噂のエル・ドラド 1
生まれた子は、本当に男の子だった。
すぐにタルゴーヴィ大公さまは乳母を連れて駆け付けてくださった。
私は……お乳をふくませることもできないまま……我が子と別れた。
ただ、大公さまに頼まれて、名前はつけた。
「リョーシャ。いい名前だ。ありがとう。フィズ。……これからも、私の義娘として、リョーシャの実母として、仲良してくれるね?」
「……もったいないお言葉を、ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします。」
余計なことは何も言わないまま、私は舅に我が子を託した。
もう、逢うこともないだろう……。
小さくなる馬車を見送って、……泣いた。
***
飲む子はいないのに、母乳は出てくる。
「……もったいないわね。どなたか……お乳の出の悪いお母さん、いらっしゃらないかしら。ナンボでもあげるのに。」
冗談交じりでそんなことを言っていたら……継母が、そのままギルド長のモーリさまに伝えたらしい。
数日後、いきなり驚くべき話が舞い込んできた。
「は?何をおっしゃってるんですか?後宮って……え?え?……ええっ?」
汗を拭き拭き、父が言った。
「ああ、私も驚いた。まさか一介の商人の娘が、皇孫の乳母に望まれるなんて、聞いたことがない。」
「……皇孫って……インペラータの皇帝の孫ってことよね……マジで?……生まれてたんだ……。」
ポカーンとしたけれど……ああ、そうか。
「お父さま、わかったわ。たぶん『商人の娘』じゃなくて『タルゴーヴィ大公子の元夫人』だから、お声がかかったのよ。……もしかしたらタルゴーヴィ大公さまのお口添えがあったのかもしれない。」
自信たっぷりにそう言ったけれど、父は首を横に振った。
「いや、それなら、大公さまからご連絡があるだろうよ。乳母とは言え、皇帝のお孫さまだぞ。しかも後宮に住まうのだぞ。あの大公さまがご存じのお話なら後見人になってくださるはずだ。」
それもそうね。
たぶん本当に今回はモーリおじさまに回ってきたお話なのだろう。
……でも、やっぱり……ただの商人の娘のフィズだからじゃないんだろうなあ。
元大公子夫人、ってけっこうな肩書きだもの。
しかも、私が離縁されたのではなく、ジョージオさまのご病気でやむなく婚姻を解消することになったと公表されてしまった。
私は元大公子夫人だけれど、大公子夫人だった時に得た領地や年金、地位も身分も、そっくりそのまま残された。
突然、自由と冨と、身軽な身体を手に入れた私は……もしかしたら、考えようによっては、ものすごく……ラッキーなのかもしれない……。




