エデンは遠くなりにけり 12
よく恋愛どっぷりの恋人たちが言うような「あなたがいないと生きていけない」という心境にはなりそうになかった。
むしろ、自分の時間ができたことで、私の生活は充実してきた気がする。
これが旅先のガヴィアディナでなければ、とっくに私は街に出て社会奉仕活動を始めていただろう。
……さすがに、勝手にこの温泉地宮殿を出るわけにはいかない。
仕方ない。
ありあまる時間を無為にせず、私は新たな勉強を始めた。
以前から興味があった、異世界人のもたらした知識と技術。
決して神の力でも魔術でもない、科学という新しい概念はかつては極一部の為政者のみが知り得る特権だった。
この世界にない技術は、新たな産業を起こし、莫大な利益をあげた。
特にカピトーリでは異世界人からの恩恵を軍事利用することで、この世界を統一できたと言っても過言ではない。
異世界人の知識と技術は、カピトーリ皇国にとって禁忌であり、至宝だった。
しかし、宰相ティガの考え方は違った。
彼は、その有用性を万人に広めるためにさまざまな啓蒙活動を繰り広げている。
私達の生活に役立つ知識と技術を本にして配布したり、学校の教材にも取り入れた。
この宮殿の図書室にも、様々な分野の異世界人の教えが列んでいた。
順番に私は手に取り、熟読した。
ついでに、異世界人の記録も読んだ。
異世界でも、やはり人々は民族や国ごとに別れ、争っているようだ。
この世界にやって来た異世界人の年齢や性別、民族、年代もさまざまだったが、わかりうる範囲での年表もあった。
あ……宰相ティガによる記録もあるんだ……へえ……。
宰相は、高度な教育を受けた女の子に出逢ったことがあるらしい。
それでカピトーリの教育制度を刷新したのね。
……確かに、教育って、大事よね。
ふと、ヘイー先生のことを思い出した。
あのかた、そう言えば……宰相ティガのお使いっておっしゃってたわ。
宰相とお知り合いってことよね?
もしかしてあの仰々しい名前の塾で、異世界人の知識と技術も学べたりするのかしら。
……うわぁ。
俄然、気になりだしてしまった。
お魚のこと以外も、いっぱいお伺いすればよかった。
せっかくの機会だったのに惜しいことをしたわ。
また……お会いできるかしら……。
カピトーリに戻ったら、すぐにお訪ねするんだけど……。
……ますます……カピトーリに帰りたい……。
このまま……。
ジョージオさまに遠ざけられたままなら……帰ろうかな……。
でも、どうやって?
……お義父さまに……ご相談したほうがいいのかしら……。
ため息をついて、顔を上げた。
窓から入ってくる日射しの柔らかさに、夏の終わりを感じた。
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