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妖精憑き 外伝  作者: 春香秋灯
凶悪な魔法使い
1/10

皇帝の交代

筆頭魔法使いハガルの外伝です。

大魔法使いの付き人の時代の後の話の予定です。

 皇帝ラインハルトが臨終を迎える席には、皇族一同が集まった。ラインハルトは女好きだ。子が多く、孫も多い。だからといって、全てが皇族というわけではない。ラインハルトによって筆頭魔法使いとなったハガルにより、ラインハルトの子や孫であっても、皇族でなくなった者は多い。血を分けた子や孫であっても、ラインハルトは容赦なく、平民に落とした。

 それもこれも、臨終の席でもっとも近くに置く筆頭魔法使いハガルのためだ。ハガルの扱いが、皇族からも貴族からも魔法使いからも、あまりにも悪くされたため、ラインハルトは皇族を真っ先に粛清したのだ。血をわけた子や孫までの容赦のなさに、皇族も貴族も黙り込むしかなかった。

 魔法使いたちは、さすがに筆頭魔法使いハガルの手によって、一人、公開処刑された。神の使いである妖精を持って生まれる妖精憑きである魔法使いを冷酷に処刑するハガルには、平民は、畏敬の念を抱かせられた。

 ラインハルトは、子にも孫にもこれっぽっちも愛情を向けなかった。皇帝となった時から、そういうものを切り離したのだ。女好きなのは、切り離せなかったが、筆頭魔法使いを手元に置いてからは、それすらも切り離した。

 突然、表に出された筆頭魔法使いは、隠された魔法使いだ。本来ならば、筆頭魔法使いとなれば即、表に出される。ところが、ハガルは秘密裡に筆頭魔法使いの儀式をされ、表向きは見習い魔法使いとして、裏では筆頭魔法使いとして過ごしていたという。見習い魔法使いとしては、突出したものがなく、女遊びをし、家族を切り捨てられない甘さから、とても、力のある妖精憑きには見られなかった。

 妖精金貨が出たことで、ハガルは筆頭魔法使いとして表に出たが、まだ、ハガルを疑う者は多い。

 十に満たない頃から筆頭魔法使いだったというハガルは、実力を表に出すことはなく、そのため、陥れられた者たちからの恨みは多い。

 この臨終の席でも、ハガルを恨む皇族は睨んでいる。身内で、皇族でなくなった者が出たからだ。

 ラインハルトの死を誰も悼んでいない。

「ハガル」

 弱弱しい声でラインハルトが最後に呼ぶのは、寵愛する筆頭魔法使いだ。

 ハガルは、素早く跪き、ラインハルトの手を握る。

「こちらにいます」

「帝国を、頼む」

「かしこまりました」

 皇帝は皇帝らしい最後の言葉だった。それを受け止める筆頭魔法使いは、ラインハルトの手を額に押し当て、涙を流した。

 ハガルは、平凡な、目立たない男だ。女遊びをし、身請けだってする。だが、その平凡な見た目からか、いつも逃げられていた。

 泣く姿も、平凡だろう。そう見ていたが、そうではない。

 泣いた瞬間、得も言えぬ色香を醸し出すような顔になる。その姿に、私は目が離せなくなった。

 あまりの美しい泣き顔だった。それまでの平凡な顔がどんなだったのか、思い出せなくなるほど、美しい顔だった。

 そんなハガルの顔など、この場で見ているのは私くらいだろ。皆、皇帝の死の瞬間を見ていた。

 そうして、長きに渡り皇帝として君臨したラインハルトは息を引き取った。

 これから、皇帝の葬儀となる。忙しく動く者たちの中で、何故か、筆頭魔法使いハガルが私に向かって歩いてくる。もう、泣いていない顔は、いつもの平凡なものになっている。それでも、醸し出す色香があった。

 ハガルは、私の前に跪いた。

「どうか、私の皇帝となってください、アイオーン様」

 これから、葬儀をし、すぐに皇帝選出となる。それすらすっ飛ばした行為に、その場は静かとなった。





 もちろん、筆頭魔法使いが願ったからといって、私が皇帝となれるわけではない。なりたくないけど。

 それなりの順序を経る必要がある。

 まず、最初に、皇族の順位付けである。筆頭魔法使いをどこまでひれ伏せるか、そこから行われる。血筋が濃いほど、筆頭魔法使いを従わせる。亡くなった皇帝ラインハルトは、なんと、閨の強要まで可能だった。

 靴を舐めさせるとこまでやって、残ったのは、私を含む三人だ。

 ランハルトの孫である私アイオーン、私の従兄弟のハイラントとルーベルトだ。私たち三人は、あまり評判が良くない。女遊びはする、賭け事はする、酒は飲む、借金だってする、という最低な三人である。

 私たち三人が残った時、王宮の者たちも、皇族たちも、貴族たちでさえ、絶望的な顔をした。よりにもよって、最低な三人だ。

 この後、簡単な筆記である。もちろん、三人とも、酷いものだ。こうなると、最後の最後の選別は、筆頭魔法使いとなる。

 ハガルは、当初から決めていた通り、私の前に跪き、私の靴を舐める。

「私の皇帝は、あなたです、アイオーン様」

「待ってください!!」

 そこに異を唱えたのは、従妹のメリルだ。血筋的には、あと少しの所まで残っていた。

「私が、ハイラントの妻となって支えます! どうか、ハイラントを皇帝にしてください!!」

 メリルは、ハイラントを愛していた。だから、ハイラントと結婚するために、申し出たのだ。

 ちなみに、ハイラントは全く、これっぽっちも愛していない。メリルは好みじゃないんだ。見た目はともかく、この生真面目な性格が、ハイラントは気に入らない。

 三人の成績は最悪だ。こうなると、妻が重要になってくる。メリルは相当、皇族教育を頑張った。いつも成績は一番だ。確かに、メリルが妻となるならば、ハイラントでもいいはずだ。

「私の皇帝は、アイオーン様です」

「アイオーンの成績は、いつも最下位ですよ!!」

「ラインハルト様と同じく、私が支えましょう。ラインハルト様が体を壊されてからずっと、私が国政に携わっていました。問題ありません」

「あなたには、筆頭魔法使いの仕事もあるでしょう」

「私は、金と時間をかけて作られた筆頭魔法使いです。あなたがたとは、教育のレベルが違う。私を御せるのは、アイオーン様だけです。他の皇族では、私を御せないでしょう」

「私の命令には逆らえないくせに」

「契約紋の隙をつくことなど、可能なのですよ。私の皇帝は、アイオーン様一人。もし、ハイラント様を皇帝にしたいなら、アイオーン様をあなたが殺しなさい。私の前で皇族を殺せるのは、同じ皇族だけです」

 ハガルが手をあげれば、魔法使いが女性でも持てる剣を持ってきた。

 それには、メリルのほうが退いた。

「あなた、頭がおかしいんじゃないの!?」

「皇帝となる者は、戦争にも出ます。ラインハルト様は、戦争にも行った御方です。口答えをする皇族を自らの手で処刑することもありました。皇帝とは、そういう者なんです」

「戦争は、終わったわ」

「まだ、確定ではありませんよ。王国側を占領されれば、海を渡ってきます。その時は、皇帝だけでなく、皇族も戦うこととなりますよ」

 筆頭魔法使いは、ただ、妖精憑きの力が強いだけではない。能力全てがすば抜けていた。努力して能力をあげてきたメリルと、最初から能力の高いハガルとでは、能力の差がありすぎた。

 メリルはもう、何も言えない。どう言ったところで、ハガルは皇帝を私にするの一択だ。

「わかった、私がなろう。これで満足か、ハガル」

 私が大人しく了承すると、ハガルは華が咲くように笑った。

「ありがとうございます、私の皇帝となってくれて」

 平凡な顔立ちだというのに、ハガルの動作の一つ一つは、優美で、色香があった。相手が男だというのに、女遊びをする私でも、間違いを犯してしまいそうなほど、胸が高鳴った。





 こうして、私は皇帝の執務室で仕事をすることとなった。先帝が崩御するまでは、ハガルが執務を全てこなしていたので、残った仕事は大した量ではない。私はそれを簡単に終わらせる。

 そうして、暇にしていると、ノックして、筆頭魔法使いハガルが入ってきた。

 机の上の状態を見て、ハガルは笑った。

「実力を隠していましたね。悪い方です」

「皇帝にはなりたくなかったからな」

「だったら、普段から、もっと怠けていれば良かったではないですか。皇族の仕事は、他人の分まで、完璧にこなしていましたね」

「バレてたか」

 従兄弟であり悪友のハイラントとルーベルトの仕事は私がこなしていた。私にとっては、大した仕事ではない。

 ハガルは私の横に立ち、一枚の紙を机に置く。

「皇帝として、まずは、こちらを決めなければなりません」

「おいおい、冗談だろう」

 紙には、皇族の処刑リストが書かれていた。なんと、ハイラントとルーベルトの二人だ。

「あれらは、私と同じ、立派な血筋が証明された皇族だぞ!」

「私の皇帝はアイオーン様一人だ。他の二人は邪魔です」

「だからって、殺す必要はないだろう」

「同じ血の濃さを持つ者が複数いた場合、その中で優秀な者を皇帝にするのは通例です。残る者たちは、血筋を守る種馬となるのは、表向きな話です。しかし、いつか、この種馬が悪行を働く時、帝国が揺らぐことがあります。筆頭魔法使いは皇族の犬です。この種馬二人を筆頭魔法使いは御することが出来ません。何か間違いが起きてしまう前に、病死して、表舞台から退場してもらうのが、通例です」

「私が、こいつらを、殺すのか?」

「今ならば、暗殺なり、なんなり出来ます。時間が経てば経つほど、あの二人を始末することが難しくなります」

「何故だ? 暗殺なんて、いつでも出来るだろう」

「私がいるのにですか? 私がいる限り、あなたにも、ハイラント様にも、ルーベルト様にも、暗殺はさせません。今は、まだ、私には、あの二人に対する束縛がありません。殺すなら、今です」

 私は震えた。ハイラントとルーベルトは物心つく前からの悪友だ。悪いことはいつも、三人だ。今更、彼らを殺すことなど、出来るはずがない。

 皇帝となって、いきなり、悪友を殺せという。とんでもない初仕事だ。

「ダメだ。皇族の血を減らすわけにはいかない。すでに、お前の選定で、随分と皇族が減った。これ以上、減らすことは、権威を低下させることに繋がる」

 頭をフル稼働させて、どうにか、もっともらしい言い訳を吐き出す。絶対に、悪友二人を殺させない。

「良いですよ。アイオーン様の判断に従います。私は、皇帝の犬です」

 ハガルは簡単に引き下がり、処刑リストを目の前で燃やした。

「覚えておいてください。皇族を殺せるのは皇族のみです。私の目の前では、暗殺者も、兵士も、騎士も、魔法使いでさえ、皇族を殺すことが出来ません。万が一の時は、アイオーン様、あなたが剣を握ってください」

 しかし、しっかりと私を脅してきた。





 皇帝となったからといって、そうそう、変わるものではない。悪友二人の態度も変わらない。私がハガルと仕事の話をしていると、ハイラントとルーベントがノックもなしに執務室に入ってきた。

「お、皇帝陛下、お疲れ様です!」

「皇帝陛下、ぜひ、ハーレムを作ってください!!」

「おいおい、お祖父様が閉鎖したハーレムだぞ。そんなに良くなかったんだろう」

 もともと、ハーレムなんて興味がないので、私は適当に拒否しておく。女遊びは好きだが、女好きというわけではない。金使って遊ぶのは、楽しいんだ。

「俺が皇帝になったら、ハーレム作って、帝国中の美女を集めるのにな」

 ハイラントは女好きだ。こいつが皇帝になったら、絶対にハーレムを作る。

「どっちでもいいから、ハーレム作ってくれよ」

 ルーベントは皇帝にはなりたくない。いつも、私かハイラントの後ろをくっついているだけの男だ。悪い男ではないが、すり寄ってくるずる賢さがある。

 そんなやり取りを気配を殺し無表情で見ているハガル。あの派手な筆頭魔法使いの服を着ていても、存在感自体、なくさせてしまう。二人は、ハガルがいることに、全く気付いていない。

「ハガル、こう言ってるが、どうなんだ」

 試しに話を振ってみると、二人は驚いた。やはり、ハガルがいることに、気づいてもいなかったか。

「いたのか!?」

「びっくりした!!」

 二人はやっと、私の傍らにハガルがいることに気づく。ハガルは悪戯っこのように笑う。

「お久しぶりだな、皇族の方々」

 昔懐かしい言葉使いだ。私たちは、ハガルのことは、筆頭魔法使いが表沙汰になる前からの知り合いだった。

「えー、本当にハガル? あの、女に逃げられてばかりのハガル?」

「そうそう、可愛い女と結婚して、小さい家で幸せな家庭を夢見る男だよ。はあ、肩凝るな、これ」

 ハガルは私の前ではあんなに色香を出していたというのに、ハイラントとルーベントに気づかれた途端、すっかり、あの地味な顔立ちで、育ちの悪いハガルになった。近くのソファにどっかりと座る。

「ハイラント様もルーベント様も、ラインハルト様みたいに、ハーレムが欲しいのかー。いいなー、ハーレム。男の夢だよね」

「ハガルもそう思うんだ」

「俺は、一人の女でいいけどね。やっぱり、皇帝とか、大貴族がハーレム作ってくれると、すごいね、と尊敬しちゃうよ。どうですか、アイオーン様、ハーレム、作りますか?」

 すっかり砕けた態度で、昔みたいに話しかけてくるハガル。私はついつい、顔がゆるんだ。

「いや、私は女遊びが好きなだけだ。美女がいいわけではない。その日その日の女の相手をするのが楽しいな」

「そうでしたか。俺の女遊びは、アイオーン様に教えていただきましたね。その節は、大変、お世話になりました」

「お前はいい奴なのに、何故、女は逃げるんだろうな」

「他に好きな奴がいるんだって。仕方がない」

 身請けしてしばらくすると、女に逃げられるハガル。そんなハガルを慰めるために、よく、店でご馳走したものだ。女遊びの金まで出したことがある。

「アイオーンは、いつもハガルを慰めてたよな。だから、ハガルはアイオーンを皇帝に選んだわけか」

「ラインハルト様と決めてた。ラインハルト様は生前から、見て、調べてたからな。子どもや孫にはこれっぽっちも愛情なんか持ってなかったが、皇帝としては、皇族として見聞していたよ」

 ラインハルトの名が出ると、私だけでなく、ハイラントもルーベントも黙り込んでしまう。幼い頃、祖父として可愛がられると期待したことがあった。しかし、対面しても、ラインハルトは私たち孫を一皇族としか見ていなかった。それには、実の子である親たちも絶望したものだ。孫ならば、と親たちは期待したのに、ラインハルトの感心は、最後、全て目の前にいる筆頭魔法使いハガルが持っていってしまった。

 心の蟠りが蘇ってくる。筆頭魔法使いを恨んだり、憎んだり、そういう悪感情は一度、二度は抱いた。

 懐かしむように顔を綻ばせるハガルを見て、私たちは、なんとも言えない感情を抱いた。

「父親や祖父としてはともかく、皇帝としては、ラインハルト様は立派な方だ。俺の父親なんか、借金はする、働かない、子まで売ろうとしたんだぞ。俺が筆頭魔法使いだから、俺の妹弟は無事だったと言えるな」

「酷いな、それ」

 しかし、ハガルの家庭環境を聞いてしまうと、悪感情なんて吹っ飛んだ。

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