皇帝の狂気
皇帝アイオーン様となって随分と経った。邪魔な皇族もいなくなり、私が皇帝一人に仕えられる平和を享受していた。
悪友といってもいい二人を殺すことは、アイオーン様にとっては大きな痛みとなり、長く引きずっていた。
「お祖父様の日記をお前も読め」
「命令しないでください」
物凄くいやなことなのに、アイオーン様は命じてくる。筆頭魔法使いとしては、先帝の日記を読まなければならない。しかし、先帝ラインハルト様は、私にとっては、かけがえのない方だ。
今の私を作ったといってもいい。そんな方の本音を見ることは怖かった。
「お祖父様はお前の真の姿に狂ったと言ったが、そんなこと、どこにも書いてなかったぞ」
「私の裏の所業は書いていませんでしたか?」
「裏って、何? お前のことは、お気に入りの魔法使いという扱いとか、そういうことばかりだ。だいたい、知っている内容だな」
全て、表向きの話でしかない。しかも、私個人に対する愛着とかか。
「私が女を身請けしていたことはご存知ですよね」
「ああ。よく逃げられてたな」
「逃げられていません。私が身請けした女は、全て、貴族の暗部です」
「………は?」
「貴族どもは、私を通して、大魔法使いアラリーラ様の弱味を握ろうと、わざわざ、訳ありのように偽装した女を私に近づけさせました。よく、わかっていますよ、私がついつい身請けしてしまうような女をわざわざ寄越したんですから。お陰で、男としては、良い思いをさせてもらいました」
事実を話してやると、驚愕するアイオーン様。そうか、日記には、そこまで書いていなかったのか。てっきり、書いているものと思っていた。
「話していると、矛盾を感じる時がありましたが、そういうことでしたか。そうか、流石に、書けなかったのか」
ラインハルト様は、私に対する自らの悪行を隠したかったのだろう。
しかし、あの悪行は、私個人としては、どうしても許せないものだったので、暴露してやった。
筆頭魔法使いをいう身分を隠して女遊びをしていると、もう、来るわ来るわ、暗部の女。この、いかにも素人臭い、か弱く、親とか男とかの借金で売られた、という背景の女に、私はどうしても弱い。
例え、それが、作られた背景といえども。
「可哀想にな。ほら、何か頼め。俺が奢ってやるよ」
「ありがとうございます」
声も好みだ。ダメだ、貴族ども、もう、私の好み全て把握しすぎだ。
通いつめて、もうすぐ一カ月である。もうそろそろ、私の中では身請けの頃合いだ。前回、逃げられたと偽装してから一カ月経っているし、怪しまれることもないだろう。
「ママ、どうだろう、彼女の身請け、出来ないかな」
「また、ハガルちゃんったら、お金無駄使いになっちゃうわよ。この子、男に売られちゃったんだから」
「そうなのかー。まだ、前の男が忘れられない?」
「いえ、今はもう」
頬を染めて上目遣いで私を見てくる。うまいな、この子。もうばっちりだよ。
「次来る時までに、考えてくれればいいよ」
「いえ、ハガル様と一緒になりたいです!」
網を貼れば、向こうから飛び込んできてくれた。その日のうちに、彼女を身請けして、外に借りている小さな一軒家に住まわせる。それも、一週間ほど、様子見してから、この女は筆頭魔法使いの館の地下室行だ。
こうして、私は女に逃げられた、と偽装した。
地下室に放り込まれる彼女は、あの可愛らしい仕草はどっかにいった。
「騙したのね! 何も話さないから!!」
「お互い、肌触れあった仲じゃないですか。色々と話してください」
「っ!?」
あの外行の偽装を解くと、だいたいの女は、堕ちてくれる。ちょろいんだ。
「さて、一度、捕まった暗部は、処分するか、そのまま牢屋行かです」
洗いざらい話した女のお陰で、一貴族は処刑された。
「ハガル、処刑しろ」
皇帝ラインハルト様が私に命じる。
「せっかく、私に初めてをくれた女性ですよ。そんな可哀想です」
「また、お前の悪い癖が。これで、何人目だ、女を飼うのは」
逃げられた、と偽装して捕らえた女は、だいたい、私の素顔を見ると、勝手に堕ちてくる。私自身は、女好きだ。可哀想だし、表に出すことが出来ないので、相手に選ばせる。
「どうですか、戯れに愛されるかもしれない地下牢か、それとも、処刑か、好きなほうを選んでください」
「え、それって」
「衣食住は地下牢となってしまいますが、可愛がってあげますよ。自由がよいというのなら、処刑です」
「地下牢で、待っています」
笑顔で聞いてみれば、地下牢を選ぶ。
「ラインハルト様、許してください」
命じられているので、私の背中が酷く痛む。
ラインハルト様は、ものすごくイヤそうな顔を見せる。
「私はお前をあんなに可愛がってやっているというのに、女を選ぶのか」
「ラインハルト様は、女好きではないですか」
「お前は特別だ」
そう言って、私の指に口付けする。その動作一つで、私は体の奥が熱くなる。
「ここで、そのようなことはやめてください」
「儀式ならいいのか」
「………許すと言ってくださるのなら」
儀式はイヤだが、女の処刑を回避できるなら、仕方がない。
色々と、ラインハルト様の中で葛藤があるようだ。しばらく考えこんで、小さな声で「許す」と女を囲うことを許してくれた。
「ありがとうございます、ラインハルト様」
そうして、また、女が一人、地下牢に増えた。
それなりのことをしているので、それなりのことが起こる。
女の一人が妊娠した。
そのことを賢者テラスに報告した。
「子ども、作れたんだな」
「作れますよ、当然です。女好きですから」
「そうなんだ」
物凄く疑われてたんだ。
たぶん、ラインハルト様の私に対する執着が酷過ぎて、女は抱けないとでも思われたのだろう。
「お前、体、鍛えてないが、女は喜んでくれるのか?」
「私しか知らないですから、喜ぶしかないでしょう」
「そうなの!? 貴族は酷いな。そんな未経験の女を使うなんて」
「そうじゃない女ももぐりこませていましたが、あえて、選びませんでした。自信がないので」
「………そうか」
比較対象が出来ない、未経験の女ばかり選んだ。自信がなかったので、仕方がない。
「そうか、子か。もしかしたら、妖精憑きかもしれないな。産ませるのか?」
「妖精憑きは、そんな親から子に受け継がれるわけではありませんが、産ませないとわからないことですし」
「皇帝陛下には、私から報告しよう」
「そうですね。儀式やりたくないので、お願いします」
ラインハルト様と顔をあわせると、儀式を強硬してくるので、テラスに丸投げした。
次の日、地下牢から女が一人、消えた。
妊娠した女の様子はこまめに見ようと訪れた矢先だ。筆頭魔法使いの館の地下牢は、簡単には侵入は出来ないし、脱出も難しい。何より、身重となった女は、つわりが酷いようで、ベッドからも出られない様子だった。何が食べたいか、と聞いたら、果物を希望したので、私は果物を持って行ったら、誰もいなかった。
「あの身重の女はどうした?」
真っ先に使用人たちに聞いた。
使用人たちは、王城から派遣された者たちだ。だからだろう。私の問いに、固く口を閉ざした。
あの女が身重なのを知っているのは、私と賢者テラス、あと、皇帝ラインハルト様だ。
私はテラスの元に行く。テラスは、ラインハルト様と謁見室にいた。
いつもは使者を出してから行くのだが、今回は、何もなしに謁見室に入った。
テラスは、気まずいように私を見ない。
「テラス、私の子を孕んだ女はどこにいますか?」
その問いかけをした途端、ラインハルト様は机を叩いた。その音に、私は驚いて、ラインハルト様を改めて見た。
ラインハルト様は怒っていた。何故、怒っているのか、わからかった。
「ラインハルト様、どうかしましたか?」
「お前は、本当の家族が欲しいのか?」
「? 言っている意味はわかりません。私には、血が繋がらないまでも、大切な家族はいます」
ラインハルト様の問いかけが理解できない。私にとっては、血が繋がらないが、それでも、支えとなっている家族はいる。
「ならば、なぜ、女に子を産ませようとする!?」
「妖精憑きかもしれないではないですか。私のように力のある妖精憑きであれば、良い、筆頭魔法使いになります」
「そうでなかったら、どうするつもりだ?」
「普通に育てるしかないですね。その時は、ラインハルト様にご相談となります」
「本当は、本物の家族が欲しいのだろう」
「ラインハルト様、落ち着いてください。ともかく、女を探さないと」
「私が殺した」
「………は?」
「切り刻んでやった」
「………」
耳を疑った。私の子を孕んだ女を何故かラインハルト様が手にかけたという。
「何か、失礼なことをしたのですか?」
「お前の子を孕んだからだ」
「………意味がわかりません」
「お前は、いつか、家族とやらのために、私を裏切る」
「裏切るわけがないでしょう! 私の背中には、皇族に逆らえない契約紋があるのですよ」
「お前には、再三、父親と縁を切れと言っているのに、切っていないな」
「そんなことをしたら、可愛い弟と妹が不幸になるからです!」
「お前は私のものだというのに、家族のほうばかり見ている。今はいい。あれらは血が繋がっていない。しかし、血の繋がった子が出来たら、お前は私を裏切る!」
「裏切りません!! 私の皇帝は、ラインハルト様だけです!!!」
「私が死ねば、別の皇帝につくのだろう」
「それは、まあ、そうですね。ですが、今は、あなたが私の皇帝です」
「今、他の血筋の濃い皇族が出たらどうする?」
「私の皇帝はラインハルト様です。そうなったら、ラインハルト様が、その皇族を殺してください」
私の中では、今は、ラインハルト様でない皇帝は考えられない。だからといって、皇族に手をかけられない私は、ラインハルト様に縋るしかない。
私の言葉に、ラインハルト様は虚を突かれた。
「そうか、お前がそういうのなら、その皇族を私が殺してやろう」
間違ったことを言ってしまったような気がした。賢者テラスを見やれば、私にも、ラインハルト様にも顔を向けないように俯いていた。
「ハガル、すまなかった。ついつい、疑ってしまったんだ。許せ」
「いえ、ラインハルト様に疑われるような私がいけなかったのです。今日は、儀式をしますか?」
「お前から言ってくれるとは、嬉しいぞ」
「あなたを不安にさせてしまいました。儀式は必要です」
私にとっては、裏切っていないことを示すための儀式だ。当然だった。
「ハガル、その顔は、外には見せるな。いいな」
「しかし、あの暗部の女たちを篭絡するためには、この顔は有効です」
「それは許す。お前の体に傷がつけられては、大変だ。聞いたぞ、見習いどもがまた、お前に当番を押し付けたそうだな。手を見せなさい」
「魔法を使うので、汚れたり、怪我をしたりしません。ほら、ラインハルト様に言われた通り、綺麗にしています」
ラインハルト様は、私の体一つのために、随分と心を砕いた。背中にある契約紋はどうしようも出来ないが、それを除く部分に傷一つつくことを酷く嫌った。
これは、おかしいことだとは、私だってわかっている。テラスは、私とラインハルト様のやり取りを身近で見てきて、異質さを感じている。それでも止められないのだ。
ラインハルト様は、どんどんと私に対する執着が強くなり、地下牢で囲う女にすら嫉妬した。
最初は、子を孕んだところから始まった。
私が手をつけた回数が多い、と言っては、女を殺した。
私が多く笑いかけた、と言っては、女を殺した。
私が特に優しくした、と言っては、女を殺した。
その度に、私はラインハルト様の忠誠を誓うように、身を捧げた。私が女を抱くよりも、私がラインハルト様に抱かれる回数のほうが遥かに多いというのに、女に嫉妬した。
最後には、地下牢に囲う女はいなくなった。
その頃には、筆頭魔法使いとして表で活動していたので、女を身請けするようなことはなかった。
「おかしい。ラインハルト様はハーレム作って、女を囲っていたというのに」
地下牢からは女がすべていなくなった。ついでに、その頃には、賢者テラスも天に召されていた。
納得がいかない。別に、私はハーレムが欲しいわけではない。ただ、私なりに、小さな幸せを夢見ただけだ。相手の女は暗部だから、まあ、後ろ暗いとこありまくりだ。
物寂しげに見ているところをラインハルト様に見つかった。
「どの女を気に入っていた?」
「ラインハルト様は、ハーレムでは、どのような女がお気に入りでしたか?」
「………」
「そういうことです。どの女も、あなたが囲ったハーレムの女のようなものです」
「それでも、どうしても、許せない。もう、女を囲うな」
「女の身請けをする必要はなくなりました。随分と、貴族も処刑しましたし、風通しもよくなりましたね」
この頃には、儀式という口実もなくなり、ラインハルト様は容赦なく、私を女のように愛した。
そういうことを簡単に話してやると、呆然とする皇帝アイオーン様。
「わかっていたが、お前は傾国の美女だな。お祖父様がやってしまったのも、全て、ハガルのせいだな。私も気を付けよう」
「だったら、側室を迎えたらどうですか。皇妃はもう、手がつけられませんよ」
「お前は、子が欲しくないのか?」
「………筆頭魔法使いは基本、家族を持つことが許されません。それは、弱点となってしまうからです。それが答えです」
「矛盾しているな、お前は」
確かにそうだ。私には、血が繋がらない家族がいる。弟に妹だ。彼らは、明らかに私の弱点である。
「仕方がありません。私の首輪には、その弱点が必要なのですから。アイオーン様、私の家族は殺さないでくださいね。私は、あなたに誠心誠意、尽くしますから」
蛇足的に書きました。そういえば、ラインハルトがハガルに狂ったとこは書いてないなー、ということで、書きました。うん、個人的な趣味ですね。