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ランチェスター王国貴族学園の寮室でオルコット公爵家令嬢ジャクリーンは準備を整え、お茶を飲みながら静かにその時を待っていた。
「お嬢さま、お時間でございます。」
侍女のクロエが促すと、そのままの姿勢でスッと立ち上がる。
気配も感じさせずに流れるような所作でカップをソーサーに置き、無音で立ち上がった動作そのものが芸術のようだ。
輝くプラチナブロンドの髪に透き通るような青い瞳、磨かれた白磁の肌、類稀な美貌と抜群のスタイル。
人を惹きつけると同時に遠ざけもする透徹した美。
人呼んで氷の姫君は窓辺から差し込む春の午前中の明るい日差しの中で場違いな深い青と銀を基調とした華美なドレスに身を包んでいる。
「ありがとう。」
トレードマークの薄い微笑みは感情を一切現さないが、いつにない喜色が鈴を転がすような声音に微かに混じっていることをお付きの者たちは見抜いていた。
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ジャクリーン・オルコットはランチェスター王国の先王の弟が興したオルコット公爵家の長女である。
オルコット公爵家は王家守護の近衛を除く国軍を束ねる家門であるが武に秀でているわけではない。
先王の時代、といってもほんの40年前であるが隣国と大きな戦争があり、王弟が智謀智略を駆使して軍事力に劣るこの国に奇跡的な勝利をもたらした。
その叡智をそのまま受け継いだ現当主が軍事力を強化しつつ国土の1/4に及ぶ荒廃した領土の復興に励んでいるのだ。
その土地は名目上すべて公爵家の領地となっている。
地元の領主一族は戦乱により絶えたところがほとんどであるし、生き残っていても税収は見込めず復興事業に金のかかる領地など放棄するしかなかったという事情があった。
結果的にオルコット公爵家は強大な権力を持つことになったが表だって文句を言えるものはいなかった。
公爵家は兄である長男バイロンが継ぐが、長女ジャクリーンは王家に嫁いで王妃とならねばならない宿命であった。
それは国の権力構造から誰の目にも明らかなことだった。