大魔法使いアラリーラ
突然、ハガルが私の執務室にやってきた。筆頭魔法使いなので、約束なんて必要ない。勝手に来て、勝手に話していくことは、いつものことだ。
「アイオーン様、すみませんが、魔法使いの館に行きたいので、一緒に来てください」
「一人で行けばいいだろう」
「筆頭魔法使いは、城を出る時は、それなりに理由が必要です。魔法使いの館は、抜き打ち査察としても、私が直接動くことはない。簡単な方法は、皇帝陛下の護衛です」
「まあ、暇だからいいがな」
皇帝の仕事なんて、私にとっては簡単だ。視察とか、そういうことも基本、私は動くことがない。そういうのは、皇族を代理にたてるのだ。となると、城に引きこもりだ。
せっかくの理由付けに使われるのだから、私は喜んで、利用された。
私とハガルは平民服に着替え、また隠し通路を通って城を出た。
「また、何かあったのか?」
「ママが、アラリーラ様が来たと話してました。アラリーラ様が王都に来たというのに、私の元に、王都に来るという手紙が来ていません」
「たまたまじゃないか?」
「王都に来る時は、きちんと手紙を私宛にくれました。多少、手紙が遅れたりすることはありましたが、私には知らせてくれました。なのに、私が知らない所に、アラリーラ様が王都に来ている。おかしい」
ハガルは目を細めて、目の前にある魔法使いの館を睨む。
ハガルにとっては、勝手知ったる魔法使いの館に入る。
「こら、ここには部外者………ハガル様!?」
「皇帝アイオーン様の視察だ」
「すまないな。市井を見ているついでに寄ったんだ。邪魔をする」
「あ、しかし」
「アイオーン様に口答えするとは、無礼だな」
「ひっ!?」
ハガルの一睨みで、魔法使いたちは黙り込む。
ハガルはもう、行先が決まっているようで、そのまま歩いて行き、ある部屋のドアを開ける。
「こら、使用中だ!」
「失礼する。アラリーラ様、お久しぶりです」
「ハガル!!」
その部屋には、魔法使い三人と大魔法使いアラリーラが談笑していた。どうやら、ハガルは魔法使いの館に妖精の監視をつけていたようだ。妖精憑きだらけのそこにハガルの息がかかった妖精がいても、妖精だらけだから、誰も気づいいない。
アラリーラは、ハガルを見ると、部屋から飛び出して、ハガルを抱きしめる。
「ハガル、ちっとも返事がないから、心配したよ!!」
「すみません、忙しすぎて、手紙を確認しきれませんでした」
「筆頭魔法使いも忙しいんだね。私の側仕えとどっちが忙しいのかな?」
「アラリーラ様の側仕えをしていた頃は、見習いもしていたし、週一で生家訪問もしていたし、後は側仕えは報告とかもあったから、あれはあれで忙しかったかな」
「そうか。苦労をかけたね。そうだ、ハガルに話があったんだ」
「アラリーラ様、皇帝アイオーン様です」
ハガルはわざわざ私の傍らに跪き、私をアラリーラに紹介する。
平民服を着ていて、誰も、私が皇帝だと気づいていなかった。先帝ラインハルトは、風格があったが、私には、まだまだ、そういうものが備わっていない。
皇帝がいることに、アラリーラは慌てて跪く。
「初めまして、皇帝陛下」
「堅苦しいのはいい。身分を隠して、視察しているところだ。ハガルとアラリーラは義兄弟だと聞いている。家族の団らんを邪魔してすまぬ」
「いえ、家族よりも、皇帝陛下の御身が大事です」
「そうか。せっかくだ。私もお前たちの話に混ぜてくれ。いつもの通りでかまわぬ。私とハガルは、見習いの頃からの女遊びの仲間だ」
「そうなのですか!! ハガル、知りませんでしたよ」
「その頃は、アイオーン様は一皇族で、随分と遊びを教えてもらいました」
驚くアラリーラに、ハガルは悪ガキのような笑顔を向ける。この変わり身に、他の魔法使いはなんとも言えない目でハガルを見る。この部屋にいる三人の魔法使いは、間違いなく、ハガルに悪意を持っている。
「アイオーン様、時間がありませんので、用件だけ済ませて良いですか?」
「許す」
「アラリーラ様、俺に話って、何ですか?」
これが、ハガルの目的だ。ハガルは、アラリーラが何を話そうとしているのかわからないが、あえて、この人目のある、皇帝の前で聞いた。
「ハガル、筆頭魔法使いをやめて、私と一緒に暮らそう」
私は耳を疑った。大魔法使いは、冗談でも言っているように思えた。筆頭魔法使いは、そうそう、簡単に辞められるものではない。
「ここにいる魔法使いでも、筆頭魔法使いが務まるそうではないか。だったら、ハガルが縛られる必要はない。ハガルは幼い頃から私の側仕えとして働き、戦争にも行き、筆頭魔法使いでも働き、と働いてばかりだ。もう、十分、働いただろう。私と一緒に、家族で暮らそう」
アラリーラはハガルの手を握っていう。
ハガルは呆然とする。アラリーラの誘いに、驚いて、思考が追い付いていないのだろう。とても珍しい姿だ。
「あ、もしかして、手紙に、書きましたか?」
「さすがに手紙で伝えることではない。きちんと、話したかった。皇帝陛下、どうか、ハガルを自由にしてください」
まずいことになった。アラリーラの願いは、絶対に叶えなければならない。
ここにいる魔法使いたちは下っ端だ。アラリーラがどんな存在か知らない。
大魔法使いアラリーラの真実を知っているのは、皇帝と筆頭魔法使いと、一部の貴族だけである。アラリーラの正体は公には出来ない。
大魔法使いという肩書を持っていながら、アラリーラは筆頭魔法使いにも賢者にもなれない。その理由は、アラリーラは妖精憑きでないからだ。
アラリーラは、妖精憑きではない。アラリーラは、物凄く妖精に愛されるただの人間である。その溺愛の度合いはすさまじく、妖精憑きの持つ妖精を魅了してしまうほどだ。そのため、アラリーラを野放しは出来なかった。
アラリーラの前では、妖精憑きは誰も勝てない。アラリーラに危害を加えようものなら、妖精が復讐をする。それほど、妖精に溺愛されるアラリーラを見つけた亡き賢者テラスは、アラリーラを魔法使いとして囲い、才能の化け物であるハガルを側仕えにつけたのだ。
アラリーラの側仕えにすることで、ハガルはアラリーラを溺愛する妖精たちの信頼を得て、アラリーラを愛する妖精全てを操れるほどまでとなった。
アラリーラは引退したが、アラリーラに魅了された妖精はどこにでもいる。この王都にも、恐ろしい数がいるという。その妖精全てをハガルは使えるという。
ハガルは筆頭魔法使いを辞めさせれない。何故って、アラリーラよりも野放しにしてはいけないのは、ハガルだからだ。
アラリーラは、ただ、溺愛されているだけだ。操る能力はない。アラリーラが願ったことをハガルが操って、アラリーラが魔法を使ったように見せているだけだ。
しかし、ハガルはアラリーラがいなくても、アラリーラを溺愛する妖精全てを操れてしまう。こんな化け物を野放しすることは出来ない。
しかし、困った。アラリーラの願いは絶対叶えなければならない。アラリーラの幸福は、帝国の幸福だ。
「嬉しい、アラリーラ様」
ハガルはアラリーラの手を握って、はらはらと泣きだした。突然のことに、私だけでなく、見て、聞いていた魔法使いたちも驚いた。
「ハガル、では」
「でも、ダメだ。俺はラインハルト様と約束したんだ。帝国を守ると」
「それは、いつ?」
「ラインハルト様の臨終の場で言われてしまった。ラインハルト様には、随分とお世話になった。幼い頃にアラリーラ様の側仕えをしていたお陰で、俺の家族は飢えることなく、まともに生活出来た。戦争に行って、あのクソ親父の借金も返して、さらに、しばらくは蓄えが出来たほどだ。今、アラリーラ様と妹のカナンが結婚出来たのも、ラインハルト様のお陰だ。全て、ラインハルト様のお陰で、今がある。だから、俺は、帝国を守るためにも、辞められない」
「代わりがいると聞いた。だったら」
「アラリーラ様、ラインハルト様の恩は一生かけて返すほどのものなんだ。ラインハルト様にとっては、俺なんて、一魔法使いだ。だけど、俺にとっては、ラインハルト様は亡くなった後も、大恩ある方だ。俺が、恩を返したい」
「………皆、ハガルに会いたがっているぞ。家族のことは大事だろう」
「家族が大事だから、家族ごと、帝国を守るんだ。家族がいなかったら、俺は帝国を守る理由がなくなる。だから、アラリーラ様、俺の代わりに、家族を守ってくれ。お願いだ!」
ハガルはアラリーラの前にひれ伏す。
汚れた床に額を押し付けるハガルに、アラリーラは困ったように笑って、しゃがみこむ。
「もう、よしてくれ。お前は私の義理の兄だ。わかった。私が義兄の代わりに家族を守ろう。だから、ハガル、こんなことはするな。私は今は、お前の義理の弟だぞ」
「そんな、恐れ多い」
「ほら、立って。私は、我儘がすぎたな。酷いことを言ってしまった。ハガルは全てをかけて家族を守って、筆頭魔法使いの儀式を耐え抜いたというのにな。すまなかった」
「いえ、かまいません。最後に、俺の気持ちをわかってくれるなら、もう、どうだっていい」
「ほら、立って。皇帝陛下の前で、なんという醜態だ」
「大丈夫。アイオーン様の前では、見習い時では、かなりの醜態を見せたから」
「そうだな」
私は適当に相槌をうってやる。
ハガルの本音を聞いたような気がするが、どうだろうか。ハガルは、まだ、皇帝である私に、本音を隠している節がある。
「アラリーラ様、少し、外で待っててください。アイオーン様に時間を貰います。少し、外でお茶しましょう」
「ああ、わかった。待ってる」
そうして、アラリーラは部屋を出ていく。
途端、ハガルは笑顔を消した。一気に、部屋の空気が変わる。
「お前たちの妖精は私が盗った。返してほしければ、私の執務室に行け。何をしたのか、じっくりと話を聞かせてもらおう」
私にはわからない事だ。魔法使いたちは、真っ青になった。妖精を盗られたのは、事実だろう。魔法使いは妖精憑きだ。妖精憑きは妖精を失うと、ただの人以下である。
そして、ハガルは私の前に跪く。
「御前を離れることをお許しください。何者も、アイオーン様を害することが出来ないように、妖精を付けます」
「わかった。許す。私はこのまま、戻ればいいか?」
「できれば、私の執務室に待っていただきたいです。騎士を控させてください。こいつらは、妖精を封じましたが、一応、一通りの剣技が使えます。私の妖精には勝てませんが、気を付けてください」
「わかった」
私の許可を得ると、ハガルは悪ガキの顔に戻り、部屋を出ていった。
震える魔法使い三人を見る。
「お前たちは、ハガルのことを何も知らないくせに、よくもまあ、酷いことをしたな。ハガルは、幼い頃から血反吐を吐くほどの苦労をしていた。お前たちが笑って見習い魔法使いをしている側で、ハガルは戦争にも行って、雑用全てをこなしていたそうだ。皇帝と賢者と一部の貴族だけが、ハガルの苦労を知っている。お前たち下っ端は、何も知らされていない。しかし、だからといって、筆頭魔法使いを陥れることは、許されないことだ。逃げるなよ。帝国では、お前たちの逃げ場はない。ハガルが本気になれば、引きずり出すことなど、簡単だ」
震える妖精を失った魔法使い三人に、誰も味方はしない。このまま、動きそうにないので、私は適当な魔法使いに兵士数人を呼びに行かせた。
家族団らんはほどほどに終わらせてきたのだろう。ハガルは空が暗くなる頃に執務室に戻ってきた。
魔法使い三人と私が執務室に待っているのを見て、ハガルは表情を曇らせる。
「アイオーン様、わざわざ、連れてこなくても良かったのに」
「逃げた所を、殺すつもりだっただろう。貴重な妖精憑きを殺させるわけにはいかない」
魔法使い三人は真っ青になる。逃げれば命がなかったことに、今、気づいたのだ。妖精のいない妖精憑きなど、ちょっと腕の立つ人を雇えば、簡単に殺すことが出来るというのに。
ハガルは魔法使い三人の前に、どさどさと紙を落とした。
「私宛の手紙を盗むとはな。アラリーラ様だけではない。私の家族の手紙まで、盗んだ」
「ちょ、ちょっと強い妖精が使えるだけだろう!! お前は家族を捨てない、甘い魔法使いだ!!!」
「そうだ。そんな奴が筆頭魔法使いをしていれば、いつか、帝国を滅ぼすこととなる!!」
「そうだな。私は家族を切り捨てられない。そのため、妖精金貨を出してしまったな」
ハガルにとって、家族は大きな弱点であり、欠点である。家族を盾にとられれば、ハガルは抵抗も出来ないのだろう。実際、妖精金貨を出した父親を救おうとまでしたという。
そんな家族を切り捨てられないハガルを見た魔法使いたちは、ハガルをどうしても認められない。
ハガルは騎士を部屋に呼び込み、騎士が帯剣する剣を借りる。
「私は、あまりに忙しいから、剣技は免除されていた。それも、見ていて腹が立ったのでしょうね」
私にとっては、大したことがない剣だが、ハガルは両手で持っても、切っ先を床につけてしまうほど、非力だ。
「私はね、妖精憑きだけでなく、魔法使いの才能も化け物であるため、剣技を封じるしかなかった。たぶん、剣技も化け物なんだろう。私は、才能がありすぎるんだ。だから、ラインハルト様は私から剣技を奪い、体を鍛えることを許さなかった」
引きずるしかない剣をハガルは騎士に返す。その手は何の苦労もしていないほどに綺麗で細い。
「家族も私を封じる大事な足枷だ。今も、帝国の暗部が私の家族を見張っている。私が何か良からぬことをすれば、即、家族は殺されるだろう。だから、私は大人しく、従っている。なのに、お前たちは、私の家族からの手紙を盗んだ。帝国が、上位貴族が、皇帝が、どうにかして私の首輪を外さないように、と苦労しているというのに、お前たちは、とんでもないことをしでかしてくれた。
アイオーン様、処刑しても良い数を決めてください」
突然、私に話が振られた。とんでもない話だな。
「さっきも言ったが、妖精憑きは貴重だ。簡単に殺すな」
「一度、魔法使いたちが私に反乱を起こした時は、魔法使いたちの仕事全てを私一人でこなしました。本当は、私一人で出来る事なんですよ。それをやらせているだけです。そうですね、今の魔法使いの半分の人数がいれば、十分です」
「そうなのか。帝国にいる魔法使いは、多すぎるのだな」
「努力も足りません。努力しない魔法使いは、ただの無駄飯食いですよ」
「宰相も言っていたな。魔法使いは金がかかると。半分に減らせば、予算も半分か。宰相も喜ぶだろうな」
処刑人数がどんどんと増やされていくような話になってきた。この三人の魔法使いだけでは終わらなくなったのだ。
「筆頭魔法使いは、お前たちでも出来ると言ったそうだな。わかった、儀式をしよう。アイオーン様、許可をください」
「いいだろう、許可する。いつやる?」
「今すぐです。魔法使いどもとアイオーン様、宰相がいれば十分ですよ」
こうして、三人の魔法使いは、筆頭魔法使いがされる焼き鏝を背中に押し付けられることとなった。
ハガルは三人の魔法使いに妖精を返して、また、日常に戻る。もう、魔法使いたちはハガルに逆らわない。何せ、筆頭魔法使いの儀式を目の当たりにしたのだ。
ハガルは十に満たない年ごろで、秘密裡に筆頭魔法使いの儀式を受けた。大人でさえ苦しみ、泣き叫ぶ儀式を、子どもの頃に受けたハガルは、その頃から、おかしくなったのかもしれない。
魔法使いたちが大人しくなったので、ハガルは肩の力を落として、私の執務室でソファに座っていた。
「こら、仕事はどうした」
「せっかく、魔法使いたちが真面目になったんです。私はだらけたい。そうだ、女遊びに行きましょう! ママの店に新しい子が入ったかも」
「私には、立派な皇妃がいる。そういうのは、程ほどにしないとな」
「えー、そんなぁ! アイオーン様が行かないと、私は行けないじゃないですかぁ。アイオーン様、連れてってくださいよぉ」
「子が出来たそうだ」
「………それは、おめでとうございます」
全然、お祝いするような顔ではないな。物凄い間があったよ。
「アイオーン様、暇ですか?」
「暇だが、市井には行かないぞ」
「禁書庫には、過去の皇帝の日記があるそうです。ラインハルト様の日記、読んだことがありますか?」
「ハガルは読んだのか?」
「さすがに、ラインハルト様のものは読めませんでした。ラインハルト様の本音を見たくない」
先帝ラインハルトは、ある意味、ハガルを育てたようなものだ。ハガルはラインハルトを慕っているが、どういう形で慕っているのか、わからない。ハガルに命じれば、教えてくれそうだが、聞くのが怖い。
蠱惑的に笑うハガルは、私に皇帝の日記を読ませたいのだろう。一体、何を企んでいるのやら。
「皇帝は、日記をつけることも仕事だなんて、とんでもないな。私の日記も禁書庫にいれられるかと思うと、恥ずかしくなる」
「皇帝の視点で、今の世を書くことが大事なんですよ。大丈夫、あなたが亡くなった後に読まれるものです。気にする必要はありません」
「酷いな!!」
皇帝となって、一番、恥ずかしいと思ったのは、この日記だ。これは、絶対にやらないといけない。毎日ではないが、何かあると、書かないといけないのだ。
誰が言い出したのかは知らないが、とんでもない恥ずかしい役割に、私は後の世に恥ずかしくない内容のものを書くようにした。