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妖精憑き 外伝  作者: 春香秋灯
凶悪な魔法使い
5/10

皇帝の役割

 メリルとハイラントの仲はどうなっているのか、わからない。メリルが妊娠したので、悪い仲ではないはずだ。

 皇族のお役目を人任せにして、私は政治と経済の上手に操作していた。そこに、悪友ルーベルトがやってきた。

 ルーベルトは一人では行動しない。だいたい、私か、ハイラントの後ろについてくる、小悪党なんだ。それでも、いないと寂しいんだよな。

「珍しいな、ルーベルトが一人なんて。とうとう、独り立ちか」

「ハガルはいないのか?」

「いつも一緒にいるわけがないだろう。ハガルは筆頭魔法使いだぞ。私とは役割が違う」

 どこに行っているかは、口にしない。ハガルは聖域の慰問に行っているが、それを表立って口には出来ない。ハガルが城を不在となっていることを知られるのは、とても危険なことだ。

 いくら、悪友ルーベルトでも、私はハガルが不在を教えない。

 ハガルが部屋にいないと聞いて、ルーベルトは脱力した。

「ハガルは、時々、怖い目をすんだよ」

「お前は臆病だからな。見習いの頃のハガルは、面白い男だったろう」

「アイオーンにとってはな。僕にとっては、ハガルは怖かった。こう、隙? のようなものがないんだ。後、時々、見た目が綺麗に感じる」

「あるな、それ。平凡な顔だってのに、こう、色香を感じる事がある。あれのせいで、女が逃げてったんだろうな。女よりも色香のある男なんて、自信なくすだろう」

「そうだな」

 そんな軽口で場を和ませてから、私はルーベルトの向かいに座った。

「急にどうしたんだ? お前も妻を迎えて、色々と、忙しいだろう」

 ルーベルトも皇族の役割として結婚した。相手は、まあまあの血筋の子だ。見た目もまあまあだ。ルーベルトにはもったいないけど、仕方がない。ルーベルトは、私並に皇族の血筋が強い。

「最近、ハイラントに会ったか?」

「私は勝手に動けないんだぞ。お前たちが会いに来るしかない立場だ」

「じゃあ、メリルには会ったか?」

「身重で情緒不安定らしく、拒否されている。妊婦では、よくある話だ」

 表向きの夫婦なので、そういうやり取りはしているが、お互い、白い結婚だ。

 ハイラントが、ルーベルトにどこまで話しているか、そこが気になる。迂闊なことは話せない。

「お前とメリルが結婚してから、ハイラントが情緒不安定になったんだ」

「そうなんだ。最近は、ハイラントも遊びに来てくれない。皇族の仕事も真面目にこなしていると報告も来ている。私から動けないから、寂しいな」

 一皇族の頃とは立場が違う。私の行動は常に人が見ている。迂闊に動けば、よからぬ噂をたてられる。

「僕は、どうすればいいんだ!?」

 頭を抱えるルーベルト。あれだな、ハイラントに何か言われたんだな。何を言われたのか、ぜひ、語ってほしいな。

 私はわざわざルーベルトの隣りに移動する。ルーベルトは怯える。そうだろうな、こうなると、私はルーベルトの口を言葉巧みに開かせてたからな。だから、ルーベルトは私から距離をとる。

「ルーベルト、全て話せ。ここでの話は、絶対に外には漏れない」

「ドアの前には見張りがいるというのにか?」

「魔法がかかっている。ここの会話は、外には漏れないようになっているんだ。ここでは、密談することがある。この部屋を覗くのも、私の許可がないと出来ない。入ることすら、無理なんだ」

「僕は普通に入ってる」

「私の悪友だから、除外されているのだろう」

 執務室にかけられた魔法は複雑なくせに、皇帝の心に寄り添うような働き方をする。そこが不思議だ。

 それでも、ルーベルトは安心できない。私にどうしても話せない内容なのだ。珍しいな、こんなこと、今までなかった。

「そうか、ルーベルトも立派な大人なんだな。いつまでも、私やハイラントの後ろに着いてまわっている小悪党ではなくなったか」

「今まで、そう思ってたのかよ!?」

「悪い意味で思っていたわけではない。私には、ルーベルトは必要なんだ。ハイラントも必要だ。どちらも、必要なんだ」

「………そうなんだ」

 聞き方によっては、かなり失礼なことをルーベルトに言っているが、仕方がない。そういう存在は、私やハイラントにはどうしても必要だ。

 だから、ハイラントはルーベルトに吐き出したのだろう。

「ハイラントには、いつ、会った?」

「先週、会った。酒を飲んで、酷かった」

「女にでも、振られたのか? 皇族を振るとは、大した女だな」

「………メリルに会いに行け。拒否されても、会え」

「………わかった」

 どうやら、メリルを一目見ればわかるらしい。それ以上、ルーベルトの口から聞き出すことをやめた。もし、ここで、ルーベルトが全てを語ったたら、ハイラントが激怒するからだ。

 最低限の情報を私に与えて、ルーベルトは意気消沈して出ていった。

「さて、困ったな」

 皇妃の部屋にも、それなりの魔法が施されている。私が拒否されると、皇妃の部屋には入れないのだ。皇帝なんだけどなー。

 残る手段は、ハガルだ。ハガルの魔法使いとしての知識と力があれば、どうにか入ることが出来るはずだ。しかし、ハガルは不在だ。

 もう一つ、あるにはあるが、最後の最後の手段だ。それははとりたくない。表から、穏便に皇妃の部屋に入らせてほしいものだ。

「皇妃の部屋に行く」

 仕方がないので、正攻法で、表から行くことにした。

 ハガルがいないので、騎士が私の後ろについてくる。何かあっても、ハガルの妖精が付いているので、私に傷一つつけることはない。

 そうして、皇妃の部屋の前に立つ。

「メリル、入っていいか?」

 ドアの前で声をかける。しばらくして、侍女越しに返事をする。

『皇妃様の気分が優れません。どうか、お許しください』

「メリル、顔が見たい。どうか、開けて欲しい」

『皇帝陛下、今日のところは、お引き取りください』

「随分と、妻の顔を見ていない。どうか、お前の愛らしい顔を見せてほしい」

『………』

「ここを開けよ」

 命じれば、最後、侍女は開けるしかない。皇妃の許可など表向きだ。中にいる誰かに開けさせればいい。

 そうして、ドアが開く。

「皇妃と二人だけになりたい。他の出ていけ」

 中にいる侍女たちを部屋から出して、私はメリルと二人っきりとなる。

 メリルは、ベッドの中で塞ぎこんでいるようだった。深くもぐりこんでいる。初夜もこんな感じだったな。私は、寝心地最悪なソファで寝たがな。

 私はメリルの側にある椅子に座る。

「メリル、顔を見せてくれ。一応、皇妃の元気な様子を見るのも、皇帝の役目だ」

 もぐりこんでいるメリルは震えているのが、布団ごしでもわかる。妊娠で不安定になったんだろう。

「そう、心配するな。誰も、お前とハイラントのことは知らない。その腹の子の月齢も、いい感じに初夜付近だ。婚姻を急いで良かった。ほら、顔を見せてくれ」

 撫でてやれば、やっと、メリルは顔を見せる。

 驚いた、メリルの顔に青あざがある。

「一体、誰にやられた!? まさか、侍女どもか!!」

「違うっ! あの者たちは、きちんと侍女として、分をわきまえている!!」

「………ハイラントか」

 消去法で簡単に相手がわかる。こんなことを皇妃であるメリルに出来るのは、悪友ハイラントしかいない。だいたい、ハイラントと不貞を働き続けているのだ。暴力をふるう相手はメリルの周りにはいない。

「どうして、こんなことになってる。お前とハイラントは、うまくいっているものと思っていた」

「ハイラントが、信じてくれないの。私は、アイオーンと閨をともにしていない、と言っても、信じてくれない。時期が同じだって」

「えー、ハガルと一緒になって、初夜は三人で語り合ってただけなのにぃー。偽装工作、私とお前で一緒に選んだだろう」

 本当に酷い初夜だ。見届け人は本来は侍女なんだ。そこを無理矢理、ハガルにさせて、なんと三人で一晩、雑談なんかしていた。メリルはハガルの話術にすっかりはまって、ハガルへの警戒心をなくしてしまったほどである。

 最後には、初夜の偽装の候補をハガルが目の前でいくつか作って、二人でハガルに色々と言ってやった。なかなか、すごいのもあったんだよ。ハガル、平凡な見た目のくせして、えげつない奴だった。

 そんな和やかな一夜だったってのに、ハイラントが疑うなんて。

「だいたい、そんな疑ったりするなら、ハイラントが結婚すれば良かっただろう。ハガルがどうにかしてくれたぞ。筆頭魔法使いがちょっとごねれば、私とメリルの婚姻なんぞ、簡単になくせたんだ」

 筆頭魔法使いは第二の権力者だ。なにせ、皇帝の次に権力がある。聖域が穢れたとしても、筆頭魔法使いは簡単に浄化してしまうのだ。神の奇跡のような魔法も使えるし、頭脳も化け物である。こんな男が、「ちょっと、この女はやめよう」なんて言えば、宰相だって反対しない。筆頭魔法使いがダメだということは、皇妃候補に何か問題がある、と宰相は見えない何かを察知するのだ。

「でも、そうなったら、私は捨てられる」

「わかった。とりあえず、その顔を治させよう。全て、ハガルに話す」

「いやよ!」

「外に漏れる前に、その傷を治す必要がある。わかっているのか? この部屋に私が訪れていないことは、記録されている。その間に出来た傷だ。いない皇帝が暴力を振るったわけではないことは、簡単に証明されてしまう。それ以前に、なかったことにする。その顔の傷程度なら、ハガルの手にかかれば、一瞬だぞ。さっさと治して、それなりの頃合いで、侍女どもの口を封じる」

「………え? どういうこと?」

「ハイラントとお前の関係を外に漏らさせるわけにはいかない。侍女どもが囀る前に、私のほうでどうにかする。お前は大人しく、その腹の子を産め。大事な皇帝候補だ」

 物凄く驚いたようにメリルは私を見上げた。

「皇帝になってから、変わった? そんなこという、人ではなかったでしょう」

「私はもともと、こういう人間だ。ハイラントもルーベルトも気づいていない。実の親だって、私の本性には気づかなかった。気づいたのは、ハガルだけだ」

 最近は、暇を持て余しているので、皇帝の日記を読んでいる。ハガルがどうしても読みたがらない、先帝ラインハルトの日記だ。そこには、とんでもないことが書かれていた。そりゃ、禁書庫で、皇帝か筆頭魔法使いしか読めないようにしたわけだ。

 ラインハルトの皇妃の浮気はかなりのものだった。そのため、ラインハルトは火消を定期的に行っていた。定期的に侍女を入れ替えたのだ。それまで皇妃の侍女だった者たちは、全て、ラインハルトの手によって殺されていた。他人の手でやらせない。自らの手で全て行ったのだ。

 なるほど、皇帝の日記を読ませたいわけだ。最初こそ、今の私のように、読まれても困らない内容だったが、心構えが出来てくると、過去の皇帝の悪行など、皇帝自身は赤裸々に書いていた。先帝ラインハルトもそうだ。これは、という悪行はしっかりと書いたのは、未来の皇帝に心構えを叩きつけるためだ。

 呆然とするメリル。皇妃としての仕事はしっかりとこなしている。私はそれ以上のことを彼女に求めない。

「いいか、新しい侍女まで始末されたくなかったら、そんな怪我をするな。いいな」

「う、うん」

 メリルは頷くしかなかった。どうせ、また、怪我するだろうけど。


 ハガルの秘密の外出はすぐに終わった。私が執務室に戻れば、ハガルが待っていた。

「メリル様の部屋に行っていると聞きました。お元気でしたか?」

 穏やかな笑顔でハガルは聞いてくる。何も知らない様子だ。

「顔にちょっと、怪我をした。すまないが、治してきてくれ」

「はあ」

 いざとなると、ハガルに説明できず、命じた。命じられれば、ハガルは特に疑問もなく、メリルの元へと行く。そして、しばらくして戻ってくる。とくに、表情に変化はない。

「ああいうこと、身分は関係なく、起こるのですね」

「普通だな!」

 明らかに殴られたとわかる顔の痣だというのに、ハガルは平然としている。

「平民でもよくありますよ。タチの悪い男に引っかかった女は、よく顔を怪我させて、接客していましたね。よく、怪我を治してやりましたよ」

「………どうすればいい」

「一度、ハイラント様と話し合いをするしかないでしょう。私も立ち合います。さて、どこにしますか?」

 場所を執務室に、とハガルは言わない。ハガルは何か、企んでいる。

「ハガル、私はハイラントもルーベルトも、大事だ」

「知ってます。最初の皇帝の仕事を拒否されるほど、大事にしていますよね。だから?」

 笑顔を向けるハガル。ハガルの中では、まだ、ハイラントとルーベルトを暗殺することを諦めていない。どうにか、消したいのだ。

「お前は家族が大事だろう。私は同じようにハイラントとルーベルトが大事だ」

「あなたと私は立場が違う。私は家族を人質にとられている。あなたは、その家族のような者たちが足を引っ張っている。ハイラント様は、私の皇帝の邪魔者だ」

「私は、ラインハルトではないぞ!!」

「当然ではないですか。私はあなたをラインハルト様に仕立てるつもりはない。あなたとラインハルト様は別者だ。ラインハルト様だったら、皇帝となった時に、そういう者は全て切り捨てている」

「最初に、切り捨てさせようとしたではないか」

「あれは、皇帝として必要なことを提案しただけです。一応、宰相とも話し合いましたよ。皇族の処刑は、私の分野ですから、宰相では判断は出来ません。そこのところも詰めての提案です」

「………お前、おかしい」

「そういうふうに教育されるんです。本来、私は家族を持ってはいけないんです。弱点になりますから。しかし、私は弱点を持って抑え込まなければなりませんでした。弱点がなかったら、筆頭魔法使いの儀式が行えなかった。あんな儀式、誰だって拒否したい」

 ハガルの筆頭魔法使いの儀式は、日記で読んだ。あまりにも濃かった。

 ハガルはその力で一度、儀式を拒否した。当時の賢者テラスでさえ、ハガルの力を抑えこめなかった。だが、愛を与えたラインハルトを傷つけることが出来ないハガルは、ラインハルト自らの手による儀式の執行に、抵抗出来なかったのだ。ハガルの背中に契約紋の焼き鏝を押したのは、ラインハルトだ。

 儀式後のハガルは長いこと、高熱を出し、火傷に苦しんだ。その姿を見て、ラインハルトはハガルに寝ずの看病をしたのだ。それでも回復する前に、ハガルを戦争に行かせた。皇帝として、帝国のこと第一だったので、仕方がなかった。その苦悩が、日記に書き綴られていた。

 ハガルは私の前にひれ伏す。

「私の皇帝は、アイオーン様だ。他はいらない」

 そうして、私の靴を舐め、服従を示した。





 ハイラントとの手紙のやりとりは数度だ。久しぶりに剣の修行をしよう、となった。皇帝となったが、私は剣技の修行は毎日、やらされていた。皇帝は、いつでも戦場に立てるようにしないといけないので、それなりに剣技が使えないといけないのだ。

 人払いはした。そこには、私とハガル、ハイラント、ルーベルトの四人だ。ハガルがいるので、人払いが出来たのだ。

 久しぶりに見るハイラントは、眠れていないようだ。目に物凄い隈がついている。食事もうまくとれていないのか、痩せたように見える。

 ルーベルトはハイラントの後ろにぴったりとついている。そうか、お前はハイラントの側についたんだな。どうせ、私には筆頭魔法使いハガルがついているから、そうするしかなかったんだろう。小悪党ではあるが、ルーベルトは、根がいい奴なんだ。

「ハガル、手を出すな」

 前もって、私から命じておく。

「皇族同士の戦いには、筆頭魔法使いは手を出せませんよ。何より、この通り、武器すら持てない」

 綺麗な両手を見せるハガル。腕も細く、重い荷物だって、今は人任せだ。

 そうして、久しぶりの対面と会話だ。

「ハイラント、久しぶりだな。体調、悪そうだし、今日はやめてもいいんだぞ」

「いや、今日だ」

 ギラギラとした目で私を睨んでくる。剣技で私は、ハイラントには勝ったことがない。技術面でカバーをしているが、どうしても体格で負けてしまう。

 使う剣は真剣だ。木刀のほうがいいのだが、ハイラントからの提案だ。

「ルーベルト、すまんが、審判やってくれ。大丈夫、ハガルは手を出さない」

「わかった」

 私がすでに、ハガルの動きを封じているので、ルーベルトは安心して、審判に立つ。お前だって、ハガルの動きを封じることが出来るというのに、そういうこと、忘れてるよな。

 そうして、ルーベルトが「始め」と合図を出すと、私とハイラントの試合が始まる。

 最初は、ただ、剣を叩きあうだけだ。私は毎日、やらされている。騎士団の隊長相手にすることもあって、それなりに上達していた。

 ハイラントはそうではない。すっかり、腑抜けとなってしまっていた。体力だって、落ちているのだろう。私の剣捌きを受け流すだけで必死だ。

 結果、ハイラントは膝をつくこととなる。私は軽く呼吸を乱す程度で、剣を下げた。

「流石に、疲れるな。休憩しよう」

「まだだ!!」

「………ハイラント、私の皇妃をこれ以上、疑うな。私と皇妃は、白い結婚だ」

「あの証明を見て、それを信じろというのか!?」

 私とハガルは顔を見合わせてしまう。えー、初夜の証明、そんなに生々しすぎたのか。

「いやいや、ハガルの偽装だから。選んだのは、メリルだけど。そうか、ああいう感じだったのか。メリルに選ばせるんじゃなかったな、ハガル」

「アイオーン様が選んだものにすればよかったですね。二候補で、随分と白熱しましたよね。私としては、どっちでも、どうでもよかったですが」

「うるさい!!」

 場を和ませようとしたというのに、ハイラントは怒りがおさまらない。震えながら、剣をかまえる。

「やめよう、ハイラント!!」

 止めるルーベルト。私は危険を感じて、間に入る。途端、ハイラントはルーベルトを攻撃しようとした。そこに、私が入って、攻撃を受けてしまう。

 軽く胸を怪我した。

「アイオーン!!」

 真っ青になって、ルーベルトが私に駆け寄る。大した怪我じゃないというのに、大袈裟だな。

 そう笑って言いたかったが、私の体は突然、力を失ったように倒れた。

「………毒?」

 ハイラントの剣に、毒が塗られていた。とんだ修練だ。ちょっとでも怪我したら、私は死ぬわけだ。

 ハガルが慌てて私に駆け寄ろうとする。

「動くな、ハガル!!」

 その動きをハイラントが止める。皇族の血筋は、私とハイラント、ルーベルトは横並びだ。ハイラントの命令に、ハガルは逆らえない。

「妖精も、全て、動かすな、いいな」

「ハイラント、やめよう! このままだと、アイオーンが死んでしまう!?」

「うるさい!! ハガル、言ったよな。皇帝になりたいなら、アイオーンを殺せと」

「皇帝を殺した皇族が次の皇帝です。それは、絶対です」

 ハガルは感情のない声で、ハイラントに答えた。皇位簒奪は、皇族同士では許されている。何せ、いざという時には皇帝は戦場に出るのだ。甘い優しい皇帝では、帝国は滅ぼされてしまう。

 このまま、死ぬのか。私はそう覚悟していた。私には、皇帝としての覚悟なんてない。こんな状況になっても、ハイラントとルーベルトを切り離せない。

「ですが、私の皇帝は、アイオーン様、ただ一人だ」

 命じられているというのに、ハガルは動いた。

「動くなと言っている!!」

 それでも、ハガルはハイラントの命令に従わない。ハイラントは、ハガルを力づくで止めようと手を出した。

「ダメだ!」

 それを邪魔するのはルーベルトだ。このままだと、私が死んでしまうので、ルーベルトが体を張ってハイラントを止めた。

「うるさい!!」

 それなのに、ハイラントはルーベルトを毒が塗られた剣で斬った。

「………あっ」

 意識が朦朧としてきた。ハイラントは容赦なく、戦い術がないハガルに剣を振り上げる。ハガルはラインハルトの命令で、体術を一切身に着けられないように教育された。妖精憑きの力が強く、どんな魔法も行使出来て、何より、化け物のような頭脳と才能のため、体術だけは封じたのだ。それは、体術を使って、皇族に逆らわせないためだ。

 ところが、ハイラントの剣はハガルの体に触れるまえに折れて吹っ飛んだ。

 毒が回ってきた頭では、何が起こっているのか、私はわからなかった。ハガルは、苦痛に顔を歪めながら、私の元に来る。

「許すと言ってください。はやく!」

 言いたいが、言えない。許すと言わないと、ハガルは私に魔法が使えない。私の怪我を治せないのだ。

「ハガル、アイオーンを、助けて、くれ」

 まだ、毒が回りきっていないルーベルトが許可を出した。他人の許可で、ハガルが私に魔法を行使出来るのかはわからないが、一か八かで、ハガルは私に魔法を行使する。

 出来るはずがない。まったく変化がないのだ。悔しそうに顔を歪めるハガル。

 ハイラントがハガルを殴りつけた。武器は防げたが、直接の攻撃をハガルは防げない。たぶん、その差が出たのだろう。

 覚悟を決めて、私は目を閉じた。もう、このまま死ぬものと思っていた。

 ところが、すっと苦しさが消える。胸の傷の痛みすらなくなった。

 何が起こったのかわからず、私は上体を起こした。

「ハガル、ルーベルトを治してくれ!」

 私がそう命じるが、ハガルは意識をなくしていた。

 呆然とするハイラント。意識をなくしたハガルを見て、動かなかった。何があったのか?

 私はハイラントの横をすり抜け、ハガルに駆け寄る。そして、見てしまった。

 ハガルは平凡な姿だ。どこにでもいる、平凡な平民だ。才能やら何やらが詰まっていたが、その見た目だけは残念な男だった。

 ところが、意識を失ったハガルの姿は、絶世の美女のように美しかった。息が止まった。これほどの美しい人を前にしては、それまでの行いなど、忘れてしまう。ハイラントは、呆然とハガルを見下ろし、顔を赤らめて、陶酔している。わかる、この美しさには、男女はない。間違いが起こっても仕方がない。

 だが、私は常に試されるように、こういう顔を垣間見ることが多かった。だから、ハガルの顔を思いっきり叩いた。

「起きろ!」

「いたっ、酷いですね」

「ルーベルトを助けてくれ、はやく!!」

 顔をおさえて上体を起こしたハガルは、どんどんと死へと近づくルーベルトに目をやる。たったそれだけで、ルーベルトの顔色は良くなってきた。

「私の顔を傷つけないでください。ラインハルト様に叱られます」

「もう死んでるだろう!!」

「あの方は、私の顔を気に入っているんです。誰にも見せるな、というほどに。ラインハルト様の日記を読んだのなら、わかるでしょう。ラインハルト様は、この私の姿に狂ったんです」

 皆、先帝とハガルの関係を間違って見ていた。ラインハルトは、ハガルを女のように愛した。だから、戦う術を与えなかった。それは、この姿を保つためでもあった。下手な筋肉をつけさせて、この美しさを壊したくなかったのだ。

 ハイラントはハガルの真実の姿に目が離せず、そのまま、腰抜けてしまう。

「大魔法使いの力を使うと、反動で、姿の偽装が解かれてしまうんです。妖精たちは、私のこの姿を好んでいます」

「どういうことだ?」

「アラリーラ様の妖精を使ったんです。私の妖精は契約紋で封じられてしまいますが、アラリーラ様の妖精はそうではない。私は、筆頭魔法使いの契約紋があっても、皇族を魔法で殺せるんです」

 その証明をするために、ハガルはちょっとハイラントに目を向けるだけで、ハイラントは見えない何かに吹っ飛ばされた。

 ハイラントは、ハガルを化け物でも見るように震えて見た。

「何故、私を皇帝に選んだ?」

 三人の立派な血筋の皇族がいた。誰でも良かったはずだ。

「あなたは、私に優しかった。正しい道を教え、時には励まし、時には笑い合いました。私はあなたには、逆らえません」

 ラインハルトと同じ理由だ。ハガルは、私には感情の上で、逆らえなくなっていた。

 ハガルは服についた汚れを簡単に払って、自らの傷も一瞬で治してしまう。

「さて、どうしますか? 助けましたが、私は彼らの処刑を諦めていません」

 いつでも殺せる。そうハガルは私に言っているのだ。

 私は剣に手をかけた。

「本当に、お前ら、とんでもないことをしてくれたな」

 笑うしかない。

 恐怖で動けないハイラントは、もう、抵抗する様子もない。私は容赦なく、ハイラントを殺す。

 ルーベルトは意識がなかった。だから、簡単にルーベルトの心臓を一突き出来た。

「良かったのですか、殺して」

「お前の秘密を漏らすわけにはいかない」

 筆頭魔法使いの首輪が役立たずだなんて、知られでもしたら、大変だ。秘密を握るのは、人数が少なければ少ないほうがいい。

「私のこの姿は、また、隠さなければいけないですか?」

「隠せ。私の前でも、出すな」

「これ、面倒なんですよ」

 その日一日は、ハガルは顔を隠した。大魔法使いの妖精を使った反動で、偽装がどうしても出来なくなっていた。





 ハイラントが私を殺して皇位簒奪を狙っていた事実はすぐに知れ渡った。





 メリルは私とは、皇妃としてしか会わなくなった。子が生まれても、私には触れさせもしない。

「子育てを手伝わなくてよくて、楽だ」

「皇帝は子育てを手伝いません。子育ては、使用人の仕事ですよ。仕事をとってはいけません」

「そういうことは言うな」

 悔しいので、そう嘯いているというのに、ハガルはいちいち、ツッコんでくる。

 ハイラントとルーベルトの死はそのまま伝えられることとなった。皇位簒奪をした事実を隠さないのは通例だ。そうすることで、皇帝の権威を上げるのだろう。

「宰相から、戦争の予算の解体を要求されている」

「何に使うのですか?」

「ハーレムでも作るか」

「だったら、許しません」

「えー、作れと言ったじゃないか! お前、皇帝がハーレム作るのは反対しなかっただろう!?」

「遠い未来でいいので、貧民をどうにかしてください」

「どうにかしようと、頑張っている」

「もっとです。貧民の問題は、金がまるでかかっていません。貧民を必要な者たちが、そうさせないんです」

 皇帝としても、貧民をなくすことは考えている。しかし、何故か、この問題は解決できない。

 それはそうだ。貧民をいいように使う有力者が大勢いるからだ。

「ラインハルト様の日記を読んだのなら、私が実は貧民なのは、ご存知ですよね」

「ああ」

 ハガルは実は、貧民街で捨てられた赤ん坊であった。この事実は、公にはされていない。

「あそこには、私のような妖精憑きが野放しにされています。いつか、その妖精憑きが、帝国を滅ぼします」

「帝国所有の妖精憑きはいっぱいいるじゃないか」

「その妖精憑き全てが束になっても、私には勝てません。私が生きている内はいい。私が死んだ後は、その妖精憑きを封じる術がなくなる」

「その頃には、私は死んでいるから、どうでもいい」

 遠い未来のことなど、私はどうだっていい。今、目の前の事が大事だ。

「私のような力の強い妖精憑きは百年は軽く生きます。その間に起こった時は、私が解決するのですよ。私だけ、他人事ではないです」

「大変だな」

「ラインハルト様も、よりにもよって、あんな臨終の場で言わなくても。酷い男だ」

 ハガルはラインハルトが死んだ後も、ラインハルトの願いに縛られている。

 日記は臨終近くまで続いていた。ラインハルトはハガルを帝国に縛り付けるために、わざと、皇族たちが揃う臨終の場で言ったのだ。あれだけの目と耳があるのだ。ハガルは聞いていない、とか否定すら出来ない。

「私も、それなりに長生きしないとな。でないと、お前の首輪がまた、なくなってしまう」

「それまでに、いい感じの首輪を探しておきますから、大丈夫です。せいぜい、気楽に皇帝をしていてください」

 皇帝をも殺す力のある凶悪な魔法使いは、嫣然と微笑んだ。

ここで、凶悪な魔法使いは終了です。ハガルのことは書きたくて書きました。もう、趣味ですね、ここは。ハガルの話は年齢制限ありの所で書いていましたが、この外伝は、そういうのがまるっきりないので、こちらに書きました。書きたくて書いているものなので、楽しかったです。

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