ユートピアからの放逐 6
一応そう言ってみたけれど
「ありがとう。しかし、無駄でしょう。現行犯でなければ、とうていわかりますまい。兵士に迷惑をかけるだけですので、諦めましょう。……すまないが、ブンザ、少し貸してくれないか。」
と白髪先生は、ご自分のことには無頓着らしい。
「はいはい。すぐ返してくださいよ。……まったく、綺麗なお嬢さんには弱いんだから……」
ぶつぶつ言いながらも、ブンザくんは何と金貨を取り出した。
「懐紙も。」
白髪先生にねだられて、ブンザくんは渋々懐紙を1枚取り出した。
「では、これで。表通りに出れば、流しの馬車がいますから。くれぐれも、暗くなる前に、なるべく早く、お帰りなさい。」
噛んで含めるようにゆっくりそう言って、白髪先生はわざわざ金貨を懐紙に包んでから、私に手渡した。
……いやいやいや。
多すぎるし!
銅銭で充分だし!
「あの、困ります。こんな大金、とても受け取れません。」
私はそのままぐいと両手を押し出して、白髪先生に返そうとした。
白髪先生は、頑として受け取らなかった。
「しかし、見るからに浮き世離れしたお嬢さんを、このようなところに放置してゆくことは、私にはできません。今日のところは、どうか、受け取って、使ってください。では……」
踵を返した白髪先生の腕を、思わず掴んだ。
「ではせめてお借りするということで!お返しに上がります!どこにお持ちすればよろしいですか!?」
「公園を北に出て、まっすぐ歩いて、大通りも越えて、さらにまっすぐ行けばヘイー先生の塾があるから。」
白髪先生ではなく、ブンザくんがそう返事した。
「これ。ブンザ。……返却はご無用ですが……そうですね、それでは、お礼代わりに、お菓子を作って持ってきていただけますか?塾生が喜ぶでしょう。では、これで。くれぐれも、お気を付けて。」
何度も念押しして、ヘイー先生とブンザくんは北の方向へ進み、雑踏の中に消えて行った。
懐紙に包まれた金貨をじっと見つめる。
……こんなの、使えないよ……。
途方に暮れたけれど、いつまでもそこに突っ立ってるのも不用心だろう。
結局、市はさらりとだけ見て、すぐに帰路に就いた。
馬車は使わなかったけれど、明るいうちに帰ることができた。
だが、待ち受けていた父にものすごーく怒られてしまった。
優しい継母は、涙ぐんで私を抱きしめた。
……私が思った以上に、心配をかけてしまったらしい。
ヘイー先生なる白髪のおじさんに金貨を借りたことは、内緒にしておいた。
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