ユートピアからの放逐 3
そうして、わかりやすいように荷物の隙間に挟み込んだ。
しばらく様子をうかがい、十字路での行き違いで停車するのを待って、私は素早く馬車を降りた。
まさかおとなしい神宮修女が勝手に途中下車するとは思わなかっただろう。、
私の不在に気づくことなく馬車は小さくなり、そのうち見えなくなった。
自由になった私は、すぐに自分の軽挙妄動に気づいた。
お金がない。
身分証もない。
……せっかく市へ行っても、何も買えない。
失敗したわ。
……。
……まあ、いいわ。
見て回るだけでも、きっと楽しいわ。
気を取り直して、私は市へと向かった。
だんだん人通りが増えてくる。
カピトーリの東側の大きな公園一帯に小さな屋台がずらりと並んでいた。
以前は、神殿と運動場ぐらいしかなかったのに、ずいぶんと立派な建物がいくつも建っていた。
確か、この数年間に美術館、楽器資料館、図書館が新設されたと宰相府の広報誌で見た。
そっちもゆっくり観てみたいなあ……。
キョロキョロしてたら、前から来た男のひとにドンとぶつかられてしまった。
けっこうな衝撃に驚いて、よろけた。
「気をつけろ!」
そう言い捨てて、男は足早に去ろうとした。
でも私のすぐ後ろにいた男が、ぶつかった男の腕を捕まえてねじり上げた。
「いてっ!離せ!いたたたたっ!」
「気をつけるのは、そなただ。……ブンザ、警備兵を呼べ。」
白い髪を後ろで1つにゆるく結わえた男が、連れていた少年に指示をした。
「あの……そこまでしなくても……ただ、ぶつかっただけですので、どうか……。」
そう言ったら、白髪の男性が振り返った。
……てっきりお爺さんだと思ったら……青白い顔色の細面のおじさんだった。
彼は、神経質そうな細い眉をぴくりと動かした。
「……気づいてないようだが、そなたは、窃盗に遭ったのだ。こやつは、スリだ。……ほら。」
「うわぁっ!」
白髪のおじさんは、ぶつかった男性の手首を手刀で叩きつけた。
地面に、桃色の布巾着が落ちた。
……確かに、私のモノだ。
いつの間に盗られたのだろう。
でも、その中は……
「先生!お待たせしました!……あいつです、あの男です!」
先ほどブンザと呼ばれていた若い男が、市を警備していた兵士を2人も連れてきた。
「ちくしょう!放せ!くそっ!」
スリの男は両脇からがっちりと捕らえられても悪態をついていた。
「あの……どうか、許してさしあげてください。」
先生と呼ばれていた白髪のおじさんの袖を引いて、私はそう訴えた。