ユートピアからの放逐 2
とても御年32才には見えない。
触れても透けてそうな透明感に、私達がお守りしてさしあげなければ!と、使命感が再燃した……のだが……
「フィズ。ごくろうさまです。……ここへ来て、何年になりますか?」
ギクリとした。
神宮院には、卒業も定年もない。
結婚が決まれば、出て行くということだけが決まっている。
平均1、2年だろうか。
「3年です。シーシアさま。」
「……そうでしたか。もう充分に研鑽を積まれましたね。いつも、いたらないわたくしを、助けてくれて、ありがとう。」
白鳥のように優美なお辞儀をされて、私は飛び上がった。
「滅相もございません!シーシアさま!」
まさか私に頭を下げられるとは思わなかった。
慌ててシーシアさまに駆け寄った。
シーシアさまは、私の両手を取って、にっこりとほほえまれた。
そして、無邪気に……いや、慈悲深く、おっしゃった。
「ご両親様から、お手紙をいただきました。フィズに素晴らしい縁談があるのですって。おめでとう、フィズ。どうか、幸せになってくださいね。神の名の下に、祝福を授けます。」
それは、誰も抗うことのできない、確定事項だった。
私は、神の花嫁の祝福という大きな御烙印を持って、神宮院を追い出されることになってしまった。
……できることなら、シーシアさまのお側にお仕えして生涯を終えたかったのに……。
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翌日、早くも家から迎えが来た。
別れを惜しむ暇もなく、修女の地味な灰色の衣服から、やはり地味な紺色のワンピースに着替えて、私は馬車に押し込まれた。
車窓には、久しぶりの街並が流れていた。
とても活気があり、驚いた。
周辺国をすべて平らげた帝国の首都は、かつてとは比べものにならないぐらいに富み栄えているようだ。
これも宰相ティガの功績だろう。
私が神宮院に入った頃は、長年にわたる遠征が続いていて、働き盛りの男性は武功目当てに参軍し、市井にはこんなに活気がなかった。
改めて、宰相府からの広報誌を思い出した。
確か、今日は大きな市が立っていたはずだ。
「少し寄り道していただきたいのですが。」
馭者にそうお願いしたら、けんもほろろに断られてしまった。
雇いの業者らしく、私を家に送り届けた後、また別の仕事があるらしい。
……仕方ない。
私は、少ない荷物の中から紙と筆を取り出して、父への書状を認めた。
『市を見物してから帰ります。この者は責務を全うされましたので、約定通りの報酬をお支払いください。よろしくお願いします。フィズ』