域が穢れる。その穢れが溜まりすぎると、地力が落ちてしまい、様々な災いが起こる。一番わかりやすいのは、作物の不作だ。帝国では、長いこと、政治が乱れ、聖域が取返しがつかないほどに穢れてしまった。その穢れをどうにかするために、行方不明だった皇女が全て受けたのだ。

 その行方不明だった皇女は、僕の隣りにいる聖女だ。行方不明だった元皇女は、生まれ持った妖精憑きの力で、とんでもない穢れをその身に受けたのだ。ただ、許容量を越えた穢れで、彼女は穢れを持ったまま死ぬはずだった。

 僕は、彼女を死なせないために、穢れを僕の左腕に移し替えた。最初は恐ろしい苦痛だった。それを左腕一本に移し替えたのだ。悶絶して、叫んだ。こんなものを彼女は全身で受け止めていたと思うと、怒りすら覚えた。この聖女は、帝国の皇女ではあるが、王国で育った。帝国に恩なんて何一つないというのに、こんなものを押し付けるなんて。

 その怒りを飲み込み、僕は耐えて、痛みを切り離し、そして、左腕一本は、動かなくなった。安い代償だ。これで、この聖女を得られるのだから。

 聖女はもう、皇女でも何でもない、ただの平民だ。誰も、彼女を取返しにこない。だって、死んだことになったんだ。返せと言われたって、返さない。この女は僕のものだ。

 僕の中のどす黒い思いなど気づかず、ただのエリカとなった彼女は、僕の着替えを手伝った。

 片腕が使えないのは、想像以上に不便だ。何かやるにも、左腕がなんとなく必要になる。ただ、ぶら下がっている左腕は、指先まで真っ黒なので、見た目が異様だ。だから、僕は左側の袖だけ、長めにしている。そうして、普通に見せて、外に出た。

 エリカは常に、僕の左腕に触れている。僕はわからないが、そうすることで、穢れが少しずつ浄化出来るとか。だけど、左腕に濃縮させた穢れは、エリカでさえ受け止められなかったものだ。いつかは切り離すしかない。

 毎日、腕のいい元騎士が来るのを待ちながら、僕は与えられた役割を一つずつこなしていく。

 領地の外れに行った。そこだけ、様相がおかしくなっていた。領地のほとんどは、妖精の恩恵に溢れ、実りと緑で目に優しい。

 ところが、領地の外れだけ、とんでもなく薄暗くなる。あれほどの実りと緑はなくなり、土地は痩せて、実りなんてない。

 領地の外れには、いくつかの小屋がある。そこで暮らす人々は、痩せて、もう、何も施しようがない土地を耕し、そこでどうにか実るかどうかわからない作物を育てている。それも、すぐに枯れてしまう。

 そこにたった一つだけある井戸は枯れてしまっている。

 絶望しかないそこで、元伯爵一族は、生き長らえている。彼らは妖精に呪われていた。彼らごと、元伯爵領は呪われ、人が住めない土地となった。そして、彼らが行く所は、全て、呪われる。

 この妖精に溺愛されていると言われる妖精男爵の領地でさえ、元伯爵一族の呪いは抑えることが出来なかった。仕方なく、彼らは領地の外れに隔離することとなった。

 僕は、元伯爵の家にお邪魔する。もう、先の長くはないこの男は、呪いのせいで、手足からどんどんと黒く変色して腐っていった。元伯爵一族はみな、呪いによって、苦しむような死を迎えた。

「エリカ、触るな」

 聖女な部分が、どうしても、癒しを与えようとしてしまう。僕はそれを許さない。

 寿命が近くなると、どんどんと、呪いが表に出てくる。妖精の呪いは強く、いくら妖精憑きのエリカでも、解くことが出来なかった。だからといって、呪いを和らげるような行為はやってはいけない。

「でも、可哀想だわ」

「妖精の怒りを買ったんだ。仕方がない。それに、この呪いは、もう、人の手におえないものだ」

 元伯爵一族を呪った根源は、僕の叔母だ。

 妖精男爵、と呼ばれるように、僕の生家は、妖精関係に囲まれている。男爵家邸宅は、今では失われた魔法の技術の集大成。地下には、珍しい魔法具が満載だ。書棚には、大昔の帝国の珍しい本に溢れている。帝国では、大昔、皇族たちがやらかして、妖精関係の記録全てを燃やしたという。男爵家では、その大昔、燃やされてしまった記録が現存している。

 妖精男爵は、ともかく貧乏だ。今はそうではないが、昔は貧乏だった。ともかく騙されやすく、借金を負ってばかりだ。だから、教育に金なんかかけられないし、遊び道具なんてない。そうなると、家にあるものを使うしかない。僕も兄姉も、父も、皆、この古臭い妖精関係の本を読み漁った。

 だから、僕は、元伯爵一族は救いようがないことを知っていた。

 本当は、この聖女を連れて来たくない。しかし、聖女は僕の左腕の代わりをしたいと願っている。本当は、彼女はいらない。だけど、僕の左腕の代わりをすることで、彼女が安心するから、そうさせているだけだ。

「生きていますか?」

 僕は元伯爵に声をかける。昨日は返事があった。しかし、今日はもう、返事をする力がない。喉にまで、呪いで真っ黒だ。もう、声も出ないだろう。ここまで来たら、呼吸が出来なくて、すっと死ぬしかない。

 手の施しようがない状態で、元伯爵は放置されている。この元伯爵一族は、誰も、この男を看病しない。だって、この男の娘が、妖精の怒りを買ったのだ。そのことがわかっているので、皆、元伯爵を恨んでいる。

 僕はエリカの手を握って、小屋を出た。そして、元伯爵一族の生き残りに声をかける。

「食料は足りていますか?」

「それが………」

 説明されるよりも、見たほうがはやそうだ。僕は食料が集まっている場所に行って、顔をしかめた。

 それはそうだ。数日分の食料が真っ黒に腐っているのだ。とんでもないな、妖精の呪い。

「仕方がありませんね。毎日、運ぶように伝えておきます」

「ありがとうございます」

 彼らはもう、頭を下げるしかない。妖精男爵領の領民は、彼らを嫌ったりしない。ただ、あるがままに受け入れている。

 最初は、領民と一緒に暮らしていたのだ。ところが、妖精が元伯爵一族を嫌って、この領地の外れに追いやった。何度、元伯爵一族を連れ出しても、妖精は迷わせ、領地の外れに追い出してしまうのだ。仕方なく、領民は、彼らが生活出来るように、小屋をたて、足りないものを運んだ。


 そうして、元伯爵一族は、妖精に嫌われ、領民の情けで生き長らえている。


 僕はさらに奥へと足を踏み入れる。元伯爵一族たちでさえ憎み、もう、誰も入れなくなった奥地は、さらに酷い。元は綺麗な池だったのに、毒の沼となって、その畔に小屋が一つだけ建てられた。地面はぬかるんで、歩きにくい。そこを僕はエリカの手をかりて歩いていく。

 小屋をノックする。返事はない。けど、僕は開けて、中に入った。

 顔に物凄い傷跡がある女が椅子に座っていた。何故か、ここだけは、光りがささず、常に蝋燭の灯りが必要とした。中に入ると、物凄く寒い。女は、分厚い服を着ているが、それでも震えている。

「お元気ですか?」

「元気なわけないでしょ!!」

 生意気な口は変わらない。元伯爵令嬢は、一族から恨まれ、居場所がなくなったというのに、性根は変わらない。

 いくら聖女なエリカでも、この元伯爵令嬢のことは嫌っている。

「それだけ声が出せれば、元気ですね。あなたの父親は、もうすぐ亡くなります。どうしますか?」

「どうするって、何を?」

「誰も、あなたの父親を看病していません。そのまま放置です。どうしますか?」

「はっ、この私に、何か出来るわけないじゃない! そういうのは、使用人の仕事よ!!」

「わかりました。あと、食料はどうですか?」

「………」

 元伯爵令嬢は奥のほうを見た。仕方ないので、僕は見に行けば、全て、腐っていた。

「毎日、僕が運びます」

 それで終わりだ。元伯爵令嬢は、憎々し気に僕を睨んでくる。彼女にとって、僕は、呪いをふりまいた女の甥なんだ。


 元伯爵一族は、一般的には、妖精の信仰に背いたため、妖精に呪われたこととなっている。しかし、実際は、妖精憑きである僕の叔母が呪ったのだ。その事実がはっきりしたのは、僕のエリカが妖精憑きの力で妖精から聞いたからだ。

 それまでは、実ははっきりしていなかった。たぶん、叔母のせいだろう、と思われていたが、確証がない。何せ、妖精と会話できなかったのだから。元伯爵一族も、疑ってはいたが、妖精男爵しか受け入れ先がなく、また、領民全てが優しく接してくれたので、責めたりはしなかった。

 ところが、妖精の呪いが叔母のものだとはっきりした時、男爵である父は謝った。土下座して、地面に額を押し付けて。父にとっては、実の妹の不始末なんだ。

 元伯爵一族の一部は、男爵を責めた。しかし、ほとんどは、仕方のないことだ、と諦めた。だって、妖精憑きに酷いことをしたのだ。妖精は神の使いだ。そんなものを持って生まれた女は、神の使いのようなものである。そう、納得するしかなかった。

 しかし、元伯爵令嬢は怒り狂った。

「あの女、やはり、呪っていたのね!! 殺してやる!!!」

 そう声高に罵った。その姿は醜かった。反省なんてしない。全て、他人のせいなのだ。


 そうして、一部は叔母を恨みながら、元伯爵一族は、緩やかに滅んでいく。それを見届けるのが、僕の役目だ。何せ、これほどの呪い持ちに男爵家を関わらせるわけにはいかない。僕は左腕に穢れを受けているので、この役目にはうってつけだった。

「何よ、あの女。聞いたわよ。リリィに酷いことばっかりするように、命令したんですって」

「誰に聞いたんだ」

「妖精よ。もう、恨み言がいっぱいなの。本当に、酷い女だわ」

 それじゃあ、聖女も、あの元伯爵令嬢には情けはかけないわけだ。

「もうそろそろ、彼女も真実を知ったほうがいいだろう」

 僕は、元伯爵令嬢を底辺まで落とす頃合いを見ていた。この妖精の呪いを甘く見ているふしがある。

 僕は領民に一通りの指示をして、男爵家の邸宅に行く。本来なら、僕はもう、平民だから、ここに入る資格はない。しかし、男爵家の代理として、色々と作業をしているので、邸宅に入らなければならなかった。

「エリカ、ここから先は、君は入れない」

「でも」

「入ってはいけない」

 エリカは、男爵家の邸宅に入ったのは、一度だけだ。魔法具を使って、帝国からこの男爵家の邸宅地下に転移した時に入った。ただ、転移先が悪かった。

 地下は二種類ある。魔法具が収納されている地下が一つ。隠さなければならない地下牢が一つ。

 エリカが最初に見たのは、この、隠さなければならない地下牢のほうだった。エリカはそれを見てしまい、しばらくは夢にまで見たという。

 もう大丈夫、と言っているが、妖精憑きのエリカを邸宅に入れて、何が起こるかわからないので、僕は二度と、エリカを邸宅にいれさせなかった。

 不思議なもので、僕は邸宅に入れるが、エリカは僕の意思に従ってなのか拒絶され、入れなかった。

 今日も、エリカは邸宅の外で座って待っているしかない。外でエリカに悪さするような輩はいない。この男爵領では、そういう人間は全て、排除されるのだ。

「ロベルト様、お帰りなさいませ」

 邸宅の使用人が僕に挨拶してくる。

「もう、僕は平民だ。そういうのはやめろ」

「あなたは、立派な、もう一人の男爵です」

「………」

 この使用人たちは、僕を特別扱いする。それには、理由がある。

 男爵家は、基本、生まれた時から人が良く、騙されやすい。皆、そうなんだ。だけど、時々、僕のように、人は良いけど騙されない子が生まれる。そういう子は、男爵家に必要な役割を持っているという。実際、過去に生まれた、そういう子は、男爵領に降りかかる災いのような問題を解決したとか。

 今、男爵領に降りかかっている災いといったら、もちろん、あの元伯爵一族だ。僕は、この元伯爵一族をどうにかする役割を持っているという。

「道具の地下に行く」

 一応、使用人に行先を伝える。そのまま、当主である父に伝わる。

 本来ならば、鍵がないと行けない地下室だが、役目のある僕は、鍵がなくても行ける。僕が足を踏み込むと、地下へと続く階段の蝋燭は勝手に灯る。そうして、僕は過去の遺産とも負債ともいわれる魔道具が収納されている地下室に到着する。

 地下室はかなり広い。妖精の力で作られたものなのだろう。その広さと魔法具の量と種類は相当なものだ。しばらく、僕は道具を見回していると、階段を降りてくる足音が近づいてくる。

「忙しいところ、すまない」

「ロベルト様の望む物全てを差し出すことが、我々の役目です」

 使用人頭が、僕の横に跪き、深く頭を下げる。そうするな、とお願いしても、何か強い力が僕から作用しているようで、やめてくれない。役目が終われば、こういう扱いもなくなると願っている。

「妖精殺しの剣を持ってきてくれ」

 僕が命じれば、錆びた妖精殺しの剣を持ってきた。

「手入れをしてから渡します」

「いや、エリカにやらせる。せっかくだから、鍛え直してもらおう。渡しておいてくれ」

「はっ」

 そこで終わりなのだが、使用人頭が、もの言いたげに僕を見てくる。

「何かあるのか?」

「ロベルト様の腕への穢れ移しを教えた者から、妖精封じの眼帯を願われています」

「シャデラン様の暗部となった男か。確か、サウスと言ったな。妖精封じの作り方の本が見つかったのか?」

「いえ、まだだそうです。ロベルト様はご存知ですか?」

「見たことがないが、出来る。簡単だ。その妖精殺しの鋼を細い糸のようにして、織ればいい。エリカがいれば、糸にするのは簡単だ。もう一本、妖精殺しの剣を持ってきてくれ。僕からエリカにやらせる」

 これで終わりのはずなのに、まだ、使用人頭は僕をじっと見てくる。まだ、あるのか?

「どうした、まだ、あるのか?」

「あの、元伯爵令嬢のことです」

「ああ、お前が教育したそうだな。どうした、情でも湧いたか?」

「これから、どうするつもりですか? 救う手立てがあるのですか?」

「あるわけないだろう」

 僕はばっさりと切り捨てる。使用人頭は僕はあまりにも冷たく言うから、驚いている。

 仕方がない。僕は一度、リスキス公爵に養子に出された。それなりの教育を受けている。大事なものとそうでないものをきちんと区別して、最小限の犠牲で大義をすることを学んでいる。

 僕にとって大事なものは、エリカを救い、受け入れる男爵領だ。その男爵領を蝕んでいるのは、元伯爵一族だ。どうすれば、元伯爵一族を排除できるか、それは簡単だ。元伯爵一族を全て殺してしまえばいい。

 この事は、王国だって一度は考えただろう。そうすれば、元伯爵領の妖精の呪いはなくなる。これで、全て平和になるのだ。

 だけど、そうされることはない。妖精の呪いだ。元伯爵一族を手にかけた後、どのようなことが起こるかわからないからだ。手をかけた者だけで、それが終わればいい。しかし、命じた者にまで飛び火することとなった時、それは悲惨だ。どこまで広がっていくかわからない。

 使用人頭は、それでも、僕を縋るように見てくる。僕だったら、どうにか出来るんじゃないか、なんて思っている。もう、そう見られてしまうと、善人な男爵家の血が表に出てしまう。結局、僕は善人を捨てられないんだ。

「妖精殺しの短剣は何本ある?」

「山ほどあります。数えたことはありませんが樽にいっぱいです」

「今、生き残っている元伯爵一族は何人だ?」

「四十人ほどです」

「人数分よりも多めに持ってきてくれ。錆びているだろうから、全て、エリカに鍛え直させる。それで満足か?」

「助けられるのですか?」

「いいか、あの一族は、神の罰を受けている。救いはない。だが、本当に罰を受けるべき者は、元伯爵と元伯爵令嬢だけでいいはずだ」

「………あの、元伯爵令嬢は、救わない、の、ですか?」

「底辺に落としてから考える。それまで、変な気を起こすな」

 この使用人頭は、随分と元伯爵令嬢に入れ込んでいるな。僕は命じておくが、何が起こるかわらないので、警戒はする。

 一度、地下室から出ると、父上が待っていた。

「ロベルト、すまないね」

「仕方ありません。僕はどうやっても、この男爵領に戻る運命だったんです」

 一度は男爵領を出て、リスキス公爵の養子となった。僕が役割を持っていなければ、きっと、男爵領に戻ることはなかっただろう。

 僕は運命に飲み込まれ、帝国の思惑の犠牲となった。本来ならば、帝国から生きて戻れなかっただろう。ところが、男爵家に代々仕える妖精の子孫たちが、暴走した。僕を取り戻すために、魔道具を持って、帝国にやってきたのだ。そこに、叔母の妖精の力まで働き、帝国の魔法使いたちは、妖精の子孫たちの暗躍に気づきもしなかった。

 僕の兄姉には、妖精の子孫が一人、仕えている。ところが、僕には誰も仕えなかった。そういう時もあるので、誰も気にしなかった。僕も不便はない。どうせ、平民になると決まっていたからだ。

 だけど、僕という存在は、災いを退ける役割を持っているため、主のいない妖精の子孫たち全てが従った。主のいない妖精の子孫たちは、僕の言いなりだ。エリカを帝国から連れて帰る、と命じれば、そうする。実際、そうなってしまった。そうなって、初めて、僕は役割を持って生まれたとわかった。

 父上は、泣きそうな顔で笑う。

「本当は、僕がやるべきことなのに、申し訳ない」

「さっさと終わらせますよ。さっさとこの役割から降りて、エリカと引き籠りたい」

「すっかり、彼女に骨抜きだな」

「そうですよ。だから、領地から追い出さないでくださいね。彼女を閉じ込められるのは、ここだけです」

 エリカは知らない。この領地は、彼女を閉じ込めるための檻だ。温かく、居心地よくして、エリカが外に興味を持たせないようにしている。外に出ようとしても、たぶん、出られない。

 何故なら、愛しいリリィを外に出して失ってしまった妖精たちは、二度と、同じことが起こらないように、妖精憑きのエリカを外に出さないようにするからだ。エリカは、男爵領にいる妖精たちに、溺愛されている。




 妖精殺しの剣を手にして、エリカは戸惑った。彼女は武器を持つことはなかったからだ。せいぜい、農具だな、持ったことがあるのは。

 小屋に戻れば、大量の武器に、エリカはイヤなものを感じたのだろう。妖精殺しの武器なのだから、エリカに憑いている妖精たちが悲鳴をあげそうだ。

「これを鍛え直してほしい。妖精に報酬を聞いてくれ。準備する」

「これ、どうするの?」

「知りたいか? 知ったら、泣きたくなるぞ」

「これで、ロベルトの左腕を斬るの?」

「それもあるが、一本でいいだろう」

「私、もっと頑張るから!」

「そういうのは、切り捨てることが必要だ。どうせ、利き腕でない左腕一本に上手に移せたんだ。運が良かった」

「半分、私の左腕に移せば、時間稼ぎになるわ!」

「しない。こんな物、二度とエリカの中には入れない。やろうとしても、無駄だ。僕のほうが穢れの扱いはうまい」

 僕は穢れを上手に体にとどめられるようになった。穢れ移しの情報をくれたサウスが、こつを教えてくれた。エリカは何度も、穢れを取り戻そうとしても、僕が拒否するので、出来なかったのだ。

「そんなことよりも、これらを鍛え直させろ。あの呪いだらけの元伯爵一族をどうにかするために必要なんだ」

「出来るの?」

「まずは、道具を揃えてからだ。段階ごとに試すしかないな。丁度いいのがいる」

「ロベルト、悪い顔しちゃって」

 エリカは僕に体を摺り寄せてきた。僕は片腕でエリカの体を引きはがした。

「これ全部、鍛え直せ。それからだ」

「報酬はいらないって。はやく私の願いをロベルトが叶えてほしい、と言ってるわ」

「本当か? 嘘じゃないよな」

 この聖女は僕の前では聖女じゃないんだよ。欲望の孕んだ目で僕を見てくる。

「どうして、私とロベルトの間に、子が出来ないのかしら」

「………」

 僕は黙秘を貫いた。

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