ユートピアからの放逐 4
「犯罪を見逃せと言うのですか。」
静かに、だけど威厳たっぷりにそう言われてしまった。
……なるほど。
この高圧的な物言い……ヒトを指導する教師を生業にしているおじさんなのだろう。
けど、私も、伊達に修女を取りまとめる修士として過ごしたわけではない。
時には上級貴族のお姫さまがたを指導し、叱責してきた。
たとえ相手が皇族であろうと貴族であろうと、言わなければならないことは言葉を尽くして伝えるべきだ。
「確かに、私の不注意で、この巾着を盗られてしまいました。しかし、私はお財布を忘れて参りました。この巾着の中には、手巾と懐紙しか入ってません。どちらも使い古した、何の価値もないものです。どうか、お慈悲を。」
「ちっ!馬鹿にしやがって!金を持たずに何しに来やがった!」
なぜか、スリがくやしがって、文句をわめき立てた。
「……ですから、忘れたことに、後から気づいたのです。……失礼しました。」
もちろんスリではなく、わざわざ来てくれた2人の兵士に、私は頭を下げた。
「先生……。」
ブンザくんに促され、白髪先生はため息をついた。
「なるほど。金銭を盗まれたわけではないから許せ、と言うのですね。しかし、窃盗には間違いないでしょう。たいした罪にならなくとも、罪は罪。刑罰に値しなくとも、説教だけで解放されることがわかっていても、役所に罪人として登録される必要があります。わかりますね?」
「……はい。」
ソフトだけれど有無を言わせぬ口調に、それ以上、反対することはできなくなってしまった。
私達のやり取りを見て、警備兵はスリを連行して行った。
本当に、お説教だけで釈放されますように……。
無意識に私は神に祈りを捧げていた。
「どうぞ。……何の価値もないということでしたが……。」
白髪先生が私の布巾着を拾って手渡してくれた。
「ありがとうございます。本当は、この巾着だけは、私にとってはとても大切なモノでした。……取り戻してくださったこと、心よりお礼申し上げます。」
巾着を胸に抱き、私は白髪先生にそう言った。
「そうでしたか。それでは、余計なお節介でしかなかったというわけではありませんでしたね。」
はじめて、白髪先生は笑顔を見せた。
……おや。
もしかして、見た目より、少し若いのかもしれない。
後ろ姿は70才、お顔は50才ぐらいに見えるけど、優しい瞳とほほ笑みは40才ぐらいに見えた。
……てか、髪が……おじいさんみたいなのよね。




