アルカディアの誘い 5
「……馬車を……」
遠慮がちに、執事さんが声をかけた。
「いらぬ。歩いて帰る。……ここには、もう、来ない。」
ジョージオさまから立ち上る怒りのオーラが見えるような気がした。
……ああ。
私のために……泣いて……怒ってくださっている……?
ジョージオさま……。
痛みは、消えない。
むしろあちこちが痛くて、苦しい。
……たぶん……出血している……。
足を伝う気持ち悪い、生ぬるさが……。
……そう……。
赤ちゃん……もう……いないのね……。
よくわからないけれど、漠然と感じていた。
私は、階段から突き落とされて、……流産したのだ……と……。
「ジョージオさま……」
涙があふれ、流れた。
ジョージオさまも、泣いてらした。
「すまない。フィズ。すまない。……あなたを……私たちの御子を……私は……」
何度も何度も繰り返して謝りながら、ジョージオさまは歩き続けた。
大公邸から、我が家までの半里ちょっとの道のりを、私を抱いて……泣きながら……。
***
館に着くと、連絡を受けて駆け付けてくださった主治医が待ち受けていた。
すぐに、診察を受けた。
主治医の沈鬱な顔が真っ青に変わった。
「……流産ですね……。」
言いにくいのだろうと気遣って、私からそう言った。
しかし、主治医は目を閉じた。
「……残念ですが……流産では、ありません。……意図的に、ヒトの手で、掻き出されたのです。」
「え……」
頭が真っ白になった。
どういう……こと……?
呆然としている私のすぐ横で、ジョージオさまが、壁を両手で叩いた……おつもりだったのだろうが……片手が壁からそれて勢いあまり、ガラスの窓をたたき割った。
ガチャーン!
鋭い音が鳴り、ジョージオさまの右手が血にまみれた。
慌てて主治医が、手当しようとした。
が、ジョージオさまは主治医の手を振りほどいた。
「私のことはいい!それより、どういうことか、教えてくれ!どういうことだ!?階段から突き落とされただけではないのか!?」
主治医は、それでもジョージオさまの手を掴んで治療に当たった。
「じっとしてください!……これは、ひどい。縫わないと。……そうです。ただの流産ではありません。おそらく、流産させようと馬車を横転させたり、階段から突き落としたりしたのでしょうが、出血されていなかったので、……無理やり、掻き出されたのです。膣内に小さな裂傷がいくつもあります。……ただの流産ではありません。」
きっぱりとそう言いながら、主治医は手早くジョージオさまの傷を縫った。




