アルカディアの誘い 19
「はい!……そんなに簡単に増えるんですか?……うわぁ……楽しみです。」
そう言ったら、ヘイー先生はくすりと笑った。
「増やして売ってくださってもけっこうですよ。」
……さすがに、私は笑うに笑えなかった。
実家でなら、確かに商売になるかもしれない。
でも、大公家の嫁が雑魚を売るのは、ちょっと……まずいだろう。
……趣味で育てるぐらいは、いいかしら?
私は目の前にガラス鉢を上げて、お魚たちをじっと見た。
ん?
もしかして、魚たちも、私を観てる?
わあぁぁ!
かわいい!
いつまで眺めても、飽きない。
私は、夢中で魚たちを見つめ続けた。
どれぐらい時間がたったのだろうか。
肌にまとわりつく潮風が、心地よくて……ぼーっとしてきた。
なんだか……眠くなってきたわ……。
気づけば、隣のヘイー先生から小さな寝息が聞こえてきた。
……寝ちゃったみたい。
まあ……眠いよね……うん。
私も、まぶたが、重いわ……。
ガラス鉢を落とさないように膝に抱えたまま……私もこくりこくひりと船をこぎ始めた。
***
「……キトリ……飲み物を……。」
シーシアさまの小さな声に、慌てて飛び起きた。
「シーシアさま!ごめんなさい!」
「大丈夫よ。……喉が乾いたの。飲ませてくださる?」
隣のヘイー先生も、目覚めたらしい。
「持ってましょう。」
と、私からガラス鉢を受け取ってくれた。
「……誰か、いるの?」
頭を動かせないシーシアさまには、私たちの姿は見えないらしい。
「あ、はい。お使いのおかたが、お待ちです。……どうそ。」
シーシアさまは、吸い口から冷たいレモン水を飲まれた。
よほど喉が渇かれていたのだろう。
一息に飲み干されたすぐ後に、お顔に汗が滲み出てきた。
柔らかい布で汗を拭って差し上げると、シーシアが笑顔でおっしゃった。
「ありがとう。キトリ。お使いのかたを、こちらへ案内してくださる?」
「はい。」
一応日除けを動かして調節してから、ヘイー先生にお声掛けした。
「お待たせいたしました。どうぞ。」
ヘイー先生は、ガラス鉢を懐におさめようとして……少し逡巡してから、私に差し出した。
私はぺこりと頭を下げて受け取って、一歩下がった。
ヘイー先生は、敢えて、シーシアさまから距離を保ってお話された。
「シーシアさま。カピトーリから私に戻るようとの書状が届きましたので、暇乞いに参りましたのと……、シーシアさまへの伝言をお伝えいたします。……宰相閣下はご多忙でこちらには来られない、とのことです。」
シーシアさまのお顔から表情が消えてしまった。




