アルカディアの誘い 20
さっきまでの暑さが嘘のように、冷ややかな空気になった……気がする。
……そう……最初は、気のせいだと思った。
しかし、抜けるように青かった空に暗雲がたちこめている。
ヘイー先生も、驚いた顔で空を見上げた。
今にも雨が降り出しそうだ。
「……御苦労様でした。お気をつけて、お帰りください。」
抑揚のない声でそうつぶやかれると、シーシアさまはかたく目を閉じられた。
眉間に皺をいっぱい刻んで……。
こんなシーシアさま、はじめて見た。
「ありがとうございます。失礼いたします。」
ヘイー先生は、シーシアさまに頭を下げたあとで、私に苦笑まじりの会釈をして、去って行かれた。
後に残された私は、シーシアさまにどうお声掛けをすればいいのかわからず……ガラス鉢を持って途方に暮れた。
ぽつり、ぽつりと雨が落ちてきた。
「シーシアさま。大変。雨です。……今日は、もう、これまでにいたしますか?」
シーシアさまが濡れないように、日除けに角度をつけ、傘をさしかけた。
目を開いたシーシアさまは、一筋の涙を流してから、おっしゃった。
「戻りましょう。」
「……はい。」
気の利いたことは、何も言えなかった。
まさか、シーシアさまが泣かれるとは思わなかった。
……よくわからないけれど……シーシアさまは、宰相ティガを待っていたの?
たしか、お二人は近しいご親戚だったはず。
いとこ関係だったかな。
えーと……。
普通に考えて……お二人は……愛し合ってらっしゃるのだろうか。
いや。
何もおかしくないのよね。
むしろ自然なことじゃない?
お二人とも、とっても素敵なんだもの。
なにより、宰相ティガも、シーシアさまも、御結婚なさってないのだし……隠す必要もないと思うのだけど……。
シーシアさまの上の砂をそろそろと取り除く。
「もう、いいわ。キトリ。ありがとう。」
そう言って、勢い良くご自分で起き上がり、砂を払うシーシアさまは、もう泣いてらっしゃらなかったけれど……お人形のような無表情と抑揚のない声……。
無理してらっしゃる。
思いっきり、無理してらっしゃるわ……。
黒い空に、突然稲妻が光り……ドーンと雷が鳴った。
「きゃっ!」
思わずしゃがんだ。
対照的に、シーシアさまはすっくと立ち上がった。
「……大丈夫。わたくしたちには、落ちませんから。……片付けは、誰かに頼みましょう。キトリ。行きますよ。」
「はい。」
びくびくしながら、私はシーシアさまの後を追った。
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