ユートピアからの放逐 14
翌朝、私はキッチンで大量の粉類と奮闘した。
急に思い立っても、商売上、来客の多い我が家には材料も型も当たり前にたくさん揃っていた。
料理係が手伝ってくれたので、思った以上に早く出来た。
「……本当にこんなにたくさん焼くなんて……すごいわ、フィズ。」
様子を見に来た継母は、既に私が後片付けをしているのを見て、驚いていた。
「神宮院でもよく作りましたので。慣れですわ。……お継母さま、お味見いかがですか?」
まだ温かいマドレーヌを差し出すと、継母はうれしそうに食べてくれた。
「美味しい!……しっとりして、イイ香りがするわ。」
目を輝かせた継母に、私は笑顔でうなずいて見せた。
「はい。焼き上げてから香りのいいお酒と蜂蜜をたっぷり染み込ませました。」
この仕上げは神宮院のレシピではなく、ウーノさまに教わった。
こうすれば時間がたってもパサパサにならないだろう。
継母は感心して、それからため息をついた。
「……本当に、何でもできるのねえ……フィズ。素敵よ。……大公さまのお屋敷でも、焼いてさし上げたら、喜んでいただけると思うわ。……どうか……みなさんに、可愛がっていただくのよ……」
最後は涙ながらにそう諭された。
……なさぬ仲ながら、実の母親と変わらぬ優しい愛情を注いで育ててくれた継母の言葉に、私の目も潤んだ。
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結局30個ものマドレーヌを手土産に、私は白髪のヘイー先生の塾を訪ねた。
皇族ゆかりの古い神宮近くの、閑静なお屋敷街。
中でも一際大きな建物に「創世塾」の看板が掛かっていた。
……スケール、でかっ。
でも、ヘイー先生らしいなあ。
門柱の呼び鈴を鳴らそうとして……すぐ内側で、葉っぱを摘んでいた女の子と目が合った。
近所の子かしら。
3歳ぐらいかな?
かわいいなあ。
ニコニコ見ていると、その子は私に葉っぱを1枚くれた。
「くれるの?ありがとう。」
しゃがんでそう言ったら、女の子はニコッと笑ってから、ととととと……と走って中へ入って行った。
あれ?
塾に入って行っちゃった。
……関係者のお子さんかしら。
それにしても、これ……麻の葉よね?
菊の花びらのように放射状に広がっている葉の1枚を持ったまま途方に暮れていると、中から少年がやって来た。
ブンザくんだ。
私は手を振ってから……あの時、実際にお金を出してくれたのはブンザくんだったことを思い出し、慌てて頭を下げた。




