噂のエル・ドラド 8
結局、私は何もしなかった。
それだけで、大公さまには、ままならぬこの状況がちゃんと伝わったようだ。
……まあ……ジョージオさまと暮らしているときも、タルゴーヴィを離れた夏の間も、離婚して実家に戻ってからも、この宮殿に上がってからも、私は大公さまからの書にはすぐにお返事してきたから……おかしいと思ってくださるだろうとは期待していた。
案の定、大公さまは数日後、この宮殿に乗り込んでいらした。
皇族のみなさまがお揃いのお部屋で、ようやく大公さまにお目にかかることができた。
私は皇孫さまを抱き抱えて、懐かしさと喜びに震えた。
「かわいそうに。こんなに震えて。……ずいぶん、やつれたね。……ああ、よい。何も言わずとも。わかっているから。」
大公さまは、私のこけた頬に触れて、目を潤ませた。
「……。」
皇族の手前……特に、皇帝夫妻の手前、何も申し上げることもでしず……私は黙って、大公さまを見つめた。
涙が浮かび上がって、視界が揺れた。
大公さまは、敢然と立ち上がり、皇帝陛下を睨み付けた。
陛下は、それだけで身体をのけぞらせんばかりだ。
「お人払いを。」
大公さまの言葉で、皇后さまも皇太子ご夫妻も、恭しくお辞儀をしてお部屋を出て行かれた。
皇孫さまもまた、お付きの女官が連れて出た。
残されたのは、皇帝陛下と、大公さまと、私だけ。
「伯父上……。」
皇帝陛下は完全に怯えていらっしゃった。
大公さまは、じろりと陛下をねめつけてから、苛立ちを抑えるように敢えて重々しくおっしゃった。
「この者は、私の大切な娘も同然だと認めました。私の跡取りの生母だと伝えました。皇帝陛下におかれては、もはやこの老いぼれの言葉は取るに足らないということか。」
「伯父上!そんな!いえ!そんなことは、決して……。なあ?」
慌てふためいて皇帝陛下は私に助け船を求めた。
私はうつむき、抑揚のない声で言った。
「はい。過分なほどに重用していただいています。」
大公さまは、息をついた。
「……もうよい。」
私にそう言ってから、大公さまは陛下を傲然とにらみつけた。
「凡庸なれど、良き宰相に政を任せる分別はあるかただと思っていたが……まさか皇帝陛下が、私の願いを踏みにじってまで、孫の乳母に懸想して無理強いなさるとは嘆かわしい。ほとほと呆れた。」
「……伯父上……。」
「このままフィズを置いておくわけにはいかぬ。フィズには療養が必要だ。」
大公さまの言葉に、陛下は激しく動揺された。




