エデンは遠くなりにけり 1
過ぎ行く夏を、私たち夫婦は、ガヴィアディナ公国の温泉地宮殿で見送った。
ガヴィアディナ大公府のすぐそばの大公邸は大きな池にいくつもの建物を張り出して建てられた、涼しげな宮殿だった。
突然の訪れなのに、ガヴィアディナ大公一家は快くお迎えくださった。
「慣れてらっしゃるのですよ。この国は海も山も温泉もある風光明媚で温暖な土地で、はるか昔から各所に別荘地があるので、年中来客が絶えないのです。」
ご挨拶だけで辞去したジョージオさまは、平然としてらした。
ガヴィアディナ大公邸から温泉地宮殿までの5里の道のりを馬車でゆっくり移動する。
「でも今回は私1人ではなかったので、驚いてらっしゃいましたね。」
だいぶご機嫌が直ったのか、ジョージオさまは、くすくす笑ってらした。
ジョージオさまのお好きだという温泉は、山の中なのにとても栄えていた。
宮殿や貴族の別荘のみならず、立派な旅館や小さな湯治宿が立ち並んでいた。
河原にはいくつものテーブルセットが配置され、涼しげだ。
「素敵。あとで、行ってみませんか?」
そうお誘いしたら、ジョージオさまの瞳に動揺が映った。
……ダメなのかしら。
名残惜しく振り返って見ていると、ジョージオさまはため息をついた。
「そんなに行きたいなら、日を改めてお連れいたしますよ。……もっと早い時間なら、問題ないでしょう。」
どういう意味かしら。
「ランプもいっぱい準備してありましたけど……夜は行けませんの?」
「良家の婦女が行く場所ではありません。」
ずいぶん力強くおっしゃった。
「男性はよろしいの?」
反射的にそう聞いてから、はたと思い当たった。
「……もしかして……夜の社交場ですか?」
ジョージオさまの頬が赤らんだ。
どうやら、そういうことらしい。
……なるほど。
おそらく、独りでこちらに来られた時に、ご利用されてきたのだろう。
「そうですか。では、また、改めて。お昼に。」
「……そんなに……興味がお有りですか?」
皮肉っぽい口調に、引っかかった。
「……そうですね。涼しげで、賑やかで、楽しそうですわ。」
素直にそう言ったら、ジョージオさまは顔を背けて呟いた。
「あなたは何にでも興味をお持ちになるんですね。」
「……?」
どういう意味だろう。
確かに、好奇心は旺盛なほうだけど……。
「初めて来ましたので……」
「南の宮殿でも。ここでも。……キトリは、私を見ようとしない。」
ジョージオさまが、何をおっしゃっているのか……本気でよくわからなかった。




