ユートピアからの放逐 1
「フィズ。シーシアさまがお呼びですよ。」
宰相府発行の広報誌を整理していると、神殿からの使いが私を呼びに来た。
「すぐに伺います。」
慌てて広報誌を引き出しに放り込んだ。
私たち一般の神宮修士が学び居住するエリアは、神宮の隅にある。
かつてに比べれば神宮内の身分差別はずいぶん緩くなったとは言え、やはり、未婚の貴族のお姫さまがたが花嫁修業として住まわれているエリアとの区別は残っていた。
私は、貴族エリアを通り抜けて、神宮の中枢の神殿へと向かった。
シーシアさまは、この神宮で……いや、この帝国史上、もっとも尊敬される「神の花嫁」だ。
かつては王家ゆかりの未婚女性が数年交替で勤めてらしたが、シーシアさまは終身「神の花嫁」を継続されるそうだ。
とても美しく、お優しくて……大変不敬ながら、私はかつて仲良かったトミルお姉ちゃんを重ねて、お慕い申し上げている。
……ふと、先ほどの広報誌で見た記事を思い出した。
宰相さまの肝いりで立ち上げられたという水産会社の代表者は、どうやら、トミルお姉ちゃんの兄のシェナミさまのようだった。
ご出世されたとは聞いていたが……多少おもしろくないことを思い出して苛立った。
私が15才のとき、この神宮に入るための充分な持参金を準備できなかったのは、シェナミさまのせいだ。
おかげで、貴族のお姫さまや、裕福な商家のご令嬢よりも、長時間の雑用仕事が割り当てられてしまっている。
それでも、ヒトより長い年月を勉強に費やし、修女から修士にランクアップした現在では、街売りの新聞や広報誌の整理といった楽な業務の担当になった。
……外界と隔離された神宮において、社会の状況を手に取るように知ることができるうえに作業としては楽だが、心に迷いが生じやすい業務なので、年長者にしかできないのだろう。
実際、私も……親戚とは言え、醜聞にまみれたシェナミさまのご出世に、心が千々に乱れた。
……いけないわ、フィズ。
シーシアさまにお目にかかるのに、こんな黒い感情を持っていてはダメ。
白い、清らかな心で伺わなければ、シーシアさまにご迷惑がかかってしまう。
負の感情が伝わらないように、気をつけなきゃ。
何度も何度も深呼吸をして、心を落ち着けてからシーシアさまのおられる神殿の扉をノックした。
「どうぞ。お入りなさい。」
柔らかい、美しい声が中から響いてきた。
「失礼します。フィズです。シーシアさま、お呼びでしょうか。」
そう言いながら重たい扉を開いた。
祭壇の前に、シーシアさまは跪いていた。
振り返ったシーシアさまは、神様が女性だったらこんなお姿だろうとしか思えない……息を飲むほど、神々しかった。